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41.恋人たちの季節、寒空の下のチューハイ

 寒い季節だからだろうか。

 熱燗であったまった身体を、さらに熱くされる……いや、もはや暑いんですが、と言いたくなるぐらいだ。両足でがし、と身体を挟み込まれて両腕に抱えられて、若干圧し掛かるように抱きしめられると、布団にしては少々重いぜ。


 この季節の恋人同士は………同じ布団で眠る恋人同士は、みんなこんなことやってんのか。破廉恥か。いや、破廉恥はこいつだ、このやくざだ。


 寒くなったからって、お楽しみすぎなんだ。どうしてくれる、首筋の赤い跡とか。



○○。



「簡単なことだ、マフラーで隠せばいい」


 そういう問題じゃねえよ。白けた視線を無視される朝。さっぶい。この高級マンション、広いから暖房が効くのが遅い。しかし効き始めたら持続は長いから、さてはいい素材で出来てるんだろう。やっぱり高級マンション強い。


 ふとみた窓の外には、ちらほら、雪が降るのも見える。相変わらずのやくざモーニングのメニューはコーンスープとパンだって、まさに冬仕様だ。


「みかる、寒いからそろそろちゃんとコート着て行けよ。……お前、持ってんのそういえば」


 つばやさんは高そうなツヤツヤのロングコートを羽織りながら聞いてくれる。わたしは口の周りのコーンスープをジャージの袖で拭って答えた。


「コートなんかありません! 冬といえばウインドブレーカーですよ」


 バッ! とクロゼットから、高校の部活で使っていた白いウインドブレーカーを取りだしてきて、見せる。なんというか案の定、眉間にしわを寄せて「……ひでえなこりゃ」と低く唸る。


「みかる、一応聞くがお前は女子大生だな」

「うふふ、女子大生と付き合えるとか勝ち組ですねぇ、ひゅー!」

「……お前、さては朝から酔ってたりしねぇだろうな。勝組? コートも持ってねえような女と付き合うのが? お前、遊びに行く時もこのボロいの着ていってたのか」


 もはや引いてんじゃねえか。

 あと朝酒なんかしませんから。


「そんなことないですよ!」と慌てて否定する。何もかも誤解だっ!


「実はイッチョウラなコートもあるんですが、なんせ高い買い物でしたし、学校に着ていくにはいささか派手でして」


 そういえば、防寒服は見せたことなかったなあと思う。

 つばやさんは「ほォ、みかるの一張羅」と笑う。


「いいじゃねェか、派手でも着ていけよ」

「いやっ、でもマジ評判悪くて、やーこに『それ着てくんな笑いが止まんなくて授業に集中できねえ』と散々こき下ろされた伝説のコートでして」


 つばやさんの表情が一気に曇る。


「なんだ、酒って字でも書いてんのか」

「惜しい」

「惜しいの!?」


 ……わたし、つばやさんって結構表情豊かだよなあって思うんだ。


 自室に取りに行くとついてくる。床に散らかしてる漫画やら、本やらを踏まないように歩いてクロゼットを開けた。


 冬仕様に衣替えしたわたしの服の中で一番派手な 

――身長150cmには長すぎるメンズロングコート。


「わたしのイッチョウラをご紹介します! 黒地に金色で踊り狂うエジプト風の壁画の模様が描かれ、さらに赤と黄色のラインが不規則に引かれた、さらになぜか背中にドクロマークがどーんっとプリントされた、マジでおしゃれな奴でして! これ、あにきがバイト代貯めて買ってくれたんです!」


 ぱっと広げて見せた。わたしが見たものは、つばやさんの表情筋が死ぬ瞬間だった。


 なぜ、そんなにこのコートは評判が悪いのだろうか。アキラに控えめに言われた「お前はファッションセンスがない」という言葉を思い出す。そういえば、投稿した少女漫画の総評でも「服が……」と書かれたことがあった。


 絶句とはこのことだろうか。わたしは、このやくざを絶句させた回数でギネスに載れると思う。つばやさんはびっくりしたまま叫んだ。


「夏の間とかさ、ちょっと涼しいうちはお前、俺が買ってやったの着てたし……それ以前もまあ、ちょっとアレな模様のTシャツは着てたけど……ここまで変じゃなかっただろ! なんだよこれ!」


 イッチョウラを両手でつかんで怒鳴らないでほしい。高いのだ、そのコート。


「いやあ、あにき以外にはすこぶる評判悪いですね」

「お前、これ着ていくなよ! 冬服も良いの買ってやるから、また!」

「そう言われると着ていきたくなる」


 真っ赤なトレーナーの上に羽織る。マフラーも忘れないように。リュックの中にスマホと財布をいれて、玄関から飛び出した。


「お前、食器ぐらい片づけろ!」

「おっといけねえ、忘れてた」


 ね、こんな日常。

 一人も好きだけど、二人はもっとすき。



○○。



 

