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第六章 セクシーな呪いの指輪

 理恵はルビーの指輪を宝石箱の中に見つけた瞬間、その魅力に取り憑かれていた。

 その小さな指輪よりもっと大きく光を放つアクセサリーはいっぱいあった。それ

でも、小さなルビーの指輪だけはどうしても持って帰りたくなってしまったのだ。

 理恵は右手の薬指にその指輪をはめ、暇な時はいつも眺めて悦に入っていた。

 トイレに入った時は、いきむのも忘れて見入ってしまうため、便秘になってしま

った。

 秋になり、食が進む上に出る物が出ないので、白鳥麗華並みとは言わないまでも、

美少女の範疇を出るほど太ってきた。

 丈二が「ダイエットしたほうがいい」と忠告しても、「今までが痩せ過ぎていた」

と言い返し、自分が太っているとも思っていないようだった。

 夕食は丈二とピザを三切れぐらい食べるだけだったのが、ララキの岩から帰って

からは天丼やカツ丼まで取って食べるようになっていた。

「お前は明らかにおかしい」

 大食い選手権のように丼物を掻き込む理恵を見ながら、丈二はケンカを覚悟でハ

ッキリと言った。理恵は箸も止めずに言い返す。

「何がおかしいってのよ」

「分かっているんだ。ララキの岩から持ってきたルビーの指輪が原因だ。指輪の祟

りに違いない」

「祟り? 食欲が増える祟りなんてあるわけないでしょ」

「そういうレアな祟りってことだ」

「あり得ない」

 理恵は噴き出した。彼女の口から飯粒が飛び、前に座っている丈二の顔に引っつ

いた。美少女にはあり得ない振る舞いだ。丈二は顔から飯粒を取りながら、

「君に憧れている男子はいっぱいいるんだ。そこんとこ自覚しろよ」

「あのね、女性はふっくらしているほうがセクシーでいいの。こんなの常識でしょ」

「どこの常識だ。南洋の地方か?」

 理恵は箸を止めて丈二を睨んだ。白目が充血している。

 明らかに念を飛ばしているのだ。

 丈二はとっさにピザをかざして念を反射させた。

「ギャッ」

 理恵は叫ぶと箸を落とした。

「何すんのよ!」

「お前の念を返しただけだ」

「ひどい! カツ丼を食べていただけなのに」

「とぼけるな。その指輪を外せ」

「じょーだん! これはララキの岩に登った唯一の記念品だわ。せっかくビデオを

撮ったのに誰にも見せられないんだから」

「しょうがないだろ。僕のことがバレたら取材が来て大変なことになる」

「そうよね。私がやったことは一般人でもできる事だけど、丈君のは常人にはでき

ない事なんだから」

「そうだ。取材記者はみんな僕のほうに殺到するだろう。君だってそんな事になっ

たら面白くないだろ?」

「まあね」

「僕は一般人とは違う。でも、有名にはなりたくない。故郷での修行に差し障りが

あるし、故郷にも迷惑が掛かるからな」

「分かった。ララキの岩が有名になっちゃったら、誰かが登って宝石箱を見つける

かもしれないから、私も黙ってる。あの岩は永遠に私だけのものにしたいんだ。中

一の時にパパとあの島に旅行して、初めて見た時から、いつか必ずあの岩に登りた

いと思い続けていたんだ。こんな美しい死に場所は無いって……」

「自殺はやめたほうがいい。里美もマジ後悔している。あの島でロブスターを食べ

ていた時、すごい顔で睨んでいたんだ」

「私は死ななかったお陰で今、天丼とカツ丼を食べていられる……丈君、助けてく

れてマジありがとう」

 丈二はビクッと体を震わせたが、努めて平静を装い、何気なく言った。

「サイコメトリーって言葉、知ってるかい?」

「うん。犯罪捜査の時、超能力者がやるやつでしょ」

「そうだ。物に宿った記憶を読み取る能力だ。僕にはそれもできるんだよ」

「マジ? すごいね」

「だから、その指輪のいわくを調べさせてくれないか」

「指輪の……嫌よ! この指輪は片時も外したくないの」

「はめたままでいいよ。指輪に触れさせてくれれば大丈夫だ」

「ダメ! この指輪は私だけのもの。誰にも触れさせない!」

 丈二は半眼で理恵を凝視する。

「な、なによ、その目は」

「悪いことは言わない。相撲取りになる前に外したほうがいいぞ」

「失礼ね! それじゃ、もう食べないわよ」

 理恵は憤慨して丼にフタをした。

「もったいないじゃないか、まだ半分以上残っているのに」

「それじゃ、食べていいわよ」

 理恵は不機嫌そうに二つの丼を丈二に押しやった。

「いや、君が取ったんだから、君が食べるべきだ」

「だって、指輪のせいで太るって言うんだもん! 食べられないよ」

「でも、その通りじゃないか」

「そうだけど……」

 理恵はうつむいて泣き始めた。

「そうまでして指輪をしていたいのか」

「そうよ……この指輪は私に無いものを与えてくれる……」

「理恵に無いもの……計画性か?」

「違うよ! 女性としての魅力!」

「そんな事はない。十分、魅力的だと思うよ」

「ウソ! 私が近づくと逃げるじゃない」

「それは戒律があるからだ。言ってあるだろ?」

「戒律なんて忘れさせるのが本当のセクシーさなのよ」

 理恵は妖艶な笑みを浮かべると、熟女のような声音で言った。高一の女子とは思

えない色香を全身から放っており、丈二はギョッとして身構えた。

〈丈君、気を付けて!〉

(言われないでも気を付ける)

