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26.普通のデートが分からない

 やーことつばやさん、違う意味の狂人同士でどうなるかと思えばつばやさんの常識人スイッチが入ってくれたおかけで、ただの良い人だった。ほんとうにありがとうつばやさん。

 やーこが帰ったあとには毎度の如く、ヤクザ人格がログインして、べらべら喋ったのを少し怒られたあとは…………お察しの通りです。


 まあ卒論に追われるいつもの日常なわけだけれど、忘れてはいないだろうか。阪奈みかる、もう大学四年生も終わりが近づくのに内定ゼロである。

 もうそろそろまずい。

 いつまで親の仕送りとヤクザの闇の金に頼って生きるのか。いい加減自分がダメ人間すぎて凹みそうになっているのに、卑屈な私をつばやさんはさらにこうやって追い詰めてくる。


「お前が自信がねえだの、ブスだのうるせぇから、そう思うならそんな格好やめちまえ」と。これは私の標準スタイルパーカー✕ジーンズを指した言葉なのだけれど、突然そんなことを明朝に言い出したつばやさんに車に押し込まれ、連れて来られたのはめちゃくちゃ良いデパートであった。

 


「…………え、なんで?なにここ」

「だから、可愛い格好すりゃいいじゃねぇか。買ってやるっつってんだよ」

 

 面倒臭そうにため息をつかれる。いやいやいや!


「いや、うそ、おまちください……!わたし可愛い格好したいなんて言ったことない」

「言ったことねぇかもだけどよ。じゃあなんでフツーのデートを拒み続けるんだよお前は」


 低い声で凄まれて「うっ」と言葉に詰まる。つばやさんと出会った、ビールが美味しい季節(つまりは夏)。あれからちょくちょく「行きたいところはねぇのか」とか「欲しいもんはねぇのか」とは聞かれていた。「居酒屋」「酒」とある意味では正直に答えていたのだが。酒しか言わぬわたしに痺れを切らしたのか、つばやさんに一度聞かれたことがある。


「普通のデートとかには憧れねぇのか」と。


…………いや、そりゃ憧れますって!少女漫画描いてるような女ですから、もうそれはそれは水族館デートもしたいし、酒造見学デートだってしたいし、映画も見に行きたい、なんなら遊園地にも行きたい。

 でも、言えないよそんなの。色々、釣り合ってなさすぎる。夜の居酒屋ならまだしも、お天道様の下を、この人とカップル面して二人で並んで歩く勇気はまだない。

 ……だから、誤魔化していたんだけれど、それも見抜かれていたらしい。このヤクザ、やっぱり頭いいというか、観察力がすごいというか。


「……確かにその服じゃ、デートにゃ不似合いだろうけどな」

「わ、わるかったな。正直、自分の見た目とか、重きをおいたことがなかったんです」

「ハッ」


 吐き捨てるように笑う。めっちゃこわい。


「だから、買ってやるつってんだろ。おら、来いさっさと!」


 腕を掴まれて、まったく不似合いな高級デパートに引き摺られるように入店してしまった。


○○。


「ひええええ、ぜ、ぜろがいっぱい………。う、うわっ!このセーター、ユニクロに似たようなのあるよ!なんで5万もするんだよ!」

「おいみかる、静かにしねぇか。貧乏人まる出しだぞ」


 つばやさんにズルズル連れてこられたのは、若者向けの高級ブティック店。わたし以外の、お客さんの女の子たちはキラッキラ輝いている、めちゃくちゃ可愛い子ばかりだ。こんなに若いのに、こんな高い服着てるのかおまえらは。でも、ユッコもそういえばいい服着てると思う。ふわふわ系のザ・女子大生なユッコからしてみれば、5000円とかでさえプチプラなのだろう。わたしからしたら全然プチなプライスじゃないぜ?大吟醸買えるじゃねえか、5000円もあったら!

 それに、イマイチどれも欲しいと思わない。セーターに5万もかけるとか、馬鹿みたいに思うのだ。そんな金があったら酒を……


「……とか思うからだめなんだろうな」

「どうせこんな金あんなら酒飲みてぇとか思ってんだろ」


 そしてバレてる。セーターを棚に戻してウロウロ。私の後ろをドカドカついてくるつばやさんを見た女の子たちは「え、ちょっとこわい」「でもちょっとかっこいい」と小声で囁く。「でも、あの子のなんなんだろう?まさか彼氏?」「そんなわけ……」とか、聞こえてんぞこのやろう。次に手にとったワンピースは、わたしには大きすぎる。この幅の広いガウチョパンツ?ってやつも、絶対似合わない。ほんとに全然欲しくないんだけど、わたし女子大生として終わってんのかな。


 あんまり難しい顔をしている私を見かねたのだろう。つばやさんに肩を叩かれる。


「……なら、俺の選んだのを着ろ。それなら良いだろ」

「うー、なんっすかそれ」


 齋藤鍔夜、自称28歳のヤクザ。

 手に持っていたのは薄いピンク色のワンピースでした。しかもご丁寧に、羽織るカーディガンまでつけて。

  


