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32.スピリタス、君に決めた!

 なんでも「一般のお客さんがいたほうが返って安全だから」という、巻き込み事故も致し方無しな暴論。慌てて止める品宮さんをガン無視し、大将によって居酒屋ちょうちんメロン、無慈悲に営業再開。

 品宮さんがお店周辺の警備をしてくれてるけど、ほんとに大丈夫なのか?

 まあ、大将が大丈夫って言うんだから大丈夫なんだろう。


 ただでかくまってもらうのは申し訳なくて、わたしはお手伝いということで奥さんと接客の対応をしていた。……何かやってたほうが落ち着くしな!


 いつもよりチンピラさんはやけに少ない(というかほとんど来ない)から、うーんやっぱり、ヤクザ関連でやばいことが起こってるんだなぁとここでも痛感する。一方で、何も知らない一般のお客さんは楽しそうにお酒と料理を楽しんでいる。 


「悪いわねぇ、手伝ってもらって」 

「いいいいいえ、わたしのほうが迷惑かけてるから」

「助かるわぁ。悪いけど4番テーブルのお皿片付けて、テーブル拭いてきてもらってもいい?アルコールをかけて、このペーパーで拭くのよ。椅子とメニューもね。それと、割り箸とナプキンが少なかったら替えてね」

「わかりましたっ」

  

 テーブルを拭くのでさえ、ワタワタと慌てながらの作業だ。やっと拭けたら「ごめんねぇ、お皿洗いおねがいできる?」と。これも慌てて厨房で洗う。奥さんはドリンクを作る。大将は料理を作る。来たお客さんに「いらっしゃーい!」と笑顔を振りまく大将は、昨日とは別人のようだ。お皿を洗いながら思う。 


「途中で悪いけど、このサラダ5番に頼めるかな?品名は言える?」

「ベーコンサラダですよね」

「そうそう、さすがみかるちゃん」


 や、やっさしい大将。ほんとにこのひと、元ヤクザ?

 5番に持っていったら、「ビール」「モスコミュール」「ハイボール」と次々に注文される。「は、はいっ!」と言って、厨房で5番の伝票にビール、モスコミュール、あとなんだっけ……ハイボールか!書いて、奥さんに「ドリンクお願いしますー!」と伝える。バタバタとしていたら、大将に「これ2番に。鶏の唐揚」とまた渡されて持っていって……。


 クッソ忙しいな居酒屋!!


 閉店の2時を回る頃にはヘトヘトだった。でもわたしにしては頑張ったと思う。はぁーと座った私に、奥さんが「はい、頑張ったご褒美」と冷えたグラスにビールを注いでくれた。


「んはぁ、おいしい!つ、つかれましたぁ、大将と奥さん、毎日こんなことやってるんですね」


 素直に尊敬する。大将が「楽しくねぇとやってないわな」と渋く笑った。あ、やっぱりこっちが本性か。


「楽しいやろ。でも」 

「は、はい、たのしかった」


 そう、楽しかったのだ。少なくとも、つばやさんが生きてるだの死んでるだの、どんどんネガティブな思考に陥る暇がないくらいにはたのしかった。頬が熱い。ビールのグラスをピタリと当てると、きもちいい。


「みかるちゃん、就職決まってないんやってなあ」


 大将はニヤニヤと笑って言う。うぐ、と詰まった。  


「なぁ、ここで働かんか?」


 そして、飛び出したセリフに仰天する。奥さんも「あら、それ素敵だわぁ」と両手を重ねて喜んだ。

 

「………っえ、な、なんでですか」

「いやぁ、働きぶりも良かったし、みかるちゃんなら訳ありのモンにも対応できるやろ? ワシとしては、料理も仕込んでやりたいし何より酒に愛と情熱がある。そんなに給料は出してやれんけど、どうせ齋藤んとこで住んどるなら、そなに多くはいらんのちゃうか」


 ぞっとするぐらい褒めるし。

 うん、た、たしかに、ニートするよりは全然、全然良い……!  