〈天丼のエビみたいに食われちゃダメ!〉

(お前な)

 理恵は丈二を見つめながら立ち上がる。

「な、なんだ」

 身の危険を感じた丈二は、へっぴり腰で立ち上がる。

 理恵は食べ過ぎで肉付きの良くなったヒップを左右に振りながら丈二に近づいて

きた。丈二はエビのように体を折り、後ずさる。

 今の理恵には知的で清楚なイメージはまるでなく、男を知り尽くした熟女のよう

なみだらさを漂わせながら迫ってくる。

 これが理恵に欠けていたものだと言うのか。

 ならば欠けていたほうが良かった。

「おい、理恵。正気に返れ! そして指輪を外すんだ」

「い・や・よ」

 理恵は半分腐ったドリアンのような熟女の色気を漂わせつつウインクした。

「お前の誘惑に乗ると思ったら大間違いだ!」

 丈二が叫んだ次の瞬間、理恵が抱き着いてきた。

「うわっ、あっちに行け」

 言いながら丈二は理恵を抱き寄せた。

〈何してんの丈君!〉

「その調子よ。さあ、私をお姫様抱っこしてベッドに運んで」

 丈二はうなずくと、理恵を抱き上げた。そして重過ぎて下に落とした。

「いったーい。バカッ、非力!」

「すいません」

「いいわよ、自分で歩いて行くから!」

「よろしくお願いします」

 理恵はベッドに横たわると、人差し指を曲げて丈二に言った。

「カモーン」

「はい」

 丈二の後頭部を里美がはたくと、丈二はハッとしてつぶやいた。

「俺は一体何を」

〈はまったんだよ。理恵に憑いてる悪霊の術に〉

 見ると理恵がベッドの上で服を脱ぎ始めている。

「カモーン」

「ヤバい。エロ画像を脳裏に焼きつけてはダメだ」

 丈二はつらい修行の日々を思い出した。悪霊と本能に負けて、今までの修行の成

果を台無しにするわけにはいかない。

 丈二は「カモーン」と言い続ける理恵を残して家を飛び出した。

〈よくやった、丈君!〉

「あの色気は強烈な臭いのドリアンレベルだった……」

〈もうちょっとで食われるところだったよ〉

「危なかった。俺にあの悪霊が祓えるだろうか」

〈ヘタすると食われちゃうよ。もう彼女には関わらないほうがいい〉

「そうはいくか! さんざんお世話になった理恵を見捨てるなんて、何のために丸

花学園に来たのか分からない」

〈ふん。偉そうなこと言って、ほんとは食われたいんじゃない?〉

「なにっ? そんな事はそれもあるかもしれない」

〈信じらんない! 厳しい修行者はどこに行ったの?〉

 丈二の背中に悪寒が走り、脇の下に冷や汗が流れた。

「こんなんじゃ、堕落しちまって故郷に帰れなくなるな。未熟者のくせに人を救お

うなんて……自分のバカさ加減を思い知らされた」

 丈二は肩を落として自分のアパートに帰っていった。


 誰も待っていない暗いアパート。

 丈二は鍵を開けて入ると、ベッドに身を投げた。

「都会の孤独が身にしみるぜ……」

 里美が優しく丈二の背中に手を置き、

「私がいるじゃん」

「お前は人間のうちに入らないの!」

「失礼ねっ」

「ああー、寂しい寂しい!」

「無理しないで、電話しなよ」

「お前もそう思うか!? 電話ぐらい良いよなっ」

「うん。大覚先生にだよ」

「なんでジイさんに!」

「この前も電話してアドバイスもらったじゃん」

「そうだけどっ……分かったよ! ジイさんに電話すりゃいいんだろっ」

 丈二はスマホを出して大覚を呼び出した。

〈なんじゃ。早く帰ってこい〉

「いきなり言わないでください!」

〈どうせ『もう自分には何もできないから、帰りたい』みたいなことを言うのじゃ

ろう〉

「『何もできない』ですって? とんでもない! 僕はすでに男子のクラスメート

の除霊に成功し、女子を自殺から救うことにも成功しました」

〈ほう、二人もな。それは大したものじゃ。その調子で頑張れ。それじゃ〉

「待ってください、切らないでください!」

〈なんじゃ、またアドバイスが欲しいのか? 帰りたければ、いつでも帰っていい

ぞ〉

「それじゃなくて! 実はクラスメートの女子が呪いの指輪をはめてしまったんで

す。彼女は今、淫乱な熟女の霊にコントロールされています。『指輪を外せ』と言

ったんですが、外そうとしないんです。僕は除霊しようとしたんですが、かえって

彼女に犯されそうになりました」

〈それはお前に『誘惑されたい』という潜在意識があったから、そういう事態にな

ったのじゃ。相手のせいにばかりしてはいかんな〉

「はい……すいません」

〈まあ、まだ若いのだから仕方がない。もう限界だと思ったら、いつでも帰ってこ

い〉

「嫌です! 解決法を教えてください!」

〈喝! 自ら望んで汚れた都会に身を投じておきながら、不都合が起きると泣きつ

