22.ほんとーにわたしでいいんですか
ヤクザとの同棲開始から、しばらくたった。何も、今まで泊まったことは何度もあったから、その延長線と思えば大して違和感は無かった。ただ、帰る家がボロアパートから、部屋に変わっただけだ。
それでも寝るときはつばやさんのベッドに潜り込むのだから、なんて甘えてるんだろうと、その激甘い自分の本性に嫌気も指す。わたしはカルーアミルクかよ。
さてもうバレたから開き直って、わたしは与えられた部屋でいそいそ漫画制作にいそしむ夕食後。あぁ、もういっそ1本全力で描きあげて、漫画雑誌に応募してみようかなと考える。いままで何度か応募したことがあったけれど、最高で佳作。それ以上に輝いたことはない。あれが人生のピークだった。
いっそペンネームも変えて、「苺りんごレモン」みたいなふりふりに可愛い名前にしてやろうかなぁとニヤニヤしてしまう。
しかし、困ったことに。さらさらーっと紙に書いた男の人は、最近どう見ても齋藤鍔夜にどこか似ているのだ。イケメンの基準がかなりズレてしまった自覚はある。元々、わたしってやつは正統派イケメンが好みだったはずなのに……。ゴリマッチョ眼光鋭いつばやさんが、今は私の中ではダントツにナンバーワン。
さてさて、と満たされたおちょこを手にとって、にんまりわらう。贅沢なことに、獺祭を口に含み、高級な深い甘みに舌鼓を打ちながらの趣味活動に幸せを感じざるを得ない。いろいろあったなぁ、と思い返せば、いよいよアホだったわたしも気づいてしまうのだ。
つばやさんは闇金の副社長。オーケー。そして、あの感じからして恐らくは「月壁組」という暴力団の幹部なのも間違いないだろう。わたしの彼氏は暴力団幹部なのだ。その事実には若干血の気が引きそうになるけれど、それだけではなさそうで。
スイリュー組というのが、どうやら親玉で、月壁組の若頭、月屋キハチは、スイリュー組の組長の長男というではないか。わたしにはスイリュー組の規模がイマイチ分からないけれど、ただの幹部のつばやさんでさえ、あの羽振りの良さなのだ。相当デカイに違いない。そのデカイ暴力団の、長男直属の幹部だと思ったらヤバさがなんとなーく分かってきたのだ。
「お酒でどえらいの釣ったなぁー」
獺祭。おまえもそう思うだろう。
ますます疑問は深まる。どうして、つばやさんは私を選んだのか。酔った勢いの関係がマジになった、この状態をどう思ってるのか。これはきちんと一度聞いておかないといけないような気がした。隣のリビングで、どうせテレビでも見ているであろう恋人のヤクザに、腹割って話を聞こうとペンを置いて立ち上がった。
○○。
「………みかる、漫画はいいのか?」
ソファでだらしなーく、晩酌をしながらテレビを見ていたつばやさんが振り返る。緊張した表情の私に何かを察したのか「まあ座れよ」と、自分の隣をぽんぽんたたく。
「しつれいします……、つばやさんぅ、話があるんだよぅ」
「お前酔いすぎだろ………大事に飲めよアレ、たけぇんだから」
ぎゅーっと抱きつくと、頭を撫でられてふにゃりと溶けそうになる。
「聞きたいことがあって……」
「ん、聞きたいこと?」
今更なことを聞くのは承知だった。顔を見て、目を見て言葉にしていく。
「わたしでいいの?つばやさん」
「は?」
何を言ってるんだこいつは、と言いたげな顔で目をぱちくりさせる。トレードマークのサングラスは机に置かれており、つまり素顔の齋藤鍔夜がキョトンとしている。
「いやぁ、れいしぇいになりましょう」
冷静が言えない。わたし、いつのまにこんなに酔った?
ふらつく足で立ち上がる。
「いいですかぁ、つばやさん。あなた、はっきり言って、次期組長の超側近なんだろ」
「………おー、まァバレるわなァ。正解正解」
つばやさんは、とっくりからおちょこに日本酒を流す。それを奪い取ってのんだ。
「んひゃぁーん、おいしい!」
「みかるは可愛いな」
「そう、それ、それっすよつばやさん!」
びしっ!
と向けられた人差し指をつばやさんはデコピンした。
「なんだよ急に」
「おっかしーじゃないですかぁ!なんでわたしにそんなにメロメロなの? わたし、ぶすですよ!」
言いながら酔ったわたしは、見様見真似なバレエ風のポーズを決める。
「おまけに、チビで短足、頭はアホで服のセンスはない! 貧乏人でアル中! 私のどこが可愛いんだ、言ってみろこのやろう!」
ポーズを決めたまま、「決まった!」と思ったそのセリフに間髪無く、つばやさんは言った。
「俺がヤクザなのと、お前が好きなのとは別問題だろ」
ぱたり、腕を下ろす。あまりにド正論だったからだ。………いや、ド正論のわけがあるか。わたしは首を振る。
「つばやさんは、超ヤクザです。もはやヤクザキャラと言っていい」
「みかる、お前どんどん遠慮がなくなっていくな」
「齋藤鍔夜が、ヤクザ以外やってるところを想像できないことから、もはや齋藤鍔夜はヤクザ、ヤクザは齋藤鍔夜と言っていいはず」
「ヤクザは齋藤鍔夜じゃねえぞ」
「ええい、だまれ。それ抜きにして語れるくらい、あんたのヤクザ魂は軽いものなのか!」
また、びしっとさした指は、今度は掴まれて逆方向にミシミシ力を入れられる。
「いだい! いだいよ!」
「なるほど、さっきのじゃあ納得できねぇか。まァ確かに、俺みたいな、頭も良くてハイスペック金持ちイケメンヤクザに好かれりゃ、自信もてねぇわなぁ」
「いだいからはなして」
やっと離してくれた。怒ってるのかと思いきや、威圧的に笑っている。
というか、つばやさんも酔ってない?今、自分で自分のことイケメンヤクザと言いやがったぞ。
「俺、実はロリコンなんだよ」
「嘘のような本当のことを言わないでください」
「どうすれば、みかるが良いって伝わる」
やけに真剣な表情でつばやさんは言った。茶化したあとの、それはずるい。優しく微笑まれて、急に恥ずかしくなった。
「…………わたしに、つばやさんの女が務まりますかね」
「そんなもん、意識しなくていい。アホのお前がいいんだよ」
「ほ、本当だな………録音したからな」
おもむろに、録音スイッチをオンにした音楽プレーヤーを見せると「おう、録音しとけ。じゃねぇとまた不安になるだろ」とわらう。やさしい。
我慢できなくて抱きついた身体を、ぎゅっとされた幸せな夜だった。