13.狂気の対決! アホのあにきVSヤクザ
狭いバルの空気がつばやさんの入店で凍りついたのは気のせいじゃなさそうだ。というか、わたしも凍りつく。なんか、このヤクザ超機嫌が悪いのだ。タバコを咥えた、金髪グラサンの強面大男の登場に、情けないあにきは、小声で「ひっ」と言う。まあそれでも、機嫌悪いのも見慣れてる私は、ためらいなく手を振った。
「つばやさんー! 岡山まで追いかけるとか、私のこと好きすぎますね!」
「へ!? こ、このひと!?」
情けない声を出した兄貴。つばやさんは、ずんずん私の方に近づいてきた。待って待って。やっぱ、普通に怖いし、店員さんはオロオロしてるし、あにきは今にもちびりそうだし。
「みかる」
「なんだよ。ワインのむか」
「この男、なんだ」
あにきを指差した長い指。は?なんだって、どういうことだよ。
「あ、あにきだって」
「証拠あんのか」
兄である証拠ってなんだよ!
ここに来て気づく。さては、このヤクザ、わたしが「男」と飲んでたから機嫌悪いのか!
ヤキモチの焼き方がこわいんだよ!
「あ、あの、め、免許証と保険証とTカードと、あと診察カードと、えっと」
あにきがブルブルしながら、なぜか財布の中からいろんなものをひっぱり出してつばやさんに見せる。なあ、あにき、免許証とかは分かるけどTポイントカードとか、診察カードは違うと思うよ……。なんかごめんあにき。なんか、なんかほんとにごめん!
「阪奈翔真………、フン、兄貴だな。確かに。にいちゃん、わりぃことしたな」
つばやさん、納得したようです。
どっかり座ったつばやさん。新しいたばこを咥えたつばやさんに、うちの兄はまるで息をするようにさっと火をつけようとする。あにき……こき使われるの、絵になりすぎてみかるは泣きそうだよ。
「お、わりぃな」と悪魔のように笑うつばやさん。なんか軽いノリで悪魔召喚したせいで、とんでもないことになったような気がする。
「つばやさん、あにきをいじめないでください」
「いじめてなんかねぇよ。俺が本気でいじめたら五体満足でいられるかよ」
「つばやさん、ここ、岡山だから! ヤクザジョーク禁止!」
まったく、このヤクザは。びびりまくってる店員さんが持ってきたグラスに、つばやさんはワインを注ぐ。注ぎ方が、なんかわたしたちと違うのだ。どこか品があるっていうか。
「なあ、みかるよ……」
あにきがぼそぼそ話しかける。つばやさんをそっと指して、大真面目に聞いてきた。
「鈴木アウトレイジさん………?」
「誰が鈴木アウトレイジだ」
「ひぃ! 聞こえてた!」
と言いながら、ついだワインをがぶ飲みするところが、うちのあにきだなぁとおもう。
「みかる、余計なことはしゃべんなと言ったが、変なことしゃべっていいわけじゃねぇぞ。何だ鈴木アウトレイジって」
「つばやさんアウトレイジしらないの?」
「知ってるが人の名前じゃねえ」
どう見ても一般人じゃない妹の彼氏にびびりまくってたあにきだけど、早くも順応したらしい。つばやさんのツッコミにげらげら笑っている。
「さっき証拠見せろっつったけど、今なら免許証だの見せられなくてもわかるわ……アンタ、みかるのアニキだわ」
「ですよね! 妹が世話になってるようで!」
とりあえずほっとして、注ごうとすると、なんと、もうない。からっぽのボトルから、紅色の雫がポタポタと。
「もうない……」
「そんな残念そうな顔すんなみかる。一番高いの買ってやるよ」
「え、まじで!」
「にいちゃんビビらせちまって悪いことしたしな。………おい、店員さん。一番高いの、ボトルでくれ」
「は、はい!」
そそくさと、奥に逃げるように店員さんが行く。兄貴の顔が、あからさまに「パァァ!」と明るくなった。持ってきたのはなんか、箱に入ったボトルなんだけど………。
「3万か。まぁ、安い方だな」
「つばやさん金銭感覚おかしい!」
「ゴチになります! あざっす!」
プライドを捨てた兄。
そして、注がれたのはまるで、さっきのワインがルビーだとしたら、これは真っ赤なダイヤモンドだ。透き通ってるのに、濃厚なぶどうの薫り。グラスに注いだだけでグッと来る……!
「アウトレイジさん……、俺25年生きてきてこんな良い酒飲むの初めてっすよ」
「……俺の名前はそれで確定したわけだな」
「わ、わたしもー。あにき様々、つばやさん様々様々!」
「いいから飲め、アホ兄妹」
それと、もうひとつアヒージョと、ピザ、なんやらかんやらを頼むつばやさん。
わたしは、そっとワインを口元に。口に含んだ瞬間、目を見開く!驚く!ぱーっ、と広がる世界。それは、真っ赤な森だった。あたり一面、ぶどうが実って、きらきらと宝石のように輝いてて。ああ、紅の妖精が踊ってる……!!