いてくるとは甘えるにも程がある。そういう態度じゃから悪霊につけ込まれるのじ

ゃ。甘えを捨て、己に厳しく命を懸ける姿勢で戦え。さすればいかなる手強い熟女

の悪霊といえども必ず撃退できる〉

「分かりました……甘えていた僕がダメだったんですね。もう彼女に対する一切の

欲望を捨てて、悪霊と戦います。それが彼女を救うことになるのですから」

〈その通りじゃ。菩薩の行う慈悲の実践は孤独で厳しい道なのじゃよ。しかし、自

分で選んだ道であることを自覚して、くじけずに頑張れ。お前が使命を果たして帰

ってくるのを待っておるぞ〉

 丈二は偉大な師の優しい言葉に感激し、涙があふれるのを止められなかった。

「先生! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 大覚の全身に快感が走った。


 翌日、理恵は何事もなかったかのような顔で登校してきた。右手の薬指には血の

ように赤いルビーの指輪が光っている。

 あの禍々しい指輪を外させなくては、これからとんでもない事が起きるような予

感がして、丈二は胴震いがしてきた。

 丈二は無い知恵を絞って考えた。

(こんな事はしたくないが、光線を放って気絶させているうちに外すしかない)

 やはり理恵のマンションを訪ね、彼女の誘惑に屈することなく対決するしかない

だろう。老師が教えてくれたように、自分さえ志操を堅固に保っていれば、何も恐

れることなど無いのだ。

 丈二の固い決心を揺るがすように、理恵が蠱惑的こわくてきな視線を送って

きた。

「丈君。お・は・よ」

 丈二は不愉快そうに眉を寄せ、素っ気なく言った。

「おはよう」

 理恵はクスクス笑っている。それは「私が欲しいんでしょ。分かってるわよ」的

な男心をそそる声音で、丈二は「ありがとう」と同じぐらい全身に快感が走った。

(ダメだ、こんなもんに反応するようじゃ)

 二人きりになったら、簡単に籠絡されてしまう。難しい漢字だ。つまり英語で言

うとコントロールされてしまうという事だ。こういう状態になるとHがしたいばか

りに、相手のあらゆる要求を飲むようになってしまう。ゴミ出ししろ、風呂場洗え、

帰りに食パンとトイレットペーパー買ってきて、ぐらいならまだいい。最悪の場合

は犯罪に加担させられるのだ。悪霊に取り憑かれている今の理恵ならやりかねない。

 丈二は次第に恐怖に支配され、自信を失っていった。しかし、このまま理恵を放

置したら、何をするか分からない。他の人達にも迷惑を掛けるかもしれない。だか

ら、なんとしても自分が解決しなければならないのだ。

 丈二は決意に満ちた眼差しを理恵に向けた。

 彼女は落雷を聞いた時のようにビクッと肩を震わせた。そして敵意に満ちた顔で

睨み返した。

 丈二は雷に打たれたように全身を震わせ、あわてて視線をそらした。まるで根性

が無い。

 理恵に憑いた悪霊は、丈二から挑戦状をたたきつけられたように感じ、怒りの念

を燃やしていた。丈二は彼女から不穏な意図を感じ取り、ギョッとした。できれば

大事を起こさず、穏やかな除霊がしたい。

 丈二は悪霊を慰撫するような優しい笑顔を向けた。

「指輪を持ってきてしまって、すいませんでした」

 理恵はトボけた顔をし、

「誰に謝っているの?」

「誰にって、あなたにですよ。マダム」

 理恵は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに平静を装い、

「変なことを言うわね。私は女子高生よ」

「マダムの霊に取り憑かれた女子高生だ」

「はあっ!? 変なこと言わないで」

 理恵が上げた甲高い声に、クラス中の視線が集まる。

「どうしたの、理恵」

 白鳥麗華が声を掛けた。丈二にセクハラでも受けたと思ったらしい。

 理恵は丈二を指差し、

「この人、失礼なことばかり言うの」

 やっぱり、と麗華はうなずき、上手投げで丈二を懲らしめてやろうと席を立った。

「な、なんだよ。俺は失礼なことなんて言ってないぞ」

 うろたえる丈二。麗華は分厚い肩をそびやかしながら彼に詰め寄る。

「理恵は言ったつってるだろ、このどスケベダヌキ」

「どスケベダヌキて」

「おっ、タヌキと横綱の相撲が始まるぞ」

「頑張れ、タヌキ」

「負けるな、横綱」

 男子達がはやし立てる。

 丈二は相撲取りと戦うという意外な展開に焦った。

「悪魔の軍団とかだろ、フツー」

「何言ってんのさ、この」

 横綱・白鳥山は丈二の襟をつかみ、引っ張り上げた。畑のスイカを盗み食いして

いたところを捕まったタヌキのように、丈二は手足をばたつかせる。このままでは

人間に駆除されてしまう。なんとか逃げなければ。

(何考えてんだ、俺)

