10.焼き鳥×焼酎、ごくらく。
タコパにより、元気を取り戻したダメ大学生たちは、また就活と卒論に勤しみ始める。うだうだして、進むのか進まないのかまた低迷して、這いずるような毎日で、夏が終わりかけに近づく。
さてさての、週末。自分への頑張ったご褒美は酒が一番!今日の居酒屋、トリ和菜は、焼き鳥を売りにした居酒屋で、ともだちともよく来る場所だ。まず安い。そして焼酎がいっぱいある。まあまあ広い店内は、大抵なら予約無しでも座れる。
「やきとりがたべたい」と、インテリヤクザにラインすると「おう、俺も食いたい。いいとこあるか?」とノリの良い返事が帰ってきた。トリ和菜! とつたえて、わたしは駅からトコトコ歩いていく。着けば、
「いらっしゃいませ〜、あ、みかる!」
出てきたのはアキラだ。
そう、ディスイズ、アキラのバイト先!
いえーい、とハイタッチしたあと、伝える。
「あともうひとり来る〜」
「え、まさか………」
「おう!一回連れてこないととは思ってたのさ!」
「…………おう、まじか」
大丈夫かな〜と、アキラは苦笑いしている。奥の座敷に通されて、おしぼりをくれた。
「ちょっと着くまでかかるって言ってんな、あのヤクザ。先飲んでよ……。とりあえず、ビールとももにくのタレ、皮の塩、あとアスパラ豚巻き、せせり、おねがいします!」
「おっけー、みかる」
さるさらと伝票に書いて、アキラは厨房に行った。ふぅと、ため息をつく。
実は今日、久々に就活で面接に行ってきたのだ。しかし、感触は良かったとはいえない。ここがだめならもうヤクザの家でニートしてやろうかと本気で考え出しているころだ。わたしに甘い隙に、懐にもぐりこんでしまえ、阪奈みかる。
すぐに来たビールはキンキンに冷えた生! 最初に来たのはももにく。ほおばると、とりの旨味とたれが絡んで舌の上でじゅわりと溶ける。
「んまぁ! やっぱトリ和菜さいこう〜!」
「おいしそうに食べるなー、みかるは」
「だっておいしいんだもん」
あっという間に串2本食べ終わる。ビールも疲れた身体をきゅっと冷やして、癒やされて。無くなったからもう一杯飲み、アスパラの豚巻きに舌鼓を打ち、さて焼酎タイムに移るかという、そろそろ酔ってきたタイミングだった。
「いらっしゃいませー! あ! みかるきてますよ!」
アキラの声がする。そして、
「ああ、あんたみかるの友達か。どこにいる? あいつ」
居丈高が偉そうにアキラに口聞いてやがる。
「こっちですー。みかるー、きてくれたよー」
こいつも案外仕事となれば物怖じしない大したやつだ。アキラに連れられて、つばやさんが登場した!
「お前だいぶもう酔ってんな……」
「つばやさんー、おつかれ! アキラ、黒霧ちゃんお湯割り!」
「俺とりあえず生」
「はいはいー」
どっかりつばやさん着席。酔っ払ったわたしはニシシと笑った。
○○。
「で、就活は進んでるの」
串をほおばるつばやさん。フルフル、首振るわたし。
「もうだめかもしんない」
「俺の時は、すぅぐ見つかったぜ」
闇金のくせに。そういえば、と聞いてみる。
「あったまいい気はしてたけど、つばやさん大学どこなの」
「………ああ」
聞かされた大学名は日本人なら誰でも知ってるクソ高学歴有名大だった。
ぽかーんとした私を気にも止めずに、つばやさんはビールを喉に流し込む。
「………ええ!うそ!つばやさん!なんでヤクザやってんの!」
「おい、あんまでかい声で言うな」
「ハッ、ごめん」
なんだか訳あり感のあるちょうちんメロンと違ってここは普通の居酒屋だ。たしかに、あぶない。
「楽に稼ぎたかったんだよ」
「楽じゃないでしょ」
「楽じゃねえが、稼げるぜ」
まあ、稼いだところで大して使いみちがないのが本音らしい。すごいなーとおもう。わたしは極貧なのに。
「つい、お前に使ってやりたくなるが、あんま甘やかすのもなぁ。お前にゃ渡した分だけ酒に使われそうだ」
「にいさん、あっし魔王がのんでみてぇよ」
「買えねえこともねえが、せめて就職決まったらな」
「え! いいの!」
「いいよ。その代わりちゃんと就活しろよ」
「わ〜〜〜! つばやさん〜! すき〜〜〜!」
「わぁったから、じたばたすんな机が揺れる」
クスクス笑う声がしたから、見上げるとアキラがいた。
「みかる……おまえ、好きな人の前だとそんな酔い方するんだ………ぐふっ」
「は!? わたし、なんか変だった!?」
「いや、別に…………ぐふっ」
笑いをこらえながら、アキラが出してくれたのはホカホカの厚焼きたまご! しかも、チーズ載せ……!
