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18.暴れるサイコパスヤクザとアル中

 先行研究という名のヤクザラブ携帯小説を、暗くて埃っぽい倉庫の中で思い出す。わたしは、多分「さて、こいつをどうしてやろうか会議」の一時預かり状態だと思う。これから、拷問にかけられたり、レイプされたり、臓器売られて殺されたりするのだろう。


「…………まじか」


 つばやさんは、来てくれるはず。なのに、あの女が言うことが本当だったらどうしようと泣く、弱気な私も心の中にいるのだ。


「大丈夫だ………お嫁にきてくれるって約束した、大丈夫だ、大丈夫だ……」


 言い聞かせるように、つぶやく。さてもの、この状態自分でどうにかできないだろうか。ロープでぐるぐる巻にされていて。しかし、雑に巻かれたロープであるから、ジタバタすればするほど少しずつ緩んできているような気がする。後ろに手錠までかけられたままで両手は全く動かせられないけれど、がんばれば足くらいは、少しなら自由にできそうだ。それに、さっきの倉庫にブチ込まれた乱暴っぷりを見るに鍵はかかっていないような気がする。動けないから、芋虫のように砂とホコリの上を這う。頭を出口に押し付けて横に動かすと、扉が少しずれたような気がした。


「勝機……!」


 ここでおとなしくボコられるわけにはいかない。生きてまた、笑顔で酒を飲むためだ。


○○。


 流柳組は、「垂柳組」の傘下組織の一つで歴史は長い。俺の所属する垂柳組の若頭、月屋キハチが組織した月壁組が将来のトップ組織だとすれば、その縁の下の力持ちのような……悪く言や、昔からこびりつく邪魔くせえ、目の上のたんこぶだ。俺から言わせれば。

 佐々木晴乃新は、老いてはいるが面倒くささは実に一級。一応目上だから下手には動けねぇと、イライラしていた相手であるから、今回のとこは、かこつけて潰すいい機会だと言っていい。

 キハチに言わせりゃ、弱小傘下組織などいつでも潰せるんだから泳がしときゃいい、とのことだ。つまり曲解してしまえば、いつでも潰していいっつーことだろう。なら、潰してしまってもうちの若にとっては全く何の問題ない。

 ジャケットに拳銃とナイフを仕込んで車から降り、「ピンポーン」と躊躇いなく、無駄にデカイ門のチャイムを押した。


「チワーッス、齋藤でーす!」

「朝熊さん、俺こええんですけど……なにあのテンション」

「んー、俺もあんな鍔夜は初めて見るかなー、こわいねー」


 ブツクサ言いやがる奴らはさておき。インターフォンを鳴らしてしばらくすると、ドタドタと音がして門が開く。そして、拳銃を持ってスキンヘッドが3人出てきやがった。


「派手なお迎えご苦労さんっと……オラッ!死ねくたばれやザコ!」


 頭からぶん殴る。蹴りも加えて、外に放り出してやった。


「さて、行くかてめぇら」


 ニタリと、笑う俺は魔王に見えていたことだろう。


○○。


 何やら外が騒がしい気がする。わたしは、五センチほどようやく開いた倉庫の中から、慌ただしくバタバタと走り回るヤクザたちを眺めていた。

 誰かがこちらに来る気配がする。ざりざりと砂を踏む音が近くなる。私は、もぞもぞと何とか、解けて少し自由になった足でしゃがみ込み、体勢を整えた。開いたらGOだ。開くぞ。

………開いた!


「死に晒せっ、陰険ヤクザ!」


 しゃがみこんだ状態から、相手の顎に向かって思い切り飛び上がる。すると、うまく顎を頭突きできるのだ!頭に、顎っぽい衝撃と「ウギャア!」という悲鳴をGETする。やった!命中した!