 男子達からはブーイングが起きる。

「相撲になってねえぞ」

「頑張れ、タヌキ」

 しかし、しょせん横綱とタヌキでは勝負にならない。

「ごめんなさい。二度とHなことは言いませんから、離してください」

「マジか」

「はい。約束します」

 麗華はうなずくと丈二を離し、自分の席に戻っていった。

 本物のタヌキだったら、こうはいかない。丈二は言葉をしゃべれる人間であるこ

とに心から感謝した。仏典の中に「人間の体を得ることは得難いことだ」という記

述があるらしい。かつて老師から聞いたことがある。きっと、こういうことを言う

のだろう。本当はそういうことではなかったが、丈二はそう思い込んだ。

 弱い者いじめはしない横綱は許してくれたが、理恵はまだ怒りに燃える目を自分

に向けている。彼女に憑いている悪霊が、除霊されない前に何かを仕掛けようとし

ているに違いない。

 自分も反撃しなければならないが、何かを言えば「セクハラ」と言って騒ぎ立て

るだろう。

 丈二はどうしようもなく、黙り込むしかなかった。


 その日は六時限目が体育だった。

 丈二の苦手な柔道である。しかも大嫌いな寝技。

 もちろん、組む相手は男子だったが、組み伏せられるのは気分が悪かった。相手

も同じらしく、お互い真剣に技を掛け合っているという雰囲気はなく、半分笑いな

がらやっている者がほとんどだ。

「気を入れてやらんと、怪我するぞ」

 講師の叱声が飛ぶ。真面目で乗せられやすい丈二は、本気でやり出した。

 こちらが本気を出すと、相手も負けじ魂に火が付き、必死で抵抗する。しかし、

丈二に押さえ込まれ、動けなくなった。すると、誰かに肩をたたかれた。

 振り返ると、丈二より長身の女子だった。

「私が相手」

「えっ、だって女子は」

 講師を見ると、意外にも「いいだろう」という許可が下りた。

 おかしい、と思いながら周囲を見回すと、理恵が体育館の隅から目を光らせてい

た。講師が注意しないのも変だった。明らかに彼女が念を送ってコントロールして

いるのだ。

 これは理恵に憑いている悪霊の仕掛けた罠だ、と察した丈二は「女子とはやらな

いから」と断ったが、有無を言わさず押し倒された。女子とは思えない怪力に、丈

二は人間に捕まったタヌキのように手足をばたつかせる。

 女の子からはシャンプーのいい匂いが漂ってきた。丈二は興奮する前に負けるし

かないと思い、全身の力を抜いた。

「参りました」

 相手は舌打ちをして立ち上がる。丈二はホッとして起き上ったが、そこへ今度は

自分より細身の女子が挑んできた。依然として講師は止めない。半眼でぼんやり見

つめているだけだ。

 相手の女の子は信じ難い力で丈二を組み伏せ、ぐいぐいと体を押し付ける。

「参りました参りました」

 こうして理恵以外の全女子が挑んできたが、丈二はインド独立の父であるガンジ

ーのように非暴力をつらぬき、組んずほぐれつを回避することで興奮状態に陥らず

に済んだ。

 丈二が肩で息をしていると、理恵が背後から近づいてきた。

 殺気を感じた丈二はギョッとして振り向いた。そして言った。

「参りました」

 理恵は貞子のように充血した目を見開いたまま、体育館から出ていった。 

 

 どうしても指輪の秘密を探らねばならないと思った丈二は、放課後、理恵を映画

に誘った。

「どう? 君の好きなラブストーリーだよ」

「見たいけど……お金あるの?」

「まあね。いつもごちそうになってるから、ほんのお礼だよ」

 金銭的な余裕は無かったが、食費を削っても早急に問題解決の糸口をつかまねば

ならなかった。時間が経てば経つほど理恵は心身ともに悪霊に支配されてしまうだ

ろうからだ。

 映画館に入ると、丈二は彼女の右隣に座った。

「映画なんて久しぶり」

「俺も。新人女優のアンナ・ブラウンってのがスゲー可愛いから、見たかったんだ」

「不純な動機」

「別にそれだけじゃないよ。ストーリーもすごく良いんだって」

 理恵はあまり気乗りのしないようすだったが、映画が始まると、目の前に展開さ

れる悲しい恋の物語を食い入るように見つめ出した。

(今だ)

