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2.内臓死守の土下座

 みかるはプライドのない女である。名前を呼ばれた瞬間、一切の迷い無く土下座を繰り出した。 


「なんの真似だ?」

「あの、ほ、ほんとにすみませんでした……。あそこまで酔うの初めてでなにゆえ昨日に限ってあんなに調子に乗ったのか……。奢りが嬉しかったのでしょうか……。あの、内臓でも何でも売るので命だけは……! あ、あの、肝臓はたぶん売らないほうがいいと思うんですけど、あの、移植先に申し訳無い肝臓というか……。あ、あの、1臓器で勘弁してください」


 私は何を言ってるのか。

 沈黙が怖い。かと思えば「ぶはっ」と笑い出したつばやさん。


「なに、売らねえよ内臓。いいよ、気にすんな。二日酔いにはなってねえか?」

「へえ。わたし酔いは早いんですが、二日酔いにはならない体質でして。神から与えられた特殊能力」

「いいじゃねえか」 


 よしよし、と頭を撫でられる。くっそいいひとやないか、つばやさん。


「顔上げな」

「つ、つばやさん、いいひと」


 ぱっと顔を上げる。サングラスのとれた、涼しい目元が目に入った。褐色の肌に、金色のたてがみみたいな髪の毛。これじゃただのイケメンである。


「ここ、俺の家な。みかる昨日帰れるような状況じゃなかったからタクシーで連れて帰ってきた」

「重ね重ね本当に申し訳ございませんッ……」

「いいって」


 つばやさんは優しく笑う。その表情が、一瞬悪い笑みに変わった。

「宿代は昨日いただいたからな」


褐色色の、ごつい指が私の首元を、つうとなぞる。「ファッ!?」と変な声がでて、首元を見た。

 

「!?」


 なんだ、なんだこれは。首と鎖骨にかけて、赤い跡がついてて。


「は? え、なにこれ、き、きすまーく? うそ、キスマークって都市伝説なんじゃ」


 処女をこじらせたわたしは、あまりの驚きで目が白黒してしまう。


「可愛かったぜ、みかる?」


 嘲笑うかのようににんまりと、男は笑う。

 びっくりだ。

 知らん間に阪奈みかるは処女捨ててたらしい。


○○。


「……処女?」


 自分を指さすと、つばやさんは首を振る。悪い顔で。


「昨日食った」

「やくざにくわれた?」

「ふっふふ、ま、まあそうなるか」

 

 というか、俺のことやくざって呼ぶのやめろと頭を叩かれる。


「正確には組の傘下の金融やってんだよ」

「闇金ウシジマくんだ!」

「ウシジマくん言うな」


 また頭を叩かれる。


「おら、風呂入ってこい」

「つばやさん急に乱暴者になった!」

「臓器売られたくねえなら言うこと聞けガキ」

「ヤクザギャグやめろ!」  


 なんだよヤクザギャグって。くそー、と思ってお風呂場に行くと、わたしのアパートの風呂の五倍ぐらいある風呂場だった。風呂場ってかバスルームだ。真っ白な清潔感。つばやさんはきれい好きなのかもしれない。百歩間違ってうちに来てくれなくてよかった。多分汚すぎて激怒される。


 シャワーを浴びながら思う。昨日ヤッたらしいのに案外冷静な自分と、つばやさんのいいひとっぷりを信じ込んでる自分と。驚くばかりだ。自分のこと、冷めた人間だとは思ってたけど自分の処女さえこんな感じに捨てられて何も思わないか。まあ、わかっている。昨日あんなに迷惑かけてただで帰されるとは思ってない。むしろ、めちゃくちゃ優しくされてる方だろう。それもわかる。多分臓器も売られないし、それになんだかつばやさんとは仲良くなれそうな気がするのだ。っはー! ちょろいな私!

 体を洗って出ると、ご丁寧にバスタオルを置いてくれてた。そして洗濯物は、すでに回されててこれでも着とけというかのように男物のTシャツをおいてくれてる。待て、下着もねえじゃん。嘘だろい。

 Tシャツ1枚で、でてくるとつばやさんはテーブルにパンとサラダ、ミルクを準備中だった。


「ひええ、つばやさん女子力」

「普通だろ……。着替えたか、ノーパン女」


 けらけら笑う。だれだよパンツまで洗濯したのは。誰のせいでノーパンなんだよ。むすっとしてソファに座る。

 ふと思うが、つばやさん、身長がめちゃくちゃたかい。150㎝もないわたしからみて、おそらく190㎝ぐらいありそうなつばやさん、でかすぎる。肩から腕に入った入れ墨の腕はムッキムキだし肩幅ひろいし。こんなひとがこの地域にいたなんて。しかも、今目の前で女子力モーニングつくってくれてるなんて。

 つばやさんは慣れた手つきでウインナーと目玉焼きをお皿においた。じゅわーっといい音いいにおい。ぐうー、とお腹が鳴った。 


「サラダにウインナーに目玉焼き! パンとミルク! 実家でも出たことないようなモーニング! ヤクザモーニング!」

「なんだよヤクザモーニングって」


 パンに目玉焼きをのせて、「いただきますっ」とかぶりつく。おいしい。目玉焼きの半熟具合が最高。サラダシャキシャキ。私何回レタスしおしおにして食べたか。やっぱりシャキシャキのほうがおいしい。ぱくぱくたべるわたしを、つばやさんはじっと見てる。自分もたべればいいのに。