「あと、こいつにヤクザの女ってどんなもんか教えてもらい」 

「あらやだ、わたしも大したことはないですよ」


 いやいやいや、大したことあります奥さん。

 あまりに魅力的な突然の求人に、ぽかんとしていると「返事はすぐにとは言わんよ。なんなら齋藤が帰ってから考え」と大将はニヒルに笑った。か、かっこよすぎる。


「今日は疲れたやろ。休み。明日も働いてもらうけんな」

「は、はい、ありがとうございます」   


 どきどきする。あー、はやくつばやさんに会いたい。知らせたい。こんな素敵なことになってるよって。



○○。  



 風山邸、とでも言おうか。昨日からお世話になっている風山夫婦の家だ。というか邸宅だ、めっちゃでかい家に住んでる。ヤクザの幹部儲かりすぎだろってくらい。


 お風呂も、まじでやばい。なんで当たり前のようにヒノキ風呂がついてるんだ。ゆっくり浸からせて頂いて、Tシャツ短パンに着替えて出てくる。誰かいるなぁと思えば、月明かりに照らされて、縁側で奥さんが熱燗をのんでいた。 


「あ、あの」 

「あらぁ、みかるちゃん」


 このひと、家の中でも着物なのか。色っぽすぎるこの美魔女……!


「一杯いかが?」と言われて隣に座らせていただく。月を見ながら美魔女と熱燗。風呂上がりの一度冷めた身体が、豊かな香りと一緒に温まっていく。


「相変わらず連絡はないの?」

「はい……、考えても仕方ないってわかっててもつい、考えちゃいます」


 ほう、と吐いた息はもう白い。

 こんな季節か。


「……大変ですね、ヤクザの女というのは……」

「そうねぇ。わたしは生まれもお父様が極道のひとだったから特殊だったけど……。結局、わたしたちは帰る場所を守る、これが一番の役目なんだと思うわぁ」


 帰る場所を守るかぁ。

 ずいぶん大それた役目だ。


「みかるちゃんがいて、お酒があって、笑ってくれてたらあの人はいいんだと思うわよ」

「………大将もそうなんですかねぇ」

「さぁ、聞いたことないからわかんないわぁ」


 くすくす。月明かりに照らされて上品に笑う。  

 

「だぁいじょうぶ、品宮くんも言ってたじゃない。それに、みかるちゃんを頼むだなんて、本当に愛されてるわねぇ」

「そ、そうですね、ほんとに」


 あぁはずかしい。はやく会いたい、そればっかり。  

 

 少しの沈黙のあと、奥さんは言った。


「もしねぇ、鍔夜さんがひどい目に合っててだぁれも助けられなかったらね。最後に助けられるのはみかるちゃんなのよ」

「………それも役目ですか、」

「こればかりは、愛してるかそうじゃないか、だと思うわよ」


 なら、助けに行きたい。わたしだけのうのうと生きるとかまっぴらごめんだ。死ぬなら、最後あのヤクザをびっくりさせてから死んでやる。

 あー、懐柔されてついには、全部奴に奪われたのをここぞとばかりに実感した。


「……わたし、やるときはやる奴なんで」

「そのときは、手伝ってあげるわね。任せてね。女二人で乗り込みましょうね」


 冗談めかしているのに、めちゃくちゃ本気だ、このひと。それがうれしかった。


「ありがとうございます」


 熱燗であったかくなった身体と、おんなじぐらい心があったかい。 

 それと同時に、ろくでもない作戦を思いついて、悪どく緩む口元をぎゅっとしめた。

 


○○。


 思いついたらすぐ行動。


 貸していただいている部屋で眠る前、わたしはアマゾンを眺めていた。迷い無く速達注文したのは「高威力ウォーターガン」と「スピリタス」。


 スピリタス。

 そう、かの96度アルコールを誇る世界最凶の酒。


 銃も刃物も、わたしには扱えない。本物の皆さんと少しだけでも過ごして、思い知った。たぶん、わたしに引き金は引けない。


 ならば酒を使ってやる。阪奈みかるには酒の神がついてる。スピリタスを高距離高威力水鉄砲にいれてぶっかけ回ったら、引くほど威力があるに違いない。目になんか入ったらとんでもないことになるだろう。我ながら考えることがおっそろしいな。恐ろしいのはスピリタスの方だわ。


 もし、ほんとにつばやさんがピンチなら、こいつで死ぬほど暴れてやろう。どうしようもなくなったら、スピリタスを火炎瓶にして投げつけてやる。それはそれでたのしみだ。わたしを怒らせたらどうなるか思い知らせてやる!


 とか言って、意気込んでいたのに。なんなら、楽しみにしてたのに。


 スピリタスとウォーターガンがちょうちんメロンに届けられた日の夜。ついに、月屋キハチからの電話がかかってきたのだ。

スピリタスウォーターガンとか考えただけでもおそろしい…………良い子は真似しないでください!本作は犯罪行為を助長するものではございませんし、お酒は武器ではありません!楽しむものです!

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