 さて、「冬」「恋人」と言えばなんでしょうか。そう、クリスマスである。クリスマスはシャンパンである。


 今まで、わたしにとってのクリスマスは「一人で鶏の丸焼きを食べつつ、シャンパンを飲む孤独な宴の日」であった。ああ、そうだ。彼氏なんていたことが無かったからな。しかも、大学の友達はわたし以外みんな彼氏持ちだからな。お酒が彼氏だから! みじめじゃないから! と言いながら食べる、一人にはちょっと多すぎる丸焼きの味は、なぜか湿っぽくて塩辛かった。


 しかし! 今年の丸焼きは、もう塩辛くないはずだ! 


 なんせ、彼氏持ちだから!


 金持ちの! 彼氏持ち! わたしこそが!! 勝ち組!!!


 ……勝ち組と言ってしまうのは違う気がするけれどね。つばやさんの彼女=勝ち組ではないと思うのだ。勝ち組にしてはいらん苦労が多すぎる。


 まあでも、楽しけりゃなんだっていいのだ。ご機嫌にクリスマスソングが流れる街を一人で歩く。今日は学校にも用はないし、ましてやバイトがあるわけじゃないけれど、無駄に朝早く飛び出して来てしまったのは我慢ができなかったからだ。


 初めてのクリスマスに浮かれすぎて。


「いや、しかし、プレゼントってどうしたら」


 鬼やくざにバイト代を没収されて、あれから稼げたお金は2万円。これでも十分頑張った。いや、しかし2万なんてあの人にとっちゃゴミみたいな金額に違いないのだ。


 これで計画遂行できる気がしない。


 派手なロングコートを揺らして、いつぞやのデパートに入る。やっぱり桁違いな商品ばかり並んでいるけれど。その中でもアクセサリーはかなり高額だった。うーん、アクセサリーというか。

 

 わたし以外のお客さんはカップルだらけで、寒いのに手なんか繋いじゃってお熱いこった。カップルとカップルの間から商品をじろじろ見ているわたしは、かなり場違いな感じがする。


 売り場のおねえさんが、「うーんうん」と唸るわたしに声をかけた。


「お客様、お探しの物は」

「あっ、え、いえ、冷やかしですっ、すみません!」


 どこの世界に自分で冷やかしだとかいう馬鹿がいるんだ。コートを見て眉をひそめたお姉さんに背を向ける。いや、ごめんアクセサリーなんかじゃないよ、これ。間違えた。


 眼下できらきらと眩く輝いていたシルバーたち。分厚いガラスケース越しに恋人の幸せの象徴は誇らしそうにきらきらと光っていた。闇のアル中には少々、光が強すぎる……ついでに、値段も刺激が強すぎる。


 ええ、わたしがプレゼントしようとしてたのはアクセサリーなんて軽いもんじゃなかった。


 ジュエリーだ。


 もっと言えば、ペアジュエリーってやつだ!!


「ふっ……、まあ、こんなことだろうと思ったさ」


 わたしには刺激的すぎる、ゆうに2万など越す値段さえ、多分つばやさんにとっては端金だ。プレゼントは気持ち? でもヤクザな恋人に安っぽいペアリングなんか不似合いに決まってる。


 こんな可愛いことしようとしてる自分も、ひどく不似合いだ。


 なんだか吐き気までしてきた。デパートを出て、公園までふらふらと歩く。その道中にコンビニを見つけて、喉がゴクリと鳴った。ちょっと、こういうおかしなテンションな時に酒はまずくない? 冷静な阪奈みかるは苦言を呈するが、無視してコンビニに入った。


 迷わず一直線に酒コーナーへ。真顔で掴み、レジに持って行き。


 ちゃっちゃらー!


 阪奈みかるは、ストロングゼロとコロッケを手に入れた!!



「くそー、なにやってんだわたしはー!!」



 東京の寒空の下、クリスマスに浮かれ苦しむアル中の叫びはこだまする。非常に迷惑この上ない………!




 寒いのにガチガチ震えながら、冷たいチューハイを喉に流し込み、公園のベンチに腰掛けてぽちぽちとスマホで開いたのはアドレス帳。


 表示された「ワカガシラ」の文字をタップして、スマホを耳に当てた。

みかる氏のコート実はちょっとかっこいいんじゃないか説

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