23.日頃の感謝とあんかけチャーハン
いつもほんとにありがとうございます!
ちょっといつもより長いですが、いつもどおり飲んでるだけです。
久しぶりに行った大学。
突き刺さる視線に、面倒臭さしか感じない。
あんなでかい黒塗り車に待ち伏せされていたのだから、当然そうなるわなぁ、と諦めの気持ちさえ漂う。いつものパソコン室に着くまでの道のりはかなり居心地の悪いものだった。
それはなぜかというと、「阪奈みかるはヤクザの令嬢らしい」だの「ヤクザに命を狙われているらしい」だの「ついに酔っぱらってヤクザとトラブったらしい」だの、とんでもないウワサで持ち切りで、なぜか特に同じ学科の奴にヒソヒソと噂話をされる始末だからだ。
…………そして、さらにタチが悪いのが、あの悪友3人娘だ。あの3人はそれを否定して止めるどころか「あいつは実は、背中一面に虎と龍と閻魔大王の入れ墨はいってんだよ」とか「あいつの酒にはやばいものが入ってる」とか、さらに誇張して広めてゲラゲラ笑っていたらしいのだ。わたしは友達の定義を確認したい!
「おい、おまえら本気でふざけんな!」
怒って大きな声を出すと、あろうことかゲラゲラ笑われる!
「いや、だってみんな信じるんだもんな」
「信じるんだもんじゃねーよ!入れ墨もはいってないわ!」
「はーおっかしい。笑った笑った。大丈夫大丈夫、噂は四十九日とか言うしな」
アキラとやーこは、ヒィヒィ笑っている。こいつら、ほんとに最悪だ。ユッコだけが心配してくれていたけれど「でも事実やもんねー」と、のんびり言い出すザマだ。なんでお前が信じてんねん!
それに噂を四十九日で終わらせてくれなさそうなのが、あの鬼………齋藤鍔夜という男で、なんと私は自転車通学を禁止されているのだ。別にあのマンションからぐらい、全然自転車で行ける距離なのに。あの過保護ヤクザめ。
つまりはつばやさんに送り迎えをしてもらうか、もしくはタクシーで通学しているわけだ。どこのブルジョワだよと、際限なく痛む胃。貧乏人には、たった数千円でもタクシーのおっちゃんの手の平に載せるたびに罪悪感で死にそうになる。そしてまた向けられる奇異の目。飲まないとやってられねえぜ………。
○○。
そんなわけだから、自転車を使いたくて仕方ないのに、なんとか玲奈に拉致られて以来行方しれずのマイ自転車は手元にもない。仕方なく、ヤクザの汚い金でタクシーに乗って着いた場所は携帯ショップだ。
スマホ買うのもヤクザの汚い金なのは言うまでもない。
「…………おかーさん、おとーさん………闇に染まりつつある娘をお許しください………」
容赦なく最新式のスマホを契約した私は、最初に入れた連絡先に
「スマホGET!のみにいきましょう!」
と送って、にんまりわらった。
○○。
携帯ショップの後、その周辺のブランドショップに緊張して入ったりして、ただの買い物なのにとても疲れた。日が暮れた頃に向かったのは、久方ぶりのちょうちんメロン。ヤクザの汚い金でタクシーに乗り、着いた馴染み深い場所。引き戸を開けたら、どこか懐かしいカランカランという音と共に大将が「おっ久しぶりだね!」と笑いかけてくれる。
テーブル席に座ると、奥さんがおしぼりを持ってきてくれた。相変わらずの美魔女感。紅色の着物がよく似合うキレイな女性だ……こうはなれないよなぁ、と思う。
「みかるちゃん大変だったんだって?」
奥さんはにこりとして言う。「どこからそれを」と尋ねると、
「朝熊さんが、部下の人を連れて来てたのよ」と話してくれた。口が軽いぞ朝熊さん!
