1.出会いは居酒屋ちょうちんメロン
わたし、阪奈みかるは、お酒こそ我が人生と謳って誇る華のJDだ!
お酒、なんてすてきなのだ。頭の中の雑念がぱーんと無くなって最高にいい気分になれる、だけじゃない。めっちゃおいしい。ビールは王様、日本酒は八百万の神の頂点、焼酎は武神、ワインは女王様だ。なんて意味不明だと思うだろう。そりゃそうだ。わたしは今、最近見つけたお気に入りの居酒屋「ちょうちんメロン」で一人飲み中だから酔っ払いなのだ。酔っぱらいは何言ってるのかわからないのがスタンダードなのだ。
居酒屋の楽しみは美味しいお酒、美味しいごはん、そして知らない人とのおしゃべりだ。酔っ払って気が大きくなると私は絡みがちだ。今日も隣に座ったでかい兄ちゃんに絡んでやろうかと、見やる。そして、さーっと酔いが冷めそうになった。
カウンター席の、隣のデカイ兄ちゃん。初めて見た顔だ。それもそうだろう、見たことあったら忘れるはずがない。高そうなジャケットの下の柄シャツ。まくった腕に入れ墨。顔にでかい傷。ぐい、と上がった眉の下の、鋭い眼光を隠すみたいなサングラス。強面サングラス!
……………えっ、そっち系の人だよね。
にも関わらず大将は「おっ、最近来てなかったじゃないの、忙しかったの?」と笑いかける。強面兄ちゃんは「ああ。ちょっと片付けないといけないヤマがあってな」と。なんのヤマだ。あんた絶対人埋めた系のヤマだろ。
なるべく目を合わさないように、日本酒を注ごうととっくりをもつ。心が乱れているのだろうか、勢い余って傾けすぎたとっくりから注がれた日本酒が少し溢れた。
「ぎゃあ!もったいな!」
はっ。酔っ払って声でかい。強面兄ちゃんにチラッと見られる。なみなみ注がれた愛しい日本酒ちゃんを零さないように真剣な表情で持ち、ぷるぷる震えながら口に運ぶ。
口に入れた瞬間広がるフルーティー!ふわりとした甘み、のあとに引き締まる辛さ!
「んあああ〜美味し」
悶えそうなくらいの美味しさ。これだから、これだから日本酒は!
「んふふぅ。日本酒×だし巻き〜」
お箸で突くと、とろりと裂けるたまご。口に入れたら、またふわりと薫るだしと、たまごのうまみ。
幸せすぎてたまらん。なのに強面兄ちゃんの視線が痛い。
「……あんた、若いのに一人のみたぁ友達いねえのか?」
ついに話しかけられた。サングラスの下の口元がにやりと、意地悪そうに笑う。
「ともだちはいますよぅ。でも一人呑み、好きなんっす、お酒と一対一で語り合えるじゃないですかぁ」
この酔っぱらい。さっきまで完全にびびってた相手に軽口を叩いてしまう。
「おにーさんも、ここよく来るんですか?」
「ああ。前まではよく来てたが……最近来れてなかったんだよ。知らん間にこんな可愛らしい常連がいたとはなぁ」
「ツバヤさん、このお嬢ちゃんいっつもひとりだよ」
大将がいらんことをいう。ツバヤさんというのか。どんな字を書くんだろう。
というか、可愛らしいって言われたぞ、みかる! よかったな!
「フゥン……お嬢さんいくつだ?」
「21っす〜、ツバヤさんは?」
「28。あんた大学生?」
「へぇ、大学生っす。そこのFランで歴史勉強しとりましてさぁ」
「はっ、なんで歴史」
「お酒って歴史とか、民話につきものじゃないですか! 武将もやったらめったら飲んでます! つまり歴史を勉強することで、お酒を勉強できるのです!」
「あんた相当好きだな……」
「うふふぅ、すきなんです、おさけ〜」
ツバヤさんの前に冷えたビール。そして枝豆とお刺身が現れた。ツバヤさんは、わたしにグラスを向ける。
「乾杯する?」
「す、するー!」
日本酒のおちょこをかこん、と当てて鳴らす。ツバヤさんはゴクゴクと喉を鳴らしてビールを注ぎ飲んだ。
「なんていうの、あんた」
「みかるっていいます。ツバヤさんよかったらたまごやき、どうぞ」
「あ? 悪いな。みかる、奢ってやるよ今日は」
「まま、まじっすか! あざっす! 刺身食っていいですか!」
「おう、食え食え。好きなだけ食え」
と言われる前に卑しい貧乏大学生、みかるはハマチのお刺身をとり、わさび醤油につけて口の中に。とろける旨味を、冷えた日本酒で流し込むと、ぱぁっと幸せのメロディーが身体中かけめぐる!