○○。



 これがつばやさんの、ホントの好みなのだとしたら、よく今までパーカージーンズを許してたなと引くほどだ。着てみたワンピースは、生地がいいのか薄手なのにあったかい。膝より少し下の丈、裾がふんわりしているからこんな私なのに女の子っぽい雰囲気にしてくれる。控えめにあしらわれた水玉も子供っぽくなりすぎずかえって上品ささえある。腰のブラウンのベルトがきゅっとしているから、やぼったくもならない。

 そして白のカーディガンを羽織ったら服だけは完全に良いとこのお嬢さんだった。


 ため息をついて鏡で見るのは自分の顔面だ。アイプチも面倒で一重のままだし、軽くファンデーションをしたのみの化粧っけのないブスだ。どの角度から見ても、一切のまじり気のないブスだ。そして髪の毛はいつから切ってないのかわからないけれど激しくモサモサしているし、手入れされてないのがひと目でわかる。要するにひどいのだ。

 

「着たか?」と、つばやさんの声がカーテン越しに聞こえる。つまりは見せてみろということだろう。嫌だ、絶対出たくない。


 少女漫画とかでよくある、可愛い服着たら見違えて彼氏が赤面みたいなことは現実では起こらないのだ。


 どんだけいい服着ようが!


 ブスは!ブスの!まま!!


 内定ゼロのアル中のブスとか、いよいよ終わってんな。自嘲気味にわらう。さて、このワンピースは脱ごう。わたしなんかより着るに相応しい女はいっぱいいるはずだ。さらば、と背中のチャックに手を回すと  


バッ


という音がして。勝手に開かれたカーテン、そしてそのカーテンを掴んだ齋藤鍔夜がマジギレしていた。


「なァに、勝手に脱ごうとしてる?」


 口をパクパクさせるわたしに、鍔夜さんは「この俺が選んでやった服を、なーんで勝手に脱ごうとしてるのか、答えてもらおうか。なァおい」と、恐怖の笑顔で凄む。

 こんなところでヤクザ出すな、とか、いろいろ言いたいけれどパニックであわあわとしてしまって答えられない。


「………つ、つばやさんには、ぶっさいくなわたしの気持ちなんかわかんないよ」


 血迷ってこんなことまで言ってしまう。つばやさんは眉間に皺を寄せた。サングラス越しの鋭い目が細くなる。


「言っとくがな。お前は怠惰が顔に出てんだよ。だからブスなんだ」

「しょ、正直に言わないでくださいよ」


 半ば泣きそうだ、もう。


「………だから、ちゃんとしたら可愛いつってんだよ。似合ってるぞそれ」


 ふ、と微笑む。これでドキッとするのが多分良い流れなんだけれど、いや、おまえ目がおかしい。サングラス外せ。そのサングラス、視覚情報を歪めてる!!


「どこがですか!全然似合いませんよ!」

「俺が選んでやった服が似合わねぇだと?」


 バキバキ、と手を鳴らさないでください。ほら店員のお姉さん真っ青ですし。

 この人「俺が選んでやったんだからなんの文句があるんだ」と言いたいのか。なんて理不尽な。誰が選ぼうと似合わんものは似合わん。

 でも、これ以上抵抗したら本気でブチ切れられそうだ。おとなしく言うことを聞くか……。


「…………わかりましたよ。買ってくださいそしたら」

「もう買ってあんだよそれ。じゃあそれ着とけよ。次行くぞ」

「…………は!? おい、離せって、うわっ、待ってつばやさん、なにこの靴!?パンプス!?わ、わたしのスニーカーどこにやったんだよ!うわっしかも足ぴったりサイズかよ気持ち悪ぅ…………。痛い、引っ張らないで、行くから、行きますから!」


 履きなれぬパンプス。

 久しぶりに着たワンピース。

 このウィンドウに映ってんのはほんとにわたしか?なあ、阪奈みかる……。



○○。



 次に何が起こったのか説明します。まず、どんどん高級ブティックに連れ回されて、私の趣味とはかけ離れた「上品」「かわいい」「今時」というキーワードを兼ね備えた服を買われました。何度か試着もさせられました。完全に齋藤鍔夜のきせかえ人形。途中から感情を失っていました。

 そして、次に連れて来られたのはコスメショップだった。曰く「ちゃんと化粧しろ」とのことで、店員さんに言われるがままお試しを繰り返され、ゼロが多すぎる額の化粧品を購入された。店員さんによる、完璧な化粧指導の後の顔面作成までついて。

 ここまでくると、鏡で自分の姿を見ても、脳みそが自分だと認識してくれない。なんか知らんやつが映ってる。だって二重でまつ毛バサバサで可愛いワンピース着てるんだよ。本気で誰だよこれ。


 鏡の前で固まっているとつばやさんが来て、後ろから両肩に手を置いてわたしの視線の高さまで身を屈める。


「どうだ。ちゃんとしたら可愛いだろ」

「どうだって………違和感しかないんですが」


 それに髪の毛は依然としてボサボサなまま。いっそ髪の毛もちゃんとしたい。これを口にだしたらいよいよ負けたような感じがして嫌だ。いじわるに微笑むつばやさんは、頭をガシガシ撫でてくる。


「見違えたぜ、ほんとに。見せびらかしてやりてえな」

「悪い冗談ですか?………なんか、服に着られてる感じしかしないんですけど」

「まァ、最後に行くところあるからな」


 ぐい、と腕を引かれて、なにかと思えばそのまま大きな手に、私の手がすっぽり収まってしまう。


 なんだこれは。


 手を繋いでいるのか。


 彼氏と手を繋いでいるのか!?