「あにき、妖精が踊ってるよ……」
「こっちにはフラメンコがタップダンスしてる……!」
「あ、あにき、これはフラメンコの人じゃない、マリー・アントワネットだ!」
「マリー・アントワネットが紅い宝石をかじってやがるぅ!」
「何言ってんだお前ら」
くすり、と笑われる。恍惚のアル中兄妹、ヤクザに笑われる。
「たかがこんなもんでそこまで喜ばれりゃ、なんか調子狂うぜ」
「とんでもないです、アウトレイジさん!俺なんかスーパーの500円のワインで満足する男です!」
「あにきはしかも童貞です!」
「おいみかる、やめてやれそれは」
「んだとコノヤロー!」
「おいアホの兄貴、北野武の物真似はやめろ」
ごとん、と置かれた熱々のアヒージョ再び。たまらない!
「……にいちゃん。ビビらせちまったのは悪かったが、俺は普通の金融会社のもんだ。別にヤクザじゃねえよ。よく間違われるが」
何食わぬ顔で嘘をつきやがるつばやさん。あほのあにきは「ですよねー! 見たらわかりますよそんなの!」と、空いたつばやさんのグラスに3万を注ぐ。
「にいちゃんは働いてんのか?」
「い、いえ!親の脛をかじる大学院生であります! 一応、教育学部でして!」
「ホォ、いいじゃねぇか。先生か」
「つ、つばやさんにも先生っているの?」
「なぁみかる。お前、俺をなんだと思ってんだとたまに言いたくなるが、俺だって小中高大出たし、学生時代もあったからな」
「そうだぞみかる! アウトレイジさんも生まれたときからヤクザ顔なわけじゃないからな!」
「フッハッハハハ!」
つばやさん、大笑い。
わたし、おもう。
あにき、わたしの兄じゃなかったら絶対今晩、瀬戸内海に沈められてた。
「立場上気を使われることのほうが多いからな……アホ共に囲まれるのもわるくねぇ」
「アウトレイジさん、お偉いさんっぽいですもんね」
「副社長だ。実質は社長みたいなもんだが……社長はほとんどいねぇんでな」
「だからお金持ちなわけだ」
かねもち、イケメン、権力者で頭いい。まるで、貧乏、フツメン、親のスネかじりでアホのあにきと正反対ではないか。
それでも、意外とあにきとつばやさんは、噛み合ってるようで噛み合ってなさそうな会話でげらげら笑い、気が合ったみたいだった。酔って笑い疲れてあにきが「スイッチオフ!」と叫んだきり動かなくなったところで、そろそろ解散という感じになった。
「なんだこの、スイッチオフって」
「兄貴、一回酔って裸で大暴走したから、それ以来自分の限界ラインがきたら一回スリープモードになるらしくて。あ、すみませんー、お水ください、ふたつー」
スリープモードの兄貴の前に水を置くと、ゆっくり水を飲み始める。
「……みかるも変わった奴だが、兄貴もおもしれぇな。こいつ鈴木アウトレイジで通しやがったぞ」
「あにき、あほなんですよ。でも、いい兄です」
「どうやらそうらしい」
満足そうに笑うつばやさん。あにきのこと、気に入ってもらえたようだ。
「…………! つ、つばやさん、あにきに乗り換えちゃだめだよ!」
「誰が乗り換えるかアホ。そっちの趣味はねぇよ」
「俺はいつでもカモンですよ」
「お前は一生スリープモードでいろ」
グゥ。とまた目を閉じるあにきを、「帰るよー」と起こして、立ち上がる。会計をするつばやさんのほうは見ないことにした。金額が怖い。
「ごちそうさまでした。岡山に来るなんてびっくりしましたよー。次はゆっくり来ましょう!」
「そォだな、また来たいもんだ」
「アウトレイジさん、次もおごってください」
「お前はプライドの捨て方がみかるそっくりなんだよ!」
けたけた、つばやさんは笑う。
「さて、にいちゃん。お前、一人で帰れ」
そして急に悪い顔で何を言い出すかと思えば。「えっ」と見上げると、またあのどす黒い笑みだ。
「つばやさーん、わた、わたし、帰りたいなー」と言ってみると
「諦めろ」と切り捨てられる。
助けを求めるようにあにきを見ると、
「分かりました!親には適当に言っておきます!では、邪魔者は退散しますのでどうぞ焼くなり煮るなり、みかるをよろしくお願いします!グッバイ!」と走り去ってしまった。
ぽん、と肩に手をおかれる。
「みかる……、俺から逃げられると思うなよ」
「人聞き悪いし! 逃げてなんかないですって!」
「ちゃんと、お代は焼鳥の分までいただくからな……。おい、このへんホテルあんだろ。行くぞ」
「お、横暴ヤクザ……ストーカーヤクザ……」
「なんとでも言え」
ぐい、と手を引かれて、なんとも言えぬ気持ちだ。
ヤクザラブの先駆者さんたちよ。わたしは、これ、愛されてるってことでいいのか?
狂気の岡山編、おわります!
次回恐怖のヤクザ視点!