14.鍔夜の独白。
俺はいつからこの何も持たない少女に固執する。考える。時系列は、みかるに会った時に戻る。
「んはぁ、たまらん、うまい〜」
さっきから、隣のガキンチョ女は、酒を口に運んでは恍惚に悶え、食い物を口に入れては幸せそうににやける。
久しぶりに俺は「居酒屋ちょうちんメロン」に来ていた。この変な名前の居酒屋は、居酒屋街から少し離れた場所にぽつんとある。ウェブにも情報を出してない、まさに知る人ぞ知る隠れ家的な名店なわけだが、正体は垂柳組系列が融資しているヤクザ御用達の居酒屋なわけだ。それは別にして、ここで出るつまみはなかなかに美味い。ヤクザ者以外もフラリと見つけては訪れ、味に惚れる。
最近不本意ながら垂柳組の若、月屋キハチの作った組「月壁組」の幹部兼、いわゆる闇金業者の副社長にまで出世しちまった俺は、部下を教育(という名の暴力だったりもするが)しねえといけなかったり、自ら取り立てにあちこち行っては書類作らせてチェックしたり、親分に呼び出されたり頭イカれたヤクザと争ったりで猛烈に忙しかった。いつから酒を飲んでねえか分からん。こう見えて酒と料理が大好きな俺だ。そんな俺よりも見るからに酒を溺愛してそうな女が、さっきから気になって仕方ない。
気になって声をかけてしまった。一瞬俺を見て「ビクッ」と怖がる。しかしすぐに「にんまり」と笑い、絡んできた。
馬鹿な女だ。
ああ、少なくとも第一印象は良くなかったと言っていい。
阪奈みかると名乗ったガキは、どう見ても見た目は高校生だが、なんと就活中の大学四年生だという。履歴書に趣味は酒だと書いて落とされる、猛烈な一周回った馬鹿っぷりと酒への愛が面白すぎて、ただの興味に突き動かしていた。
さらに、よくないことに。ふいに、酒で赤くなった頬と潤んだ目が「にゅふ」と、とろけて笑う。ぞっとするぐらい純粋な可愛さを秘めていた。
男に媚び売って、つくられた色気で誘うような水商売の女しか日ごろ目にしない俺だ。いつからか勃たなくなった俺のモノも、みかるを見ていると疼くのを感じた。
ーーーー変態か、俺は。
もう一人の俺が断言している。変態だ。
こうなったら俺も酔ってしまおうと、バーボンをストレートで注ぎ飲み干した。既に出来上がったみかるが「おとこまえ〜!ッフゥ〜!」と囃したてる。このガキめ。後悔させてやる。
「もっと飲め、オラ」
少し残したバーボンを、彼女の口元につけると、零しながらもみかるはそれを喉に流した。
「っっはー!」と、涙目でみかるが睨み怒る。
「の、のどあっつ!ばけもんかよ!こんなの平気で飲みやがって」
「おこちゃまには早かったな?」
「はやくねーよ!」
ぷりぷり怒ってみせるのも、俺の気をそそるとも知らずに。
愚かな馬鹿な女だ。早く潰れろ。潰れてしまえ。
ゴンッ。
頭をテーブルに打って動けなくなったみかるを抱えて立ち上がった。
「大将、1万で足りるか?」
「え、余るぐらいよつばやさん」
「なら釣りはいらねえよ。その代わりこいつお持ち帰りな」
「エエー……………本気?」
大将、それは驚いてんのか引いてんのか。
「…………悪いようにはしねえよ」
ニヤリとわらった俺はどんな顔をしていただろうか。タクシーを拾い、ぐうすか眠る色気のないガキを連れ帰った。
○○。
「みかる、」
呼ぶ声のなんと甘いことか。酔いの冷めた、しおらしい彼女は、おずおずと顔をうつむき、恥じらう。
「みかる、かわいいな」
「つ、つばやさん、目、おかしい……」
おかしくて結構。
へたりと、幸せそうに笑う彼女の頬に触れる。何も知らない馬鹿な少女。こいつを、ドロドロに溶かしてこのどす黒い世界まで引きずり込んでやろう。俺の中の黒い部分が笑っていた。
○○。