「ひああ、幸せ……お刺身と日本酒は……結婚すべきですよ……」
「分かる分かる。あんた見てると俺も日本酒欲しくなってきたわ」
ふっと笑った笑顔の色気よ。これが余裕のあるオトナの男の色気か。やくざの色気か。不覚にもどきっとする。
「ツバヤさん、ちょーかっこいいですね! イケメン! ヒュー!」
だから、酔っぱらいは性質が悪いのだ。平気でこういうことを言う。
「怖くねえの?俺のこと」
「ぶっちゃけビビりまくってましたけどね! ひゃひゃひゃ」
だから、この、酔っぱらい。
「あ、大将〜、ツバヤさん奢ってくれるらしいから、つぎ焼酎の……赤兎馬ロック!」
「梅酒!」
「またビール!」
「スコッチのロック!」
「ブランデーロック!」
と、調子に乗るのがアルコールの罪悪だ。
ツバヤさんを口説いたあたりからあんまり記憶がない、ひさしぶりにかなり酔ったのだろう。
だから、飛び起きて混乱でパニックで仕方ない。まず、布団が見たことないやつだった。真っ白な清潔なシーツだ。そして、いいマットレスだ。いや、そんなのどうでもいいのだ。
なぜわたしは、このひとの隣でねてる。
飛び起きたベッドのとなりには、サングラスをはずした強面のイケメンが眉間にシワを寄せたまま寝ているのだった。
さーっと顔が青くなるのを感じた。ここはどこだまさかホテルか。ベッドは、寝室にあってそっと起き上がって寝室を出ると生活感のないソファとテレビの部屋につながる。身体をくんくん臭うと酒臭い上に汗臭くて、風呂にも入らずここで爆睡かましてたことを知る。
……………おう、それはいいんだ、だから。ここどこだって。
頭をぐるぐる思い返す。薄らぼんやり記憶が戻りつつある。とりあえず水が飲みたい。ベッドの脇にあった自分のリュックからミネラルウォーターを出す。そーっと移動して、ソファの陰に座り込んで、飲みながら考える、思い出す、頑張れみかる。
「つばやさぁんーもー! なんでしゅーしょくさきみつからないんだーよーこんなに優秀なのにぃ」
「そうだな、優秀だな」
「くっそー。趣味の欄に酒って書いたらどこも落としやがってー。おい、もっとほめろよ、おいー、つばやさぁんー、え、つばやさんおしごとなに? やくざ? やくざ? やくざ顔でマジやくざ? ひゃひゃひゃひゃ」
「直球かよ、みかる。お前気をつけねえとそのうち殺されんぞ……ふははっ」
「え、せいかい、せいかいやろ?なあ、」
肘でグリグリつつく。のを、後ろで完全にオロオロしながら心配してる大将と奥さん。
「み、みかるちゃーん、やめときなー……」
と、大将にぼそぼそ注意される。つばやさん完全に呆れている。
「正解だったらおごりな!」
「だから、奢ってやるって言っただろ……大将こいつ、やばい酔っぱらいだな」
「じゃあ正解やん、げらげらげら」
「はいはい。正解正解」
ぽんぽん、頭を撫でられて、気持ちよくなって、そこから「ンゴぉ」と言いながら多分寝た。
「……みかる、人生おわったろこれ」
そしてあれか。多分寝たからつばやさんが運んでくれたんだろう。うわっ、待ってわたしここまで酔ったの人生で初めてじゃない?なんでよりによってヤクザと飲んでここまで酔うの、もう馬鹿だー!
ゴソゴソ、がさっ。
後ろで物音がする。ソファのかげでミネラルウォーターをぐびぐびしているわたしに人影が近づく。
「みかる、」
昨日の強面ボイスだった。真っ先に死ぬことをかんがえた。明日の私は東京湾に浮いてるかもしれない。走馬燈で最初に出てきたのは、アサヒスーパードライだった。