38.荒れるぜ、ちょうちんメロン
居酒屋ちょうちんメロン。住宅街の少し奥まった場所にちょこんとある、隠れた名店。ネットにも載っていない知る人ぞ知る隠れ家的居酒屋。その正体は、元ヤクザ幹部風山夫婦が営む、真っ黒も真っ黒な闇の居酒屋。ただし、味は絶品。
なんの因果かわたしはそこでつばやさんと出会い、ひと悶着の末いつの間にか2代目大将を任されそうになっていて――
「――2代目大将っておかしくないですか、せめて女将さんとか」
「お前そんな女将さんとかのキャラちゃうやろうが」
つばやさんを連れて来たら、ちょうどお客さんが増えた時間だったらしい。お客さんが捌けるまで厨房でがっちゃがっちゃと洗い物をして手伝っている。相変わらずわたしが注文を取りに行ったり、料理を運んでいる間にもあの野郎はカウンター席で悠々とビールを飲んでいる。
「みかる、ビールもう一杯な」
「くそぉ、わたしの目の前で飲むビールはうまいか」
「これ以上美味いビールはないな」
このクソヤクザ。奥さんが「ごめんねぇ、ほんとに。さっきまで全然いなかったんだけどね。せっかくきてもらったのにねぇ」と言うから、「大丈夫です大丈夫ですぅ!」と慌てて返した。
悪いのは、わたしに見せつけるようにニヤニヤしながらビールを飲むこいつです。
「もうちょっと落ち着いたら、みかるちゃんも飲んでくれていいからね」
大将モードの、風山大将に言われて「はいっ!」と返す。返事の仕方から、料理を運ぶときの言葉まで徹底して叩き込まれている私だ。洗脳? ノーノー、すべては愛する酒のため。
「オッ、お嬢さんバイト始めたの?」
「いやぁ、そうなんです。うへへ、いつもありがとうございます」
顔見知りの常連さんにぺこぺこしつつ、サラダを持っていく。
しかしなかなか快気祝いにたどり着けない……。
いや、ちょうど良いくらいか。
ちらりと見たスマートフォン。「よかったらこいよ」と3人を誘ってみたのだが、この感じだと3人とも来てくれそうだ。何せつばやさんが回復したら、しこたま奢らせる約束だったからな。若干「呪いのガトーショコラ」の件で引き目を感じていないか心配だったけれど、厚かましさにおいては右に出るものを見ない我が学友たちにとってはどこ吹く風だったようだ。
気まずさ<奢りの酒の精神は大事。
そういえば、とても今更だけどちょうちんメロンに友達連れてくるのも初めてだ。
「………おいみかる」
「はいなんでしょう」
お皿を下げていたらつばやさんにチョイチョイと呼ばれる。
「車、品宮に回収させたからな。あいつも呼ぶぞ」
「ああ、やったーよかった。なんか知らん間に人集まりそうですねぇ。3人も来れるそうですよ。ちょっと遠いからタクシーで来るって。つばやさん、出してあげてくださいよぅ」
「わかったわかった。仕方ねえな」
ほっとする。ちょうちんメロン、実は連れて来にくかった理由が場所にある。みんながひとり暮らしをしているエリアからは少し遠いのだ。わたしは一回来てハマったから、自転車で1時間半ぐらい余裕で漕いでいた。しかしながら、とてもじゃないけど三人に1時間半の自転車は強要できない。
わたしは最近つばやさんちに引っ越したから、1時間半が30分に減った。そう考えると学校からは少し離れた場所なのだ。
「これで若頭さんとか、朝熊さんとか、アゴも来れたら良かったんですけどねえ」
ぼやくと、
「急に言ってもなァ」と笑う。
それは品宮さんなら急に呼んでもいいって意味なのか。
「あ、でもわたしの友達、ヤクザに会わせて大丈夫かなぁ」
「……………今更だろ」
「まあいいか。あの子たちそこまで深く考えないと思うし」
大将に「みかるちゃーん、あと1品任せていい? これ終わったら飲んでいいよ」と厨房の奥から言われた。お! ついに飲める!
わたしがパタパタと厨房に走ったのと同時に、カランカランと開いた戸から「あ、鍔夜じゃねぇか。退院したのか」と言って現れたのは、
髭の似合うダンディなおじさまでした。
えっ、ここで新キャラ? つばやさんを見るとめちゃくちゃ気まずそうな表情だった。
○○。
「かんぱーい」
「乾杯」
「乾杯」
お客さんも少なくなった21時半過ぎ。一番大きなテーブル席に移ったつばやさんの隣に座る。そして、目の前にダンディなおじさま。上品に老けたというか、綺麗に皺の入ったおじさまだ。大きな目はくりくりしていて、ウェーブのかかった髪の毛は黒々としていて柔らかそう。しかし、どいつもこいつもヤクザという生き物は高そうなジャケットに身を包んでいる。おじさまも例外ではない。
「阪奈みかるです! えっと、つばやさんの飼い主です」
「みかる。逆だろ」
「いいえ、わたしがこのひとのモンスターペアレントです」
ごきゅごきゅと喉を潤す麦酒ちゃん。これは、働いたぶんのサービスのビールだ。ただで飲む酒、とても美味しい!
おじさまはにこにことわたしとつばやさんを眺めている。
「いい飲みっぷりじゃねぇか、みかるちゃん。いいねぇ、若いって」
「…………えっと、あなたはどういった関係で、
つばやさんと」
おずおずと聞いてみると「この人は……新庄さんはヤクザじゃねえからな」とつばやさんに言われた。
「まァ、怪しい商売とも繋がってるがフツーの出版会社の社長さんだ。仕事で世話になったことがあってな。懇意にさせてもらってんだが、なんでこんなところに」
なるほど、ヤクザではないけれど、グレーゾーンな方というわけね。
新庄さんは、穏やかに微笑む。
「朝熊くんから、良い居酒屋があるって教えてもらったんだよ。あ、彼も来るよ」
またか!
