15.恋と酒と、チーズダッカルビ
東京にヤクザと帰ってきた。ちっちゃい女と、大量の酒と、ニッコニコのヤクザ。空港に降り立った異様なトリオ。このアンバランスさよ。
「つかれたーー」
汚いボロアパートに帰って、ボスッと枕に顔を埋める。
つばやさん。なんとか組のヤクザで、なんとか組のなんとか金融の偉い人。お酒に強くて、かっこいいひと。
岡山で散々な目には合ったけど、正直、わざわざ来てくれたのがめちゃくちゃ嬉しい。そんな私は、脳内お花畑だろうか。ああ、心が侵食されていく。いつも頭の上に、あのひとがいて、わたしに色々考えさせてくる。
わたしの、最初の感情は「恋」なんかじゃなかったと言っていい。断言だ。べつにあそびなんかじゃなかったけど、この感情はただ「懐いてただけ」が正解だと言っていい。優しくて甘やかしてくれて、でもいじわるなかっこいいひと。つばやさんにとろとろに甘やかせれて、じわじわ心は落とされていく。
今の感情は断言していい。恋だ。
○○。
「アキラ、わたしつばやさんのことすきだ」
と、真剣な目で言うと「は?」と返された。そりゃそうだ、今更だよな。
東京に戻った数日後の阪奈みかる、現在、アキラが「実家からクラフトビールが送られてきたから飲もうぜ」と誘ってくれたのでアキラの家でサシ飲みをしている。そしてわたしは、岡山で買ってきた酒を持ち込んでの、お酒パーティ。
つまみは、わたしの岡山土産、ママカリと、前から食べてみたかった噂のチーズダッカルビ! 鉄板にキムチやら豆板醤やらで甘辛くしたもも肉をじゅわーっと焼いて豪快にチーズをぶっかけた簡単かつ濃厚なこいつは、ビールに合う! 泡と炭酸が強めの、なんと書いてるのかは分からないが、アキラのドイツ産クラフトビールに合うピリ辛×トロトロにお口の中は幸せ絶頂だ!
「おまえつばやさんのこと好きじゃなかったの?」
「ちがうんだよー。なんか、とんとん拍子の流れみたいに……お付き合い? 始まってさ、好きなのは好きだったんだけど……恋というよりただ懐いてるといいますか」
「やることはやってんだろ」
「おうよ」
ぱくっ。じゅわー。うまうま。ママカリうまうま。正直初めて食う。
「身体の関係………、それはいいんだけどさぁ、ほら。わたしモテないじゃないですか、アキラさん。ファースト恋のファーストキスのファースト彼ピなんで、勝手がわからないのが本音でさ〜。わかんないうちに、とにかく『すきー!』だったのが、最近『あ、やばい動悸が、あかん、好きや』に変わりつつあります」
「なるほど」と、トロトロのチーズダッカルビをつまむアキラ。
「まああれだな。みかるあほだし、ゆっくりでいいんじゃね?」
ぷしゅ。アキラが慣れた手つきで栓を開ける。注いでくれる。
「追いついてなかったんだろ、頭が」
「たぶんそう! さすがかよアキラ!」
「まあ問題は、相手がヤクザなんだよなー」
「そうなんだよー、さすがアキラ」
別につばやさんがヤクザであろうが警察であろうが、好きなことには関係ない。おう、そこはいいんだよ。好きなのは好きだ。
でも、やっぱりつばやさんはよく知れば知るほど裏社会にドップリ染まった生粋の暴力団で、ヤクザじゃないつばやさんなんか想像つかないほどだった。時々見せる笑顔に、たまにドス黒いのが見えたり、むきむきのキレイな身体に入った物騒な入れ墨やら大きな傷が、まさしく物語る。
そう、別にただ仲良しのにいちゃんなら問題ないのに(身体の関係ありでそれもどうかとは思うけれど)、ただいちゃいちゃするのを飛び越えて、お互い本気になっちゃうと話が変わる……と、岡山に行き帰りする道中で読みまくった先行研究(という名のヤクザラブ携帯小説)を読んでも、ますます思う。
「いつか真剣に考えないととは思ってたけど」
「あほのみかるも、真剣に考えるんだな」
「なぁそのフレーズ流行ってんの」
はぁとため息。要するにわたしに覚悟がないのだ。そこまでしてあのひとについてく覚悟が。ここまでしてもらって、それは申し訳がない。
それに覚悟があったって、ぽいって捨てられる可能性だって否定できない。
「つばやさんも気まぐれかもしれないもんね〜、こんなチンケなのかわいがってんの。わざわざ岡山まで来やがったけどさー、飽きられたらポイーかもしれんじゃん」
「みかるが一番不安なのって結局それなんじゃないの」
さすがにアキラは鋭い。同時に「つーかすごいな、岡山まで追いかけてきたのか」と若干引いている。
「うーーーん、それと、万が一つばやさんが本気だったとして、あほのみかるにヤクザが務まるのか……」
「いやあんたがヤクザになるわけじゃないからな」
「なるようなもんだろー!あー!」
ぐびぐび飲み干した。岡山のビールうめぇ。アキラは、くすっと笑う。
「なんか、ごちゃごちゃ考えすぎだよみかる。いつもどおり、酒飲んでヘラヘラしてりゃいいんだって。向こうもそれがいいんだろ。……こないだ来てくれたじゃん、いい人っぽかったし、あれはみかるにデレデレだよ、大丈夫だって」
「うーん、アキラがそう言うならー」
「オッケ。じゃあ次はあたしの惚気を聞いてもらおうじゃないか」
「お! 聞きたい! ……の前に、ちょっとタンマ。つばやさんから、なんかきてる」
ぴこん、と鳴るスマホを見ると、
齋藤:今何してる
とのこと。
最近のストーカー過保護ヤクザ、わたしの動向をやけに知りたがる。
ミカルゲ:友達のいえで、チーズダッカルビ×クラフトビールぱーてぃ
齋藤:迎えに行ってやる
………迎え?