「大変でしたよー。ヤクザに拉致られて、『鍔夜はわたしの婚約者よー』とか言われてブン殴られたんですからー」
「いつもの」の如く持ってきてくださった生ビールを飲みながら愚痴が止まらない。
「ヤクザと寝たらこういうの、よくあるんっすかね」
「あらあら、そうかもしれないわねぇ」
おっとりと微笑む。底しれない美魔女だ。
「鍔夜さんは、いつごろ来られるの?」
「んー、わかんない。返事がないんですよ。ヤクザの仕事かも」
ミカルゲから送られた「着いたから待ってるぜっ」というメッセージは未読のまま。先に飲んでるわけだけれど、いつごろ来るのだろうか。こうしていると、つばやさんと付き合った次の日を思い出す。あのエビフライ、美味しかったなぁと思うと、食べたくなってしまった。
「エビフライ!」
「ふふふ、エビフライね。わかりましたよ」
奥さんは微笑んで厨房に戻った。
さて、とエビフライを待ちつつ、ビールを楽しむ。
実は今日、つばやさんに言おうと思っていることがあるのだ。渡そうと思っている物も。ちょっと緊張して、ドギマギする。ビールを喉に流しながら、店内を見渡す。普通のカップル、おじさんに紛れてチラホラ、チンピラが見えるから異様な空間だ。今迄気づかなかったけれど、やっぱりこの居酒屋はヤクザと繋がりがありそうな感じがする。だからつばやさんも伸び伸びできるのか。そういう意味では、無くてはならない場所なのだと思う。
「エビフライお待ち!」
大将が持ってきてくれたのは、あのぷりぷりサクサクの再来………!エビフライ!
「ふぁー!」と興奮したわたしに「みかるちゃん、お疲れ様だね」と優しい声。
「お酒のおかげで乗り切りました」
「いやぁ、ビール飲みまくったんだって?」
「朝熊さん、どんだけくっちゃべってやがるんですか」
そうしていると、またカランカランと音がした。ぱっと振り返る。つばやさんだ。
「つばやさんー!」
「そんなにはしゃぐな。そんなに俺に会えたのが嬉しいのかよ」
別に嬉しくもないわ、一緒に住んでるんだし。そう思うのに、身体全身踊りだしそうに嬉しいから、なるほど恋とはこういうものかと感じざるを得ない。少女漫画への憧れのみの妄想で描いていた少女漫画だったのに、つばやさんに出会った途端恥ずかしくて筆が進まなくなったのも、ある意味露骨過ぎて悲しくなるほどだ。
目の前の椅子に座ったつばやさんのところにも、当たり前のように奥さんからビールを置かれる。
「ん」と、向けたグラスにほぼ残り少ないグラスを当てると、コンといい音。
「……エビフライか。良いの頼んだな。大将、俺腹減ってんだよな……あんかけチャーハンと洋風肉じゃがと、あとサラダ」
「わああ、チョイス素敵、つばやさん大好き」
「お前、俺にメロメロだな」
サングラスの奥が細く優しく笑う。やだなぁ、意識して仕方ない。
「はー、あー、疲れた」
ビールを喉に流し、「ッハー」とオヤジ臭い声をあげたつばやさんから早々に飛び出したのは愚痴だった。
「やってらんねェ……。どいつもこいつも無茶ばっか言いやがって……」
「わかりますわかります」
ヤクザの愚痴より、この熱々ぷりぷりエビフライのほうが大事だ。聞いてないのはバレバレで、つばやさんはそれでも続ける。
「わかんねーだろ。中間管理職の苦労なんか」
つばやさんはヤクザの中間管理職らしい。飛び出す言葉も闇が深いし、チンプンカンプンだから聞き流して、むしゃむしゃ食べ進める。
「もう………あんまり愚痴ばかりだと、みかるちゃんに逃げられますよ」とつばやさんを窘める奥さんに運ばれてきたのは、あんかけチャーハン。海鮮のあんがかかった、卵たっぷりレタスシャキシャキのチャーハンは、たまらないくらい美味しそう。そして、ぱくっと食べると大葉が薫る………!チャーハンに大葉なんて!これは良すぎる!