なんだか全員大集合な予感だ。
しかもユッコから恐ろしいメッセージがきている。
ユッコ:アキラが来れないって〜
「まじか」
「どうした、みかる」
「…………アキラが来ねえ。やーことユッコだけだ」
一気につばやさんの顔が険しくなった。
「………みかるちゃんの友達?」
「つばやさんの快気祝いをやろうと思ってたんです。友達も誘ったんですけど一番まともな子が来ない」
わたしとつばやさんが、あまりにも「マジか」という顔をしているので、新庄さんは「なんかよくわかんねぇけど、楽しそうだね」と笑っていた。
「みかる、ユッコって子はまともじゃねぇのか」
「ユッコがなんなら一番やばいです。ふわふわした可愛い子なんですが、弱い上に酒癖が悪い」
しかも恐ろしいことに、
やーこ:悪い。あたしとユッコゼミの飲み会終わりで酔っ払いだわ
というラインまで来ている。聞いてないんですが、やーことユッコのゼミが今日飲み会とか。
「新庄さん、わたしたちうるさいかもです、もしかしたら」
「ええよ、気にすんな。若い女の子と飲める機会なんかないからな。鍔夜も隅に置けないなぁ、こんな子引っ掛けるたぁ」
「…………どっちが引っ掛けられたんだろうな」
ぼそっとつぶやくつばやさん。
「新庄さん、つばやさん大変だったんですよー」
「ははは、知ってる知ってる。大怪我だったって聞いたけどめちゃくちゃ元気でびっくりしたわ」
口元の皺をくっきりとさせたダンディな微笑みは非常に眺めがいい。
「二人は恋人なんだ? 鍔夜、女作っても長続きしたことなかったのにな」と笑う新庄さんに「く、くわしく!」と食いつき、つばやさんが「やめろ、聞かなくていい」と頭を叩き。
奥さんが鶏の唐揚とちょうちんコロッケ、ちょうちんサラダを持ってきてくれたのとほぼ同時にまたカランカランと音がして、
「おいっ、回復したのか〜つばやさん!」とクレイジーな酔っ払い。続いて、
「な、なにこれ、ちょっと、イケメンしかいない」と鼻を抑えたフワフワ女子が登場した。手元のビールを一気に飲み干す。酔いが足りないし、つばやさんのほうが見れない。
なにより、このダンディーをカオスに巻き込む申し訳無さでキリキリとめったに痛まない胃が鳴り始めた。
○○。
「ちょ、ちょっとぉ、イケメンしかいないんだけどぉ。イケオジがいる、イケオジが」
曰くカルーアミルク一杯しか飲んでいないユッコは、大きな目をキラキラさせながら新庄さんを見つめている。まんざらでもなさそうな新庄さんは「鍔夜、いつの間にこんな可愛らしいお嬢さんたちを囲ったんだよ」とダンディボイスで言う。ユッコが「きゅんっ♡」とおおげさにリアクションした。
「つばやさん、超元気じゃん。コイツあまりに心配でトチ狂ったのか、入れ墨いれようとしてましたよ。『鍔夜命』って」
そしてやーこは、グラサンに絡む。ブフッと3杯目のビールを吹き出しかけた。
「お前はまた、めんどくさい嘘つきやがって! 振られろ! 今度こそ高橋に振られてしまえ!」
「ざーんねんでした。高橋は東京にのこりまーす、俺達の愛は永久不滅でーす」
ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー、こいつらが来た途端、お客さんが少なくなってシーンとしていた店内がうるさくなる。酔ったわたしもつっかかる。ユッコは新庄さんに「おいくつですかっ」と食って掛かる。やーこは「待ってコロッケ超美味い」と頬張る。
「…………カオスだねぇ。いいねぇ若いって」
「新庄さん、申し訳ねぇ………。久しぶりに会ったのにな……」
最後の唐揚げを食べようとお箸を伸ばしたら、やーこにすかさず取られる。嫌がらせのように口に放り込み、ビールを飲むやーこ。
「おまえっ、わたしが食べようとしたのに!」
「うっまぁぁ、待ってみかる。この店やばいわめちゃくちゃ美味しい。ここで働くんだよね、いいな!」
キャッキャと笑うやーこに、奥さんが「あら、うれしいわぁ」とビールを置きつつ言った。
「みかるちゃんはねぇ、いい大将になるわよぉ」
「みかる大将なんの、ウケる」
「たーいしょ」
うう、こいつら。つばやさんに助けを求めてみた。
「つ、つばやさんっ、いじめられる!」
「お前が振り回されてんの見るのは、超気分がいい。おい、お前らもっとやれ」
なんてこと言うの、このひと!
さらなるカオスを持ち込むようにカランカランと開いた戸からは、
「鍔夜、コレ快気祝いの品な。はい、ガトーショコラ☆」
当てつけのように有名店のガトーショコラを携えた、黒髪ポニテヤクザと、
「ア、アニキ、あの、車……………マジスンマセンッッ!!」
入るなり土下座する、下っ端チンピラの品宮さん。
あれ、おかしいなぁ、わたしまだ3杯しか飲んでないのにくらくらしてきたよ。
とりあえず「…………車?」とドス黒く呟いた悪魔の方を、まともに見られないのは確かだ。
快気祝いのはずなのに、ずっと胃が痛いつばやさん