 丈二は胸を高鳴らせながら作戦を決行した。と言っても大した事ではない。指輪

をしている右手を握ったのだ。

 理恵は映画に夢中で気付かない。

 丈二は目を閉じると、指輪のサイコメトリーを始めた。

 南方系の民族らしい若い男が、可愛い娘にルビーの指輪を送っている。

 娘はうれしそうに指輪を受け取るが、彼女が結婚したのはその男ではなかった。

彼らの部族の王に嫁ぎ、王妃になったのだ。

 指輪を贈った若い男は婚約者を横取りした王に復讐を誓った。そして他の部族の

スパイになり、反乱を起こして王族を滅ぼした。

 王妃は宝飾品が敵の手に渡るのをよしとせず、お抱えの魔術師にララキの岩に隠

すように命じた。

 魔術師は丈二と同じ浮揚術で岩の頂上まで上がり、宝石箱を隠した。

 指輪を捨てずに持っていた王妃は、まだ婚約者を愛していたのだ。しかし、その

愛する元彼に滅ぼされてしまった。それでも、指輪からは悲しみだけが伝わり、恨

みは感じ取れなかった。

 丈二は王妃が気の毒になり、涙があふれた。

 そんな彼を、理恵が半眼で見ていた。

 丈二はギョッとして涙を手で拭き、にっこりした。

 理恵は何も言わず、映画を観終わると深い溜め息をついた。

「どうだった? よかっただろ」

「悲しい……」

 理恵はつぶやくと、立ち上がった。

 二人は日の落ちた街を手をつないで歩く。

「今度は好きな人と結ばれたい」

 理恵は丈二を見つめながら言った。

「今度は?」

 明らかに王妃の言葉だ。または、王妃と理恵の意識が混じったものかもしれない。

 丈二は心臓をバクバクさせながら、うなずく。

「そうだね、それが一番の幸せかもしれない」

「他人事みたいに言わないでよ。好きな人ってあなたのことよ」

「ええっ、とんでもない。僕は高校生活を終えたら故郷に帰って、修行三昧の生活

に入るんだからね。今はその準備段階なんだからね。Hなんてとんでもないんだか

らね」

 理恵は「可愛い」とつぶやき、丈二の耳元でささやいた。

「腕組んでいい?」

「いいよ。自分のなら」

「何それ。信じらんない」

「分かってるんだ。僕を意のままにコントロールして、除霊できなくさせようとし

ているんだろう」

 理恵の目がギラリと光る。

「ちょっと、こっち来て」

「こっちって、どこだ」

 理恵は無言のまま、女の子とは思えない力で丈二を引っ張っていく。

 やがて人気の無い野原までやってくると、理恵は丈二の腕を離した。

 月に照らされた理恵の顔は、充血した目が倍に見開かれ、眉は逆立ち、怒れる王

妃のそれに変貌していた。

「丈二とやら。ここでお前と戦ってやる。私を追い出せるものなら追い出してみる

がいい」

 理恵の形相の恐ろしさにゾッとしながら、丈二は何とか彼女を傷つけずに除霊を

する方法を考えた。

「王妃様、申し訳ございません。あなた様の大切な指輪を持ち出してしまい……で

も、僕は理恵がそんな窃盗行為をしたとは全く気付かなかったのです」

 自分が共犯者でないことを訴え、怒りを和らげようとした。そして、できるなら

口先だけで霊界に送ろうとした。王妃の霊は丈二の心を見透かすように薄笑いを浮

かべた。

「この指輪はな、あの宝石箱の中で一番価値の無いものじゃ。昨晩『お宝鑑定』な

る番組を見たが、あれに出したら間違いなく一、十、百、千で止まり、がっかりす

るであろう程にな。しかし、私にとってはこの世のどんなお宝よりも大切な、値が

付けられない程に大切な宝なのじゃ!」

「はいはい、すいません、あなた様のお怒りはごもっともです」

「うるさい! 分かったような顔をして丸め込もうとしているお前の狡猾さが私の

怒りに火を付けたのじゃ。私は王のお召しに逆らえず、その妻となった。しかし、

元彼のことは片時も忘れなかった。謀反が起きた時、私は宝石箱を魔術師に託し、

自室で死のうとしていた。そこへ入ってきた反乱軍の兵士は元彼だった。彼は、自

分を城から連れ出そうとしてくれた。しかし、私をスパイと思い込んだ王の家来に

後ろから刺された。元彼はその兵士を斬り殺し、泣きながら死にゆく私に『一生結

婚しない』と誓ってくれた。でも、一年後に良家の娘を嫁にした。マジムカつくと

はこの事じゃ」

 丈二はもらい泣きしながら、

「王妃様はかなわぬ恋に苦労なさったんですね」

「うるさい! お前のようなトボけたタヌキに私の悲しみ、苦しみが分かってたま

るか。分からないからこそ空々しいウソ泣きで私を慰撫しようとしておるのだ」

 丈二は後頭部に手をやり、

「バレました?」

「お前の調子のよさは先刻お見通しじゃ! 私との戦いを避けるためにゴマをすっ

たりお世辞を言ったり慰めたり……その手に乗るか! 潔く私と勝負せよ」

「勝てる自信が無いんですが」

「ふふふ、私に負けたら、お前は地獄行きじゃ」

「なんで! 僕みたいな純真なチェリーボーイが地獄行きなんて、あり得ないです

よ」

「愚かなタヌキじゃ。お前が純真であろうと無かろうと、私の手下が地獄に連れて

いくのよ」

「なにっ、手下を使うつもりか」

「その通り。王妃たるもの、汚れ仕事は家来に任せるものじゃ」

「僕との戦いは汚れ仕事だってのか」

「そうじゃ。便所掃除と同じでな」

「おのれ、大人しくしていればつけ上がりゃーがって、今朝からのお前の非道な行