 私はそのまま、倉庫の外に倒れ込み、思い切り頭をぶつける。いったぁと思いながら、倒した相手を倒れたまま見る。


「んー…………?」


 気絶していたのは、なんか違う雰囲気のひとで。ぱっと見上げたところにいたのは、


「ハローみかるちゃん、助けに来たよ」

と笑う朝熊さんと、

「………さすがっす、副社長の彼女さんだけあって、逞しいっす!」と笑う、チンピラさん。そして、転がっているのは、わたしを助けに来てくれたつばやさんの仲間だと、ようやく気がついた。


「………うわっ、ごめんなさい、うそ!朝熊さん、なんでここに!」

「楽しそうだったから」


 美麗スタイル、相変わらずだ。ロープを解かれ、手錠を壊され、自由になったわたしは、顎を殺ってしまったチンピラさんに合掌する。と、むくりとチンピラさんが起き上がった。


「一瞬空飛びましたよ俺」

「わー、すみません、顎割れてないですか!」


 チンピラさん、ニッコリ笑った。

「もともと割れてます」


○○。


「鍔夜、そこまでじゃ」


 どんだけぶん殴ってぶっ殺したか、数えるのも面倒になった頃にジジイが高いところから登場した。 


「手荒なまねをしたことは謝ろう。しかし、こんなことをして貴様、ただで済むとは思うなよ」

「ほう?」


 拳銃を構えたまま挑発するように言った俺のところに、「つばやさーん!」と、ちっちゃいのが走ってくる。顔も体も擦り傷、怪我まみれだが、何故かみかるはニッコニコである。血まみれの地面と横たわった下っ端を見て、ドン引きしていた。


「うわっ、これ全部つばやさんがやったの」

「お前のこと乱暴に扱われたんだぞ、当然だろ」


 我ながら、声が優しい。みかるは「いや、ここまでされてないですけど」と、伸びたヤクザに合掌している。


「………それより、おまえ説明しろよ!なんだよ婚約者って、浮気かよ!」

「それを説明しにきたんだろうが」

「ずいぶん手荒だな」

「お前こそ、ちっとはヤクザを怖がれ」


 ぽん、と手を置くと、「うっしっし」と笑う。あー可愛い。嫌になるわ。


「……鍔夜。佐々木玲奈……儂の孫娘のことは遊びだったのか」


 せっかく、みかるが可愛かったのに、ジジイが面倒なことを言う。ため息をついた。


「遊びとかでもねぇよ。組の会合で、たまーたま顔合わせて、俺は全くタイプじゃなかったんだが向こうはえらく俺のことを気に入ったらしくてな。再三、権力を振りかざして口説かれた覚えだけはあるが、婚約した覚えは一切ねぇよ」

「………だそうだが、玲奈」 


 ジジイの後ろから、女が出てくる。泣き腫らした、ブッサイクなツラで。


「……したわよ!嘘つき………鍔夜の嘘つき」

「やめろ……泣かれても虫唾が走るだけだ」


 本気で顔をしかめた俺と、「ぶふぇ」と吹き出したみかる。頭を叩いておいた。

 面倒だから、後々この組は潰す。それは決定事項。しかし今はさっさと帰りてぇのが本心だ。泥だらけ傷だらけのみかるも可哀想だしな。しかし、このままでは帰れそうな雰囲気でもねぇ。どうしたもんか、と思っているとみかるが手を上げた。


「おねえさん、つばやさんなんかのどこがいいんですか?」

「…………ん?みかる?」


 みかるは、追いついて走ってきた俺の部下からいつの間に用意させたのかビールを手渡され、それを一気に飲み干す。からん、と缶が血まみれの地面に転がった。


「もう一回聞きます! つばやさんなんかのどこがいいんですか!!」


 おーい、みかる。

 俺をディスってんのか?それ。

 最愛の少女は、何故か自慢そうに女を見上げて笑っている。


○○。


 なんとか答えろよ。なんとか玲奈。ぽかん、としたままの玲奈を睨みつける。部下のチンピラさん(アゴ)が、「もう1缶飲みますか」と差し出す。わたしは、それも受け取って飲み干した。また、からん、と地面に転がる空き缶。


