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21.地雷をふんだヤクザに怒りのからあげ

 どうやら帰宅した瞬間、床に転がり意識を失ったらしい。フラフラで車に乗り込み、マンションに着いてドアが開いた瞬間までしか記憶がない。

  

 いつのまにか、新しい服に着替えられていて、床ではない柔らかいベッドの上でむくりと起き上がった。今は何時だ。壁にかけられた時計は、長針も短針も真上をピンと指している。そんな時間なのか。


 当然、おそらくこの隣で寝ていたであろう男の姿はもうない。ヤクザの仕事だろうか。まだ眠たくてだるい身体を引きずるようにベッドから降りて、ぼーっと突っ立った。


 あー、わたし、ほんとうに引っ越したのか。


 物置のようにして使われていなかった部屋に、わたしの荷物が運び込まれていた。家具家電はリサイクルされたのか、はたまた廃棄されたのか、最悪不法投棄されたのか分からないけれど姿はなくて、その代わりきちんと教科書やら服やらなんやら、そういったものをダンボールに詰めてくれている。そして、わたしの安酒コレクションもちゃんと詰めてくれていた。


「…………あれ、まって、ない、」


 荷物を確認していたら、一番あってほしいもの……無くては困る大切なものがないのだ。だらりと出る汗。思い出す悪魔の言葉。


『みかるちゃんには、ちょーっと聞きたいことが山ほどあんだよ』


 恐らくアレのことだ。アキラにも、ましてやあにきにさえ言ってない秘密。最悪だ………。一番バレたくない人にバレた可能性が高い。


 だって、山ほどあったものが忽然として無くなっているのだ。


「あー………………」


 うわぁ、消えてなくなりたい。


 頭を抱えていたら、「たーだいまっと、帰ったぜ」とのんきな男の声と共に、ガチャリとドアが開いた。


○○。


「…………目が覚めたか。こんなとこでなにやってんだよ」


 つばやさんは荷物の前で頭を抱えたまま動かない私に言う。誰のせいだと。


「……つばやさん、みましたか、あれを」


 恐る恐る聞いてみると、


「ああ。あのなんとも言えねぇ少女漫画の原稿な。あれお前が描いたのか」


 ニッタァ〜〜、と心底最悪な笑い方をする!ぶるぶる、恥ずかしさと怒りでおそらく真っ赤になった私は「ひぎゃーーーー!!!」と悲鳴を上げた。


「つばやさん、うそだっ、記憶を消してください、お願いします」

「いやぁな、部下から『奇妙なもんがある』って連絡が来たから聞いてみりゃあ、少女漫画の原稿だとか言われるからよ!みかる、おまえ漫画家目指してんのか!」

「ちちち、ちがいます、趣味ですただの。ああ、はずかしい、やだもう………。こんな、恋とも無縁な酒飲みのわたしが、ユッコのこと馬鹿にできないくらい一番少女漫画脳だとかバレたくなかった…………」


 本気で落ち込む。くそだ、こんな世の中は。


「絵も下手くそですし、練習してもしてもうまくならなくて」

「まあまあうまいだろ」

「さっき、なんとも言えないとか言いやがったくせに……」

 

 声にだんだん水分が含まれていくようだ。顔の上のほうが熱くなってきて、こらえきれなくなった。

 ぽろっ、と目から溢れる。

 え、泣いてる、わたし。

 恥ずかしさとか感情がグッチャグチャでポロポロ涙がでてくる。泣きだしてしまった。

 泣き出した私に、つばやさんはぎょっとしたように「………み、みかる、何も泣かなくても」と狼狽える。


「プ、プライバシーの侵害だよ………うう、ぐすっ、ううっ………そうだよぅ、お酒飲みながら少女漫画描くのが最高に楽しいんだよ」

「まさかみかるが、そんなふうに見えなかったからな」

「ええ、どうせ見えませんよ!」

 

 ぶええん!とぶさいくな泣き声で、ティッシュも見つからないから袖で拭う。荒げた声が静寂に沈んだ。


「………このこと、誰も知らねえのか?」

「うん、言ってないもん………」

「てことは、俺しか知らねぇ、みかるの秘密なわけか」


 屈んだつばやさんに抱きとめられる。むかつくからつばやさんの高そうなジャケットで鼻をかんでやったけど、ぽんぽん、と赤ちゃんをあやすように優しく撫でられる。


「ううう………よ、読んだんですか」

「俺は嫌いじゃねえよ。あの『やわらかハニー』って奴とか、なかなか良い」

「ま、まって、よりによってそれですか!それ血迷って描いたエロいやつ……」

「なァんか、男が俺に似てたなぁ?気のせい?」

「気のせい気のせい気のせい気のせい」


 あやされてると、少し落ち着いた。こんなんで泣くとかメンタル弱すぎて別の意味で泣けてきそうだ。

 だから、一番聞きたいことをようやくやっと聞けた。


「………あの、それで、どこにあるの?原稿」


ああ、と思いだしたように答えは告げられる。


「なんか、部下が読みてぇらしくて事務所だわ」


 ぽかーん、と脱力してしまう。その全く悪びれずにサラッと口に出された言葉。落ち着いたところに落とされた特大の爆弾だ………。わたしのメンタルが爆破された!