いは世間様は許しても、お天道様とこの相座輪丈二が許さねえ。おめえのような悪

霊はけちょんけちょんにのして、地獄の閻魔に引き渡してやるから覚悟しろい」

 丈二は時代劇のようなタンカを切った。

「ははは、けちょんけちょんにのすだと? 面白い。できるかどうか、やってみる

がいい」

「すいません。つい時代劇のヒーローみたいな気分になってしまいまして。できれ

ば暴力は振るわれたくないし、振るいたくもありません。平和的な交渉で霊界にお

引き取り戴くのが当方の希望です」

「私は帰らない! この体にとどまり、今度こそ幸せな恋をして幸せな家庭を作る

のだ」

「その体は理恵ちゃんのものであなたのものではない! 霊は霊界に帰る、これジ

ョーシキ!」

「常識など私にはどうでも良いこと。私の望みは全ての常識を凌駕するのじゃ。そ

れを邪魔するというお前は倒さねばならぬ!」

「参りました参りました」

「柔道ではない!」

「なんとか穏便に事を運びたいのですが……光線を放てば理恵の体に傷をつける恐

れがありますし……」

「やるならやるがいい。お前がどうしても私を除霊するつもりなら、私はこの体を

借りて戦うのみ」

「分かりました……致し方ありません」

 言うが早いか丈二は彼女めがけて光線を放った。

 理恵はすんでのところでよけると、丈二を睨みつけた。

「おのれ、マジでやる気だな」

「お前が俺をマジにさせたんだ」

「いいだろう。私もマジで勝ちにいくからな」

 理恵――否、王妃の霊は中空に手をかざした。するとポッカリと黒い穴が開き、

中から数十体もの黒い霧状の霊が出てきた。

「お前達、やっておしまい!」

 丈二は焦って霊達に光線を向けた。

 悲鳴を上げながら消滅する霊達に、王妃は苛立たしげに叫ぶ。

「お前達、ひるむな! こいつを地獄に引きずり込むんだ」

 霊達はうなずき、丈二を遠巻きに取り囲んだ。丈二は手の平を向けながら、

「来るなよ。この光線が当たったら、金玉を蹴られたぐらい痛いからな」

「ははは、愚か者め。この霊達は生前私の侍女だった者達だ。金玉所有者など一人

もおらぬわ」

「そ、それじゃ、この光線が顔に当たったら、シミになって残るからな」

 霊達に動揺が走った。右往左往するだけで、誰も丈二に向かってこない。

「お前達! シミぐらいで怖がるな!」

「軽くおっしゃらないでください」

「シミは女性の大敵じゃないですか」

「シミぐらいでオタオタするな!」

「それじゃ、王妃様、お先にどうぞ」

「なにっ、お前達は家来だろう!」

「光線を出す人なんて初めてですもの。どうやって戦っていいのか分かりません」

 業を煮やした王妃は丈二を捕まえようと向かっていったが、光線を顔面に食らっ

て仰向けに倒れた。

「王妃様!」

「しっかりなさってください!」

 駆け寄る黒い侍女達と一緒に、丈二も理恵に近づき声を掛けた。

「理恵、しっかりしろ! 王妃はくたばれ」

「なんてこと言うのよ、あんた」

「失礼な男ね」

 侍女達からブーイングが起き、丈二は神妙に頭を下げた。そして腰をかがめると

理恵の右手から指輪を外そうとした。

「何やってんの!」

 侍女の一体が丈二の頭を思い切りはたいた。

「いてっ」

「その指輪を外すんじゃない! 王妃様が憑依できなくなる」

「それを聞いたら、余計に外さないと」

「やめろっての!」 

 丈二と侍女達が揉み合っていると、理恵に憑依した王妃はぱっちりと目を開け、

あわてて起き上がった。

「シミ! 私の顔にシミできてない!?」

 オタオタする王妃を半眼で見守る侍女達。

「ねえっ! 今モロ顔面に光線が当たったのよ! シミできてない!? 手鏡持っ

てないの」

「王妃様、大丈夫でございますよ」

 侍女の一体が白けたように言った。

「よかった……」

 ホッと胸をなで下ろす王妃の顔面に、丈二が再び光線を放った。

「ギャッ」

「シミにならないから大丈夫だ」

「おのれっ、お前達、さっさとやっておしまい!」

 侍女達は一斉に丈二に飛びかかった。

「何をする! 離せ!」

 霊達は丈二の肉体から幽体を引きはがし、連れ去ろうとする。次第に肉体から分

離していく自分の意識に丈二は戦慄した。

〈丈君、肉体から離れちゃダメ!〉

 里美の声がした。

「おう、大丈夫だ」

 丈二は返事をして侍女達に手の平を向けたが、その手首を理恵がひねり上げた。

「何するんだ、離せ!」

「お前達、今だ。地獄に連れ去れ」

 丈二は竜巻のようなものに引っ張られた。それは集合体となって回転する侍女達

の魂だった。

〈丈君、危ない!〉

 里美が手を差し伸べたが、丈二の魂は肉体から引きはがされ、暗い世界へと落ち

ていった。


 気がつくと、丈二は荒涼とした風景の中にたたずんでいた。

 空はどんよりと曇っており、遠くには灰色の山脈が横たわっている。緑豊かな故

郷とは正反対の、ふもとに枯れ木がわずかに生えているだけのハゲ山だ。

「担任の頭みたいだ」

 一人つぶやいていると、背後で近づいてくる足音がした。

 丈二がギョッとして振り返ると、一人の老人が立っていた。白く長い眉の下に細

い目が光っている。よく見ると黒目ばかりで白目が無い。痩せさらばえた全身に妖

気を漂わせている。

「ヘイ、坊や。何してんの」

 意外にも気さくに声を掛けてきた。

