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31.居酒屋ちょうちんメロン……!?

 心臓の音が聞こえていないだろうか。思わずつばやさんの、一番大きなデスクの下に潜り込んで隠れた。口を手で抑える。最悪だ、最悪だ最悪だ、なんでこのタイミングで。


「…………誰もいない?おっかしいな。鍔夜のアニキの車があったのに」


 知らない男の声がする。いま、つばやさんの車と言ったか。味方か?しかし、知らないヤクザなんか全員敵だ。わたしは不法侵入してる不審者だ。これだけは忘れちゃいけない。


「参ったな。カシラも連絡つかねえし」


 男はぶつくさ言いながら、何故かキッチンに行った。もう早く出ていってくれ。頼むから。


「みかるちゃんを頼むったってなぁ。肝心のアニキにも連絡取れないし、どうしろってんだ」


 はぁー、と男はため息をついた。まさかこいつ、コーヒーでも飲んでる?

 それより、いま、私の名が出たか?

 止まりそうだった心臓が落ち着きを取り戻した。このひと、味方だ多分。大丈夫だ。

 でも、ここでわたしが出ていったらどうなる?銃を持っていたら?ころされる。ヤクザ、舐めちゃだめだ。


 でもこの人は味方につけておきたい。味方の確率はかなり大きいはずだ。なんの情報もないわたしは、ここで声をかけるほうがメリットが高いと踏んだ。意を決して、震える声を出した。


「……………どなたですか」

「…………っ!?」


 男が狼狽えて、カチャッと何かを構えた。やっぱりな。おちつけ、みかる。


「わたしを呼びましたか」 

「…………えっ、なんでここに。というか、やっぱりそうだったのか」


 やっぱりとはなんだ。わたしはデスクの下から言う。


「あなたは誰ですか」

「俺はアニキの舎弟やってたんだ。組員の品宮っていう」

「証拠はありますか」

「…………アニキは肩から腕に入れ墨がある。あと、左の耳から頬にかけてちょっと古傷があって、腹にも」

「…………よくご存知で」

「あと酒好きの彼女が最近できた」

「よくご存知で」

「最近、獺祭買ってあげて、大変身デートした」


 ………ここまで知っていれば信じていいか。拳銃を持ったまま、立ち上がって顔を出す。品宮さんは私の格好を見て驚いたようだった。


「…………それ、アニキのグラサンとジャケットっすよね」

「試して申し訳がないです」


 ぐい、とサングラスをあげる。品宮さんは目をぱちくりさせて驚いていた。

 背丈こそ、男性の平均身長あるかないかぐらいだけれど、格好は金髪グラサン。まるでつばやさんを真似してるようなひとだ。


「改めて品宮っす…………っ、てみかるさん!こんなとこで何やってるんっすか!」

「え、えっと、情報収集………収穫なかったけど」

「危ないっすよ!………アニキの車があったから、まさかとは思いましたけど………むちゃしないでくださいよ怒られるの俺なんっすから!」


 少年のような声で怒られる。


「………みかるさん、とにかく行きますよ。連れて行かないといけないとこがあるんで」

「わかりました」


 そう言いながら右手に銃。左手にポケットに隠し持ったスタンガン。

 こいつが「なぁんてな、騙されてくれてありがとうよ、鍔夜より先にあの世で待ってな」と振り向いて撃たれた時の為に、せめて相打ち食らわせてやるためだ。びりびりした殺気に品宮さんは

「た、たのむから信じてくださいっす」と涙目になっていた。



○○。



 飲酒運転をする必要はなかった。品宮さんが「さあさあ」と言う助手席を無視して、後部座席に座る。鍵も勝手に外した。やばいと思ったら逃げるためだ。品宮さんは

「そこまで用心されたら傷つきますよ!」と涙目になっている。うるせえ、ヤクザなんか、信じられるか。


 どっかり座った私は、リュックからウイスキーを取り出す。………ほんとはストレートでなんか飲めないけど、舐めるように口に含んで一口のんだ。舌が痺れるっ、メラメラしてくる。でも、全然美味しいって思わない。あんなに大好きなウイスキーなのに。品宮さんに「何見てんですか」と悪態をつくと「ひいい」と言われて、車が動き出した。


 そして、なぜか連れて来られたのはよく知ってる場所………。


「ちょうちんメロンだ」

「ここが安全なんっすよ。入って入って」


 どういう意味だろう。さすがにちょうちんメロンは大丈夫か。銃もスタンガンもポケットで握ったままだけど。品宮さんに戸が開けられてカランコロンと音がした。


「………よぉきたわねみかるちゃん」


 奥さん、と


「馬鹿な真似しとったら死ぬで?自分」


 大将、と。


 よく知ってる場所のよく知ってる人のはずなのに。私の目の前に立っている人は、全然知らない人だ。


「もうちょい考えて動かんと。齋藤の女ぁ務まらんで」


 いつもの、甚平腰エプロンでニコニコしてる大将じゃない。これはだれだ。スーツを着た大男が、にやりと笑う。

 そして奥さんは相変わらず着物で微笑んでるけれど、雰囲気がまるで違うというか。いつものが接客ママモードだとしたら、今は姐さんモード…………??