「ど、どこがって」


 なんとか玲奈は、わなわなと怒りに震えている。


「こんな、素敵な人初めて見たのよ……!強くて、かっこよくて、なんでも持ってて!」

「確かに………わかるぅ……。お酒の羽振りが尋常じゃないし」

「あたしの隣を歩く人は、鍔夜ぐらいカッコイイ人じゃないと嫌!」

「おねーさん、きれいですもんね。でも、つばやさん、世間的には超イケメンってわけじゃないらしいですよ」

「お祖父様も、鍔夜になら組を任せていいって言ってくださってるわ!」

「つばやさん、組長とかめんどくさいからやりたくないと思いますよ」


 つばやさんは、淡々と答える私を、ぽかんと見つめたあと「フッハッハッハ!!」と豪快に笑いだした。


「ハッハッハ……ハァ、みかるにはいつも笑わされる。よぉく知ってるなぁ俺のこと。そうなんだよ、俺ははっきり言ってこれ以上出世する気は無えんだわ」

「えっ、副社長!もったいないですよ!」

「おまえー、どっちの味方なんだよ、アゴ!」

「俺は顎の方じゃないですって!」


 アゴじゃないほうが狼狽える。それはいいとして、なんとか玲奈の方を向き直した。


「おねーさん、つばやさんが適当なことを言ってすみませんでした。こんな、しょーもないクズのことなど忘れて、またいい男捕まえてください……。おねーさんならもっと、いい男、いると思いますよ」

「みかる、おい待て。誰がしょーもないクズだ」

「おまえだ、このヤクザ!」


 全力で蹴りを入れたら、頭をつかまれた。


「…………こんなわけだ。佐々木のジジイ、分かったな」

「なにも分からんが、まあ今回は玲奈の勘違いじゃったのだろう」

「お、お祖父様!?」


 うわ、ちょろい。ジジイは、あのやり取りの何で納得したんだろうか。全くわからないけれど、良かったらしい。「やってられるか」と呟いたつばやさんに荷物のように抱えられて、背を向けた直後。つばやさんが佐々木のジジイを、ジロリ………と、恐ろしい顔で振り返った。


「なァに、『許してやった』みてぇな顔してんだか知らねぇが、俺をブチ切れさせたのはてめェらの方だからな…………ただで済むと思うなよ」


 ぞくり。その顔は、初めて見るくらい殺気立った、ヤクザの齋藤鍔夜の顔で。ほとんど現実味がなくフワフワとした意識だった私は、今しがた起こったことの異常性にやっと気が付きつつあった。


○○。


「おつかれー」と、門の前で待っていた朝熊さんと、落ち合って車に乗り込む。運転席には、アゴが乗り込んで、私とつばやさん、朝熊さんは後部座席に。なぜか、つばやさんと朝熊さんに挟まれて。


「みかる、お前すげーなぁ、あの意味不明さでジジイを論破するなんてなぁ、お前は可愛い上に天才かよ」

「いた、いたい! つばやさん、褒めながらなんで頬抓るの!」

「みかるちゃんは、ほんっとうにアホだねえ。鍔夜、苦労するよ〜」

「朝熊さん、今日も嫌味炸裂ですね。せっかくのイケメンがもったいない」


 私の軽口に、アゴとアゴじゃない方は気が気じゃないようで、終始こっちを心配そうに見ながら運転していた。


「………余所見してんじゃねェぞ、事故ったらぶっ殺すので済まねェぞコラ」

「つばやさんヤクザが出よるよ!」

「出ていいんだよコイツら全員ヤクザなんだからよ」 

「痛いって! 頭叩かないでよ怪我人なんだから!」


 朝熊さんが笑う、わたしはぎゃあぎゃあ、騒ぐ。さて、この車、どこに向かってるんだろう。

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