「別に……としか言いようがありません。ここはどこですか?」

「地獄の一丁目とでも言うべきところじゃ」

「はあっ!? なんで僕みたいな純真なチェリーボーイが地獄に来たんです」

「なんか悪い事したんじゃないの? 下着ドロボーとか」

「そんな事してませんよ!」

「それじゃ、盗撮」

「してませんて! 僕は厳しい戒律を守って生活していた修行者なんです。僕みた

いに清廉潔白な若者は非常にレアな存在で、おまけに人助けも積極的に行い、多く

の人に感謝され……なのになんで地獄にいるんだ!」

「わしにアピールされても何もできん」

「それじゃ、誰にアピールすればいいんです! 閻魔大王による正当な裁判を受け

たいです」

「閻魔大王? そんなもん架空の人物じゃろ」

「そんなっ、それじゃ誰に訴えたらいいんです! 裁判所はどこに」

「そんなもん見たことないなあ」

「鼻をほじりながら言わないでください」

「まあ、そうカリカリしなさんな。お前さんはまだ死んでおらんようじゃから、落

胆せんでいい」

「えっ、僕はまだ生きているんですか?」 

「そうじゃよ。ヘソのところを見てみなさい。魂の緒(肉体と魂をつないでいる霊

線)が付いている」

「あっ、ほんとだ。よかった!」

「たぶん、生きたまま連れてこられたんじゃろう」

「そうです! 侍女達の霊に無理やり魂を引きはがされて」

「その霊達を探し出して勝たねば地上には帰れんじゃろう」

「そんなっ。こんなだだっ広いところで、どうやって探すんです! 探偵事務所は

どこに」

「そんなもん見たことないなあ」

「鼻毛を抜きながら言わないでください」

「とにかく無いことは確か」

 丈二はがっくりと肩を落とした。

「なんて不便な世界なんだ……」

「おや? あそこにも魂の緒を付けたままさまよっとる者がいるぞ。おお、けっこ

う可愛い娘じゃ。ナンパしようかな」

「ジジイが何言ってるんですか」

 丈二が目を凝らして見ると、それは困惑した表情の理恵だった。

「マジか!」

 思わず叫ぶと、丈二に気付いた理恵が泣きながら抱き着いてきた。

「おお、恋人同士の感動的再会じゃ」

「黙っててください」

「丈君! 会いたかった」

「もう大丈夫だ。このお爺さんが助けてくれる」

「わしゃ知らんぞ」

「そう言わずに何とかしてください」

「そういう親切な者は、この地獄にはおらんのじゃ」

 老人はヒョッヒョッヒョッという不気味な笑い声を立てながら去っていった。

「キモい。何あの人」

「ここに来て長い人なんだろ」

「ねえ! 地獄ってマジなの!? なんで私みたいな純真無垢な乙女がこんなとこ

ろに落ちるの」

「それは僕だってあの爺さんに聞いたよ」

「一体どうやったら帰れるの」

「僕をここに連れてきた侍女達と戦って勝たないと帰れないそうだ」

「それじゃ、早く戦ってよ」

「簡単に言うなよ! どうやって探したらいいかも分からないんだ」

「頼りにならないなあ」

「それは良く言われることだ」

「侍女の皆さん、集まってくださーい!」

「アホか。そんな事であの霊達が」

 二人の目の前に現れた。

「誰か呼んだー?」

「マジか」

「ヤバい。あの娘の強い念に引き寄せられてしまった」

 侍女の霊達はパニクっている。

「おい! 僕だけならまだしも、なんで理恵ちゃんまで地獄に落とされたんだ」

「そうよ、純真無垢な私がなぜ」

「それは完全に王妃様の霊がお前の体を支配したから、追い出されたのさ」

「ひどいっ、私の体なのに」

「おのれ、霊界の掟破りばかりしているお前達! 一人残らず退治してやるから、

掛かってこい」

 丈二のリクエスト通り、侍女達は一斉に襲いかかってきた。

「おい、やめろ! 一人ずつ来い」

「そうはいくか」

「キャーッ、丈君! 死なないで」

「大丈夫だ。俺は魂だから」

「今、本当に死なせてやるよ」

「なに?」

 見ると、一体の侍女が丈二の魂の緒をかじっている。

「これが切れれば本格的に死ぬ。私達と同じように肉体を失うのだ」

「うわーっ、やめろ! やめてくれ!」

 しかし、他の霊達が丈二の体を押さえつけており、全く動けなかった。

「やめて、やめて!」

 理恵が髪を振り乱し、悪鬼のような形相で霊達に襲いかかった。

「キャーッ、お化け!」

「お化けとは何よ」

 侍女達は丈二を離して逃げ出した。

「理恵、ありがとう!」

 丈二は侍女達に向かって光線を放った。

「ギャッ」

「グエッ」

「ヒッ」

 短い悲鳴を上げながら消滅していく霊達。

 やがて霊は一体もいなくなり、先程の老人が木の陰から拍手を送った。

「ギャラリーは一人だけか」

「丈君、そんな事より、早くここから出ましょうよ」

「そうだな。連れてってくれ」

「なんですぐ私に頼るの! 宿題だって、そうだった」

「だって、頼りになるから」

「夕飯だって、そうだった」

「悪かったよ! もう君に甘えるのはやめる」

「そうよ。だいたい丈君がうちに入り浸っていたから、こうなったの。だから私も

初めはタヌキみたいで可愛いぐらいにしか思っていなかったのに、好きになって」

 理恵は涙をポロポロこぼし、

「こんなタヌキを真剣に愛するようになって……私の満たされない思いが、あの指

輪と共鳴して引き寄せてしまったんだわ」

「悪かったよ! 全ては僕の甘えた態度がまいた種だ。すまなかった」