「おい待てやヤクザ!コラァ!!何が俺しか知らないみかるの秘密だコラァ!!ヤクザで回し読みしてんじゃねえよ!!」

「まぁいいじゃねぇか、なかなか評判いいぜお前のピュアラブストーリー」


 もうなんだか怒る気も失せた。拗ねた私につばやさんは余裕ぶった感じで、それも腹立たしい。


「だいっきらい」

「ん? 聞こえねえなぁ」

「きらいだ、おまえなんか……」

「フーン」

「フーンってなんだよ………」

 

 ニヤニヤしている顔面を睨みつけた。

 こいつの顔、しばらく見たくない。

 鞄の中の、がま口財布を掴んで立ち上がる。


「みかる、どこにいくんだよ」


 今まで自分でも聞いたことのないような、冷酷な声が言い放った。


「ついてくんな」

 


○○。



 さては、飲みにでも行ったと思ったら大間違いだからな。ずんどこ歩いて歩いて、マンションから一番近いスーパーに着いた。仏頂面のまま、一目散にお肉コーナーへ。ブラジル産の安いもも肉を500g、ニンニク、片栗粉、手にとってカゴにぶちこむ。そのままお酒コーナーへ。発泡酒500mlを六本セットをカゴに入れた。迷いのなさが、私の怒りを表していることだろう。

 どちゃっとレジに置き、会計を済ませてスーパーを出る。


 仏頂面のまま、マンションにズケズケ戻り、「何だよ一体………」と戸惑うヤクザを尻目にキッチンに立った。


「みかる? 何買ってきたんだよ」

「うるっせー!おまえなんかー、こうしてやるっ!!」


 キッチンドランカーよろしく、一本目の発泡酒を開けて喉に流しこんだ私は、もも肉をまな板に叩きつける!そして、包丁で乱暴に一口サイズに切ってボールにぶち込み、思い切りフォークをぶっ刺した。

 

「くそっくそーっ、くそっ、もーむかつくーーあーーーっむかつく!あほ!つばやさんのあほ!!」 

 

 罵詈雑言浴びせながら突き刺していくと、ももにくは穴だらけになった。おおさじ一杯ずつ、しょうゆ、酒、みりんを入れて、しょうゆだけもう少し足す。隠し味のマヨネーズ、そしてこれも怒りに任せてみじん切りにしたにんにくを加えて、片栗粉と小麦粉で衣をつけて………!


 つばやさんちの、高そうなフライパンに油を注いで、菜箸で少し衣を落とす。ぷつぷつ泡だってきたらお肉を入れて揚げるのだ。ふわっとにんにくと醤油の香ばしい薫り…………!


 この匂いをかいでいると、怒りがだんだんほぐれてくる。


 題して「からあげストレス発散法」という独自に編み出したものであるが、お肉への攻撃とそれによって柔らかくジューシーになったからあげで怒りを沈めようという、一石五鳥くらいはありそうな画期的な方法なのだ。

 実際に、もうなんかどうでもよくなってきた。べつにいっか、命取られたわけでもないし。


「は〜少女漫画ばれたって、もういいや〜、むしろ開き直れるや〜。あーやれやれ」

「みかる、おまえの頭はどうなってんだよ………美味そうだな、おい!」


 後ろで見守っていたつばやさんが、嬉しそうな声を上げる。


「怒りに任せて作る唐揚げが、一番美味しいんですよ。ふふっ」


 からりと揚がったからあげをキッチンペーパーの上に取ると、見るからにサクサクジュワジュワな気配しかしない。すべてを揚げたころには発泡酒を一本飲みきったあとだった。新しいのを開けて、飲みながらお皿に盛ってつばやさんの前に出すと、きらきらした目がサングラス越しに輝いている。


「………つばやさん、ごめんなさいしてください。あまりの傍若無人に、みかるは傷つきました」

「…………そうだな、悪かった」

「よっし。起こったことは仕方ない!からあげを食べましょう!」


 笑いかけると「みかるには敵わねえわ」と微笑んでくれる。


 お口に入れた途端に「あ、あっつ!」となりながらも、じゅわっと広がるジューシーさに、すっかり怒りは消え失せていた。


○○。



「………あの大量の原稿は、いつ戻ってきますか」

「事務所の奴らが読み終えたらな。仕事そっちのけで読もうとしやがるから、ほとほと参ってんだよ俺も」

「…………どういう状況ですか、それ」


 しばらく自作の少女漫画は返ってきそうにない。

唐揚げつくってストレス解消!

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