「アキラ、なんか迎えに行ってやるって言ってる……? ん?」
「切り上げて俺のとこ来いってことじゃないの? くっそー、みかる取られる」
ミカルゲ:え、まだのむよ
齋藤:待ってる
………待ってる?
わたしが余程、変な顔をしていたのか、アキラが「もう来てもらえば?」と言った。
「夕方から飲んでんじゃん。もう11時だし、頃合いっちゃ頃合いだぜ」
「え、もうそんな時間」
「また飲もうぜ」
男前に笑うアキラ……やだ、惚れそうだアキラに。
「なら……また今度、ノロケ聞かせて!」
アキラは、ウインクしてぐっと親指をたてた。
つばやさんに「ぼちぼち解散する〜」と送ると
齋藤:ああ
なんだよ、素っ気ない返事だ。
かなり作りすぎたかと思ったチーズダッカルビは、ほとんど食らいつくしたようで、ホットプレートの上は空っぽだ。ガチャガチャ片づけて洗い物をするアキラのうしろで、ごみをまとめる。
「じゃあなー、今日はありがとう〜」
「またな!」
アキラの家を出て、わたしよりいいアパートの階段をカンカン降りる。アキラの家の最寄り駅まで自転車を押して歩く。着くと見慣れた黒塗りの車があった。
「つばやさんー、はやいよー」
覗き込むと、サングラスにほんのり赤く酔った自分が映りこんだ。
「みかる、乗れ」
「自転車どうしよ」
「トランクに入らねぇか?」
「あ、折りたたみだから入るかも………ちょっとまってね、つばやさん! ふぎぃーー」
わりと間抜けな声を出しながら折りたたむと、2つ折りになってコンパクトになった。車の後ろのトランクを開けると、砂一つ入ってなくてかなり綺麗なんだけど、この泥まみれのチャリンコいれていいのかな。
いれるけど。
助手席に乗り込むと、当たり前のようにまたマンションに連れて行かれた。
「水飲みたいー、飲みすぎた」
「珍しいな、みかるが酒以外を飲みたがるなんてよ」
ほら、となぜか常備されているミネラルウォーターを渡されて、ふかふかのソファでごくごく飲む。
こんな時間に、つばやさん何の用事だろう。なんとなく部屋に違和感があって、清潔感溢れる広い部屋をジロジロ見ていると、なぁんとなく壁が凹んでたり床が凹んでたりする部分があるような……。
この部屋で何があったんだ。
お腹いっぱい&酔ってねむたい。ソファにごろんと寝転がる。そしたら、つばやさんが来て、わたしに覆いかぶさるみたいに抱きしめられて。重いんだけど。あったかくて、これはこれできもちいい……。
「つばやさん、どしたの、きょう」
我ながら甘ったれた声だ。つばやさんは「自分の女に、会いたいと思って呼び出して何が悪ぃ」と優しく微笑む。
「……わるいよー。のんでたのにー」
「でも来てくれたな。さすが俺のみかる」
「よくそんな恥ずかしいこと言えるよな。つばやさんも、岡山のお酒またのもうね」
「ああ」
「つばやさん今度、なんかつくってー」
「いいよ。作ってやる」
いいひと、やさしいひと。ふと、香るつばやさんの匂い。香水とたばこに混じって血の匂いがする。
「………つばやさん怪我してる?」
「俺としたことが、しくってボコられた。敵なら返り討ちにするが上司だからなァ……はぁ、くそ」
「ぼ、ぼこられた!?」
顔面も腫れてたらしいけど、気合で直したらしい(ばけものか)。身体はズタズタらしかった。
なんだ、このひと要するに凹んでるんだ。
「かわいーなー、つばやさん。よしよし」
「ふざけんな、みかるよりカワイイやつなんかいねえよ」
こっちがふざけんなだよ。ゴマンといるわ。
「つばやさんー」
この、お互いぐでぐでの今なら聞けそうだった。
「つばやさんがわたしのお嫁にきたら、わたしもヤクザですか?」
「…………俺の部下には姐さんって呼ばれるかもな」
姐さん……わるかねえ響きだ。
「つばやさん、どこまで本気ですか」
聞いてよかったんだろうか。
「全部だよ」
「……物好きめ」
甘い言葉だけど、やっぱり自信持てないよ。
ヘラヘラしてたらいいのかな、とりあえずは。重たくてあったかい、優しい体温に包まれて眠りに落ちた。
そして、最近わたしは幸せすぎたんだろう。幸せすぎたから、それを回収するみたいに、嫌なことはやってくる。
不安的中というか、フラグ回収というか。