「……あの、ふたりって、もしかして」

「ああ、そうや。ワシは元垂柳組幹部の風山。ほんで、美智子は極道の女や」

「ごめんねぇ、今まで騙しててね」


 いや、訳ありなのは薄々気づいてたよ。でも、訳ありどころか、まんまヤクザじゃねーか!!大将は、わたしの腕を掴む。


「そんなもん隠しとっても無駄やで」

「………離してください」

「ここに、それ置け。そしたら離したる」


 雰囲気が真逆だ。絶対こっちが本性だ。言われるがままテーブルに物騒な2つを置く。いつもお酒と美味しいものがのっているカウンターのテーブルに、裏社会の闇をゴトンとのせた。


「………置きましたよ」

「なぁ、みかるちゃん。どんだけ自分危ないことしとんか分かっとんな」


 全く優しくない、冷たくて鋭い言葉。ぎろりと見下される眼光は、いつものお客さんが見たらチビるんじゃないかと思うほど。負けてられるかと睨み返した。


「わかってますよ。でも、つばやさんのこと大人しく待ってられるほどは馬鹿じゃないです」

「それが馬鹿や言うとんや。信じて待つんが努めや」

「信じて待つ女がいいなら、つばやさんは私のこと選んでない」

「………齋藤の気持ち考えたれ言うとんや」


 知るかそんなの。


「あんた、そこまでにしな」


 奥さんがピシャリと言う。


「………みかるちゃん。鍔夜さんね、あんたに会ってから楽しそうなの、これは事実よ。いっつも眉間にシワ寄せてイライラ酒飲んでたあの人が、笑ってお酒飲めるのもあんたのおかげなの。あんたが死んだら、あのひと何するかわかんないよ」


 微笑む美魔女は、貫禄さえ感じさせる。

 ………今度の言葉は、なぜかずっしりと心を殴られた。わたしは泣きそうになっていた。


「信じて待つのは大事な務め。でも、なんかあったら男も女も関係ない。ここ一番って時に大事な男を守れる女であるのが大事なのよ」

「…………はい」


 今度は、自然と「ごめんなさい」が口から出てきた。


「………みかるちゃん見とったら、若い頃のお前思い出すわ」

「あら、なんのことかしらね」


 くすりと笑う一挙一動の色気と凄み。これが極道の女なのか。

 素直に謝ったわたしは、本題に入りたい。


「……あの、この品宮さんに連れてきてもらったんですけど、つばやさん、どこにいっちゃったんですか。何が起こってるんですか……?そんなにまずいことに?」

「大したことちゃうんやけどな。ちょっと他の組と揉めててん。向こうが厄介な組織でなぁ。うちの暴れん坊が……鍔夜より断然ヤバイのがおるんやけど、向こうのボス刺したけん大揉めなんやわ。やから、事務所ことごとく潰されよる。……みかるちゃん、行ったんやろ?事務所。ほんまに危なかったで。一歩間違えたらほんまに見るに耐えん方法で殺されとった」


 ま、まじか。

 かたかた、手がふるえていく。品宮さんも顔を青くしていた。


「……つ、つばやさんは」

「みかるさん、アニキなら大丈夫……!だから俺、みかるさんを頼まれたから」


 なのに、品宮さんもなんで震えてるんだ。わたしに言わないほうがいいと思ってることがたくさんあるに違いない。

 でも、生きてる。生きてさえいてくれればいい。警察につかまってようが、指詰められてようが、べつにいい。


「………ここは、ある意味組と繋がっとるけん危ないといえば危ないんやけど住宅街の普通の居酒屋やからな。まだ襲われる可能性は低い。品宮、みかるちゃんを守ったれ。ワシらも久々にやるときはやってやるけんのう」

「は、はい」


 大将………いや、元ヤクザの風山さんはにやりと笑う。心強いことこの上ないけれど、やっぱり相当のことが起こってる。


 つばやさん、一体どこで何してるんだよ。

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