………………以上がみかるに会った時点の俺の回想だが、今はどうだ。俺のほうがみかるに振り回されているではないか。しかも、自分でも驚く執着に、苦笑いしかでねぇ。
そして、時系列は、みかるが帰省した後に戻る。俺は非常にイライラしていた。みかるには酒を奢る。大した金でもねぇ。その代わり、俺はみかるの隅から隅まで、たっぷり楽しませてもらう。あいつはそれもまんざらでもねぇのだ。顔を赤らめて、シラフに戻ったみかるは恥ずかしがってしおらしくなる。その瞬間がたまらなくゾクゾクする。いつから俺はこんな変態になっちまったのか。
金融バチの事務所、その社長室のデスクに足をかけて、煙草を加えての書類チェック。これが俺の大体のスタイル。社長はほとんどいねぇから、俺が実質の社長だ。社長室も、俺がいいように改装してある。
社長室は、事務所の奥にあって、ドアは開けっ放しなことがほとんどだ。つまり事務所の様子は丸見えだ。書類をチェックしながらギロリと部下のチンピラ共を睨むと、バッと電話作業に戻る。怒鳴り声がよく響く事務所だ。「お前、期限いつや思ってんだアァ?しっかり耳揃えて返してもらわねぇとなコラァ!」「払えねぇなら臓器でもなんでも売ってもらわねぇとな!」だの、俺にとっちゃ聞きなれた罵声に怒声だが、みかるが見りゃドン引きだろうな、と笑う。
「今副社長が笑ってたぞ……」
「こえぇ、笑顔もこえぇ」
「おい、てめェら無駄口叩く暇あったら取り立てて来い、溜まってんだろ」
デスクを「ドンッ」と蹴ると、バタバタとチンピラ共が出ていった。ハァ、とため息をつく。
パソコンと書類を眺めながら、あの少女は今頃岡山だろうかと耽る。
俺……、齋藤鍔夜と阪奈みかる。酒好きなこと以外の共通点は、ほぼ無いと言っていい。しかも、俺はみかるに素性をほとんど隠しているし、みかるも必要のないこと以外は喋らない。だから、俺はみかるの出身地さえ知らなかった。軽い関係なのだ、所詮は。
俺だけが、あの少女に執着していると言い換えてもいい。
それでもいい。出会った時は、ここまで自分を本気にさせるとは微塵も思わなかった。俺をここまで本気にさせた分、みかるにはそれなりの責任を取ってもらわないといけねぇ。ニタリと笑う。あの思慮のない女にどう堕ちてきてもらおうか。
考え事をしていると、下っ端の濱崎が「副社長!」と入ってくる。息を切らしたようだった。
「……どうした」
「新田の奴、逃げやがりました」
「……………アァ?」
煙草を噛み潰す。濱崎は、びくっとしたように肩をすくめる。
「逃げたか。逃げられるわけがねぇのに、馬鹿な奴め」
「見星はついています……、どうやら実家の岡山に身を寄せたようで」
「…………岡山だと?」
ひぃっ、と目を瞑る濱崎。俺はそこまで怖い声をだしたか。むしろ、歓喜の声だ。
「す、すぐに派遣して組員を向かわせます」
「いや、いい」
立ち上がって煙草を灰皿に入れる。我ながら悪い笑みだ。
「………俺が行く」
「えっ、ふ、副社長自ら」
「みかるが岡山にいるんだよ」
濱崎は何かを察したように目を伏せた。
「………彼女さんっすよね、実家、岡山なんですか」
「何が言いてぇんだ、濱崎。俺がここまで執着すんのが珍しいか?」
「……………正直に申し上げると、めちゃくちゃ珍しいです」
と言い終わる前に腹を蹴ってしまった。
「ウワァ!」と倒れ込んだ濱崎を横目に、スマートフォンでポチポチと、みかるにメッセージを送った。
「新田………運が悪かったすね」
床に尻をついたまま、濱崎が苦笑いをする。俺は笑わずに言った。
「俺に関しては、非常に運がいい」
みかる、俺が逃げられると思うなよ。てめぇの身も心も全て俺のものだ。ここまで堕ちてこい。馬鹿なままでいい。そうすれば永遠に俺のものだ。
覚悟しとけよ、みかる。
つばやこえー。