「なんしゅか」

「口に物入れてしゃべんな」


ゴクリと飲み込み、ミルクを流しこんでもう一度いう。


「なんすか、ずっとみて」

「いや。みかる、お前……なんだろ。見てて飽きねえな」

「え、まじっすか。嫁に来る?」

「なんで俺がおまえの嫁にいくんだよ」 


 けらけら笑うと、呆れたように笑ってくれる。


 たべたあと、ああ大学……そうか土曜か、ないんだ、これからどうすりゃいいんだ…………と思いながらソファに寝そべる。つばやさんはがちゃがちゃ洗い物をしている。そうこうしてるうちに、乾燥機が止まる音がした。そそくさと下着回収、着衣完了。ソファにどーんっと座り、また寝そべった。自分でも驚くくらいのリラックスぶりである。阪奈みかる、このポテンシャルどこから来るのか自分でもわからねえよ。


 洗い物を終えたつばやさんが、私のお尻を押しのけてソファに座った。ぐでぇと、落ちたままのわたしにつばやさんが言う。


「みかる、家はどこだ」

「んんんぅ、大学のちかく」

「あのへんか。酔い冷めたら送ってやるわ」

「あざます」


 わたしも、だいぶ冷めてきている。馬鹿なみかると並んで冷静なみかるもだんだん起きてきてる。だからまずい。冷静なみかるは言うのだ。「いま、昨日やった男と二人きりだぞ? しかもおまえ若干惚れかかってんだろ。やーいちょろい女。相手はヤクザだぜ、彼女や愛人ぐらいいるわ。おまえなんか明日には忘れられてるわ。この身の程知らずめ」と頭の中で囁く。恥ずかしさとみじめさでだんだんしょげてきた。なのに、つばやさんはわたしの背後に腕を入れて、ぐいと抱き寄せる。


「んう、つ、つばやさん」


 頬を掴まれてぐっとつばやさんの方を向かされたら、唇同士が触れる。ぐちゃ、と舌が唇をなめた。舌をだすと、絡めとられる。唾液を貪るような、きす。


「つ、つばや、さ、」

「ぷは……みかる、」  


 また抱き寄せられる。大きな胸板に、どきんどきんと押し当てられて頭が沸騰しそうなくらいに熱くなる。あ、あかん。


「つ、つばやさん、あの、えっと」 

「ん? 急に威勢が弱くなって。昨日も急に可愛くなってなぁ、みかる。覚えてる?」  


 首を振る。わらわれる。


「そりゃそうだろ。やってねぇからな」

「は?!」


 驚いて顔を見ると、けらけらとわらわれた。


「まんまと騙されやがって。お前、気をつけたほうがいいぜ」


 つぅと背中をなぞられてびくびくっと震える。


「こうやって悪い男に捕まるんだよ、だから」 


 ああ、そうか、やっぱりわるいおとこなのか。


 ぎゅう、と心臓が痛くなる。ぽろ、と変な涙が出た。それを舌ですくい取られる。


「つばやさん、」 


 なんだ、この、せつないの。


 もう、今日帰ったら会えない人かもしれない。一回だけの関係なのかもしれない。そういうひとかもしれない。そう思ってしまった。やだ、なんか、それはやだ。悪い男に捕まったのかもしれない。ああ、お酒が初めて恨めしい。きのう、行かなければよかった。のまなきゃよかった。


 ぎゅ、と腕に力を込める。つばやさん、さっきから反応がなくて。

 ああ、迷惑なのかな、もう、最悪だ死んでしまいたい。

 ぱっ、と顔を見ると、

 つばやさん顔が真っ赤だった。


「…………つばやさん?」

「……え、あ、みか、る」


 なにその、かお。強面の顔面に傷入った居丈高の男が思春期の少年みたいな顔をしてた。

 ごめんつばやさん。かなり不気味で、さーっと体温が引いた。


「…………惚れたなわたしに」

「は!? なんでそうなんだよ!」

「いや惚れてたろさっきの顔は……わたしワンナイトラブがつらくて迷惑かけたくなくて我慢してたのに馬鹿みたいじゃん……」

「お前が、お前がからかったら本気にしてそんな顔すんのがわりいんだろ!」

「28にもなってその言い訳は辛い」


 ぐーでなぐられた。


「やっぱ犯してやる」

「なんでそうなんだよ!」

「うるせぇよ惚れた惚れた、はいはい、惚れました。だから犯して問題ねえだろ」

「いみわからん!」

「お前こそ、俺にベタ惚れだろ。なにがつばやさんだ、昨日散々ヤクザヤクザ言いやがって」

「ホントのこと言ってなにがわるい!」

「アル中」

「ほんとのこというなよ!」


 押し問答なのに、体だけは押し倒される。ふ、とわらう色気だけで空気が壊れる。ふざけたのが嘘みたいな、心臓の音しか聞こえない静寂。視界が、目の前の男の存在だけ映す。


「みかる、俺の、みかる」


首元に歯を立てる。

大きな手が胸をつかむ。

嬌声で、なにもきこえなくなった。




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