「…………つ、つば、つばや、つばやさん、手、手、て………」

「は?お前は…………手ぐらいで何ぬかしてんだよ」


 いや、そうかもだけど。

 手を繋ぐというのは、こんなにドキドキするものなのか。繋いだ手から伝わる熱い体温が、手だけじゃなくて全身まで伝わってくる。手を中心に身体が燃えているようだ。もはやメラメラしてくると言っていい。世の中のカップルは平気でこんなことやってるのか。火事になりそうだよ………!


「ハッ。手ぐらいで何慌ててんだよ」

「いやいや、あの、すみませんほんとに、あはは、別に慌ててなんかないです」

「嘘つけ。慣れてねぇの丸見えなんだよ」


 行くぞ、と引かれる手はどこか優しい。デパートを出た私は、つばやさんの運転で次はどこに連れて行かれるのか。

 そういえばそろそろ、お昼の時間だ。



○○。



 じゅううう。

 お次は、いい音といいにおいしかしない空間に連れて来られました。なんとシェフという生き物が目の前で肉を焼いているのです。鉄板の上でいい音といいにおいを発しているそれは、貧乏人には縁遠いことで有名なステーキ……ステーキですよ!牛肉ってだけで縁遠いのに、ステーキ!!

 っはー、そして齋藤鍔夜という男はこのちょっと薄暗い高級店が本当によく似合う。目の前で色を変えていくステーキに釘付けな私と反して余裕な表情である。こ、こいつ、いいものばっか食べてるんだろうな、くそ。


 焼き上がったらしいステーキは、表面こそ焼けているが中は可愛らしいくらいのピンク色で、生じゃねぇの!?と言いたくなってしまうのが貧乏人なのだろう。ぶわぁっとお肉の香りとにんにくの香り。シェフオリジナルなのだろうか、黒いソースをおしゃれにあしらい、これまた高級そうな新鮮な野菜が添えられてて。目の前にあるだけでお腹いっぱいになりそう、食べるけど、食べるけど!


「えっ、つ、つばやさん、これはどういう風の吹き回しで、なんでわたしはおしゃれ大変身しながら高級な肉を食わされているのでしょう」


 ついに聞いてしまった。

 テーブルマナー?も恐らく完璧にナイフとフォークで肉を口に運ぶつばやさんは、片眉をあげる。


「あ?いいから食えよ」

「た、たべる、たべるけど。どういうことなのとおもって!」

「…………普通のデートったって、俺にも分かんねえからな」


 微笑むつばやさん。

 まさか、普通のデートを決行してくれてるというのか。普通のデートにこんなに金銭感覚狂うようなことはまず起こらねえよと突っ込みたいけれど、ぐっと我慢する。この人にとってはこれが普通なのだ。


「………あ、ありがとう」

「肉冷えんぞ、食え」

「い、いただきます……………ひえええっうっうまっ!えっなにこれっお肉とけた!!つばやさんっこのお肉魔法かかってる!え、うそ!!」

「コラ静かにしねぇか!」


 はっ、あまりの衝撃で我を忘れた。

 シェフは苦笑いともとれるような笑みでこちらをみていた。す、すみませんすみません!


 いやぁだって大して大きくはない、むしろ小さな一欠片を口に入れた瞬間に、今まで食べたお肉の情報量の、倍の濃密さが襲ってきやがったのだ。そしてすぅと口の中で溶けていったから、身体中に旨みが駆け巡る。こんなことがあっていいのか。


「みかる、えらい感動してるようだが、俺はこれでもまだ、一般向けの店を選んだつもりだぜ」


 恐ろしいことを言っている。つまりこんなの氷山の一角と言いたいのか。連れて行こうと思えばまだまだ高級店なんか死ぬほどあるのか。わたし死ぬんじゃないのか、最高級まで到達した暁には。


「さっさと食えよ。食ったらそのボッサボサの頭どうにかすんぞ」

「え、うわぁ、や、やっぱりですか」

「かーわいく、変身しようなぁ、みかるちゃん?」


 言ってることはステキなのに、どーうしてこの男が言うと物騒にほの暗くなるのか。それなのに甘さと熱を帯びているから、たちが悪い。うっ、と言葉に詰まったわたしは、お肉を頬張って余計なことは考えないように鉄板を睨みつけた。

おにくたべたい………

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