「これ、サービスね」
「アキラ〜すき! 神!」
「だぁからじたばたすんなって、おい、みかる」
「ハッ、ごめん」
つばやさんはアキラの方を向く。
「わりぃな、ありがとう。……みかるのこと、頼むわ」
「あ、はい。つばやさん、でしたっけ。こんな子だけどこちらこそ頼みますよ」
「いいから食おうぜ熱いうちに」
また焼酎をたのんで、アキラは「ごゆっくり〜」と去っていった。たまごふわふわ、ぷりぷり、うまうま。
「わたし、確かにあまえてるや。つばやさんに」
「いきなりどうしたよ」
「当たり前のように奢ってもらってるし。だから今日は自分で払うつもり」
「え………?」
何を言ってんだこいつ、と言いたそうな顔でフリーズするつばやさん。
「払うって自分が食ったぶんぐらいは。……まあお金ないけどさ、本来そういうもんだよ。今月は学校の先生の手伝いしてちょっとだけお金もらったから余裕あるし、払える! 大丈夫!」
って言ってんのに、ぶに、と頬を掴まれる。
「だからいつもより遠慮気味なわけだな?いつもなら、もうちょっとガンガン飲むだろ」
「…………生活費も含んでますので」
「無理すんなガキ。黙って奢られとけ」
「か、かっこいい〜、かっこいいけど、悪いよ、いつもいつも」
「だから俺は金持ちだから大丈夫なんだよ」
「い、言ってみてえ。私は金持ち……」
「帰ったあとお代は貰うからな」
ぐびり、と飲み干すつばやさん。
「え、ごめんそれは無理なのです」
と、待ったをかけたら「あァ?」と凄まれた。
「私明日からちょっとだけ帰省しますので」
「…………帰省?」
「うん。岡山に帰る」
ぱちくり、細い目をまばたきさせるつばやさん。
ここで気づいた。付き合ってまあまあ日にちたったというのに出身地まで教えてなかったらしい。
「お前東京もんじゃねえの」
「んなわけないじゃないですか。クソ田舎もんが、東京の郊外の田舎にシフトチェンジしただけですよ。実家、岡山です。遠いんですよ〜夜行バス〜」
ぐでぇ、と机に頬をつける。なぜか、髪の毛をわしゃわしゃ撫でられた。
「なんて言おうかなぁ、やくざを嫁にもらうとか〜」
「フツーに年上と付き合ってるでいいんじゃねえの」
「んむむ、嘘は言ってない」
会えないのはさみしいが、実家も久しぶりだ。
「しばらく帰るから、だから、今日は会いたかったんです」
「ほう。可愛いこと言うようになったな」
「だろ〜。岡山の酒買ってくるから!」
「お、いいね。楽しみにしとく」
ふ、と笑った顔の何たる色気よ。ほんとにこのひと、わたしの男ってことでいいんだろうか。
「ムー……」と突っ伏した頭を撫でられる。悪い気はしないし、ほら、こうやってどんどんほだされていくのだ。わたしってちょろいやつ!