「みかる。ここのあんかけ美味いだろ」
「おいしい………しあわせ」
飲もうとしたらビールがもうない。「ビールくださーい」と言ったらすぐに出てくるビール。ああ、ちょうちんメロン愛してる。
「つばやさん、あの、聞きそびれてたんだけど」
「どうした?」
あんかけチャーハンを頬張るつばやさん。
「やちんとか」
「俺が払うに決まってんだろ」
「いやそーじゃなくて、ボロアパートの……。うちのお父さんに払ってもらってるんだけど、どうしたのかなぁとおもって」
こう言うのにも理由がある。うちのお父さんはめちゃくちゃ怖い人なのだ。
天然なお母さんと正反対で、めちゃくちゃ厳しい。ひとり暮らしを無理やり始めたのも、お父さんの厳しさに我慢の限界だったからだと言っていい。あにきは人当たりがいいから、のらりくらりとお父さんの厳格をかわすけれど、それもできない私は逃げるしかなかったのだ。
どう厳しいかと言うと「門限18:00」「宿泊厳禁」「成績上位でないと許さぬ」が高校のときの環境だ。高校生だぜ。さらに、ひとり暮らしだったから大学に入った途端お酒を飲めたけれど、実家だと絶対に許されなかったと思う。余計に逃げてきて正解な環境だ。
「………とにかく、厳しくて厳しくて。その代わりお母さんにはめちゃくちゃ甘いんだけど。……うーん、ある意味つばやさんに似てるかもしれないけどね。わたし苦手なのだよ」
「ほー………みかるの父さんな。てっきり翔真のような父さんかと思ってたから意外だったな」
「あにきとわたしは、完全にお母さん似だよ。父さんの遺伝子どこにいったんだろ。死んだのかな」
とろりとあんをかけて、ぱくっ。
ああ、おいしい!
「だから、どうしたのかなぁと気になってたんです。まさか、父さんと話した?」
「さーな」
誤魔化された。
「お前、何かと思えばそんなこと心配してたのかよ。気が小せえな」
「大事なことだよ!勝手に引っ越ししやがって」
実はまだ根に持っている。
「獺祭取り上げんぞ」と言われれば、それには弱い。わたしのこと、なんだか酒で釣れば何しても大丈夫だといろんな人に思われているような気がする。主に目の前の人は余計にそうだ。
「あ、そうだ……つばやさん、実はその、えっと」
「今度はなんだよ」
お次にやってきた洋風肉じゃがの、トマトの香りにもドキドキしながら口に出す、頑張れみかる。
「もう一個はなしが、というか」
「なんだよ」
「いつもお世話になってるお礼というか」
ええい!と差し出したのは迷いに迷ったあげく決めたプレゼント……というほどでも無いけれど。ハンカチ。
小学生のようなプレゼントだけれども。ここ最近バイトもできていない私はなけなしの貯金で、プレゼント……少し良いハンカチを購入していた。そうは言っても、つばやさんがガンガン奢ってくれるおかげで貧乏人には到底ありえない生活をさせてもらっているのが事実。そのお礼と思えば8000円など高くない。高くない………めちゃくちゃ高かったけど、そのぐらいは出さないと罪悪感で死にそうだった。
「ハンカチィ?お前のことだから、くれるって言ったら酒関連のモノかと思ったがよ」
「………ほんとはそうしようかと思ったんだけど。なんだか、お酒ばっかりなのも悔しいなぁと思いまして。副社長さん……?に渡しても良さそうなものって、こういうものかな、と」
発想が安直で貧乏なのは、痛いほど知ってる。
「ほら、返り血拭いたり!」
「この真っ白なのでか」
「ガーゼにしたり!」
「なんで俺が暴れるのが前提なんだよ」
この目で見たからだよ。
失敗だったかなぁと目を泳がせていると、ぽんと頭に置かれる手。
「嬉しいな、ありがとうみかる」
「い、いや、だってわたし、いつも貰ってばかりだから」
そんなに素直にお礼を言われると逆に焦る。
「みかるってよ、俺からしてもらって当然とかそういう態度とらねぇから、そこが好きなんだよ。それに、一々これでもかって喜ぶだろ。つい、なんかしてやりたくなるんだよな」
優しい顔で甘い言葉を言わないでほしい。顔が熱くなるから。
「ご、ご期待に添えるよう、が、がんばってやくざになります」
「何度も言うが、お前がヤクザになる必要はねぇからな」
「組長!」
「組長にもならねぇよ!誰に言われても絶対ならねぇ。死んでも回避してやる」
「それ出世したいチンピラさんが聞いたら泣きますよ」
「俺はもう良いんだよ、これ以上あいつらに関わっても面倒なだけだ」
「正直だなー、つばやさん」
洋風肉じゃが、トマトの酸味と優しい出汁がマッチしてさっきからお箸が止まらない。3杯目のビール。美味しくて、とろけていった。