「早く地上に返してよ。なんでこんな世界にいなきゃならないの」

「住んでみると結構いいところじゃよ」

 老人が木の陰から言った。

「黙っててください。理恵。僕が責任を持って君を現世に戻す」

「マジ?」

 丈二はうなずき、理恵の手を握った。そして全身全霊で祈った。

 理恵は丈二の放つ光に包まれ、悲しみも怒りも消えて恍惚となった。


 気が付くと二人は現世に戻っていた。

 王妃と戦った野原である。

 丈二が地獄に落とされてから一時間も経ってないらしい。月は未だ中空に掛かか

り、野原を照らしている。

「丈君、どこに行ってたの!」

 里美が飛んできた。

「理恵と地獄でデートしていた」

「デートなんて戒律違反じゃないの!」

「別に手を握っただけだ」

「それだって戒律違反なんでしょっ」

 魂だけの理恵は初めて里美を見て、驚いている。

「あなたが里美さん。どうも初めまして」

「私は初めてじゃないわ」

「いつもうちの丈二がお世話になってます」

「なによ、奥さんみたいに」

 二体の女性霊は睨み合った。

「おい、ケンカしている場合じゃないぞ。あそこに俺達の体が転がってる」

 理恵の体は丈二の腹に頭を載せて寝ていた。

「やだ、こんなところに寝て。私の体が風邪引くじゃないの」 

「王妃の霊が俺と戦ってエナジーを使い果たしたんだろ」

 丈二の魂は自分の体に飛び込み、勢いよく立ち上がった。枕がなくなった理恵は

頭を地面にぶつけ、顔をしかめながら起き上がった。

「あっ、お前達!」

「お目覚めですか、王妃様。あんたの侍女達は一人残らず消したよ。消した……て

か、もっと深い地獄に落とした」

「なんだと! よくもやってくれたな」

「あんた、早く私の体から出てよ!」

「やなこった。私にこの肉体をおくれ。もう一度生き直したいから」

 丈二は理恵の魂に耳打ちした。

「指輪をくれれば体をあげるって言え」

「そんな! 指輪より体のほうが大切よ」

「指輪を外せば憑依も解けるんだよ」

「そっか」

 理恵は自分の体を占拠している王妃に向かって言った。

「その指輪をくださるなら、私の体は差し上げます」

「指輪? この指輪は私にとってこの世で一番大切な物なのだ。簡単には渡せぬ」

「王妃様。あなたはその肉体を使って、これから新しい思い出を作っていかれるの

ですよ。悲しい思い出の詰まった指輪など、どうでもいいではありませんか」

「……それもそうだな。私はこれからこの体を使って、新たな人生を作る……古い

思い出に固執することは不要だ。よろしい、この指輪は記念としてそなたにやろう」

「ありがとうございます」

 理恵は指輪を受け取り、丈二に渡した。

「フフフ、これでもう呪いは解けたぞ」

「なに?」

 王妃が眉を寄せた次の瞬間、丈二の手の平から放たれた光線が彼女の顔面を直撃

した。

「ギャッ」

 悲鳴を上げながらのたうち回る理恵の体。

「さあ、王妃の霊よ。その肉体から離れよ!」

 丈二が命じながら光を放射し続けると、理恵の体はぐったりした。王妃の霊が出

ていったのだ。

 恐る恐る理恵の体に近づく丈二。

 ホラー映画では、たいがいホッとしたシーンで死んだはずの殺人鬼や怪物が起き

上って襲ってくるものだ。

 丈二は足先で理恵の脇腹をつついた。

 起き上がらない。

 手で顔面をぴしゃりとはたいた。

 無反応だ。

 次にスニーカーを脱ぐと、理恵の鼻先に近づけた。

 ピクリともしない。

「この悪臭に反応しないという事は、確実に王妃の霊は出ていったんだ。理恵、早

く自分の体に入れ!」

 理恵の魂はうなずき、吸い込まれるように体内に入っていった。丈二は彼女の体

を抱き起こすと頬をたたいた。

「しっかりしろ! 目を開けるんだ」

 理恵は薄目を開けると、つぶやいた。

「私、生きてる……」

 丈二は涙ぐんで何度もうなずく。

「もう大丈夫だ」

「ごめん、指輪持ってきちゃって……みんな私が悪いの」

「いいんだ、もう王妃はいなくなったから」

「怖かった」

 理恵は丈二にすがりつき、号泣した。

「もう大丈夫だ、安心しろよ」

 丈二が彼女の頭を優しく撫でていると、背後で「大丈夫じゃないぞ」という王妃

の声がして丈二は飛び上がり、理恵は仰向けに倒れて後頭部を打った。

「いったーい。何してんのよ!」

「だって、だって……王妃がまだいるんだ!」

 丈二が必死で指差す先には、赤い民族衣装をまとった王妃が薄笑いを浮かべて立

っていた。

「ああ、あの世に帰ったわけじゃない。娘の体から抜けただけだ。私の大切な指輪

はどうした」

「えっと……どうしたっけ」

 丈二はコンタクトレンズが取れてしまった学生のように地面にはいつくばって指

輪を探した。

 一面に草が生えている上に月明かりしか無いため、見つけにくい。

「これかな? ペットボトルのフタか。あった、これだ! ちげーわ、プルトップ

だ。これか? うわっ、犬のフンだ!」

「何をしている!」

 丈二は四つん這いで探しながら残念そうに言った。

「ありませんねえ」

「何言ってんだ! 肉体はもらえない、指輪も返してもらえないとなれば、成仏な

どできぬではないか!」

「そりゃそうでしょう、分かります分かります」

「分かるなら早く探せ!」

「分かりました……おかしいなあ、遠くに飛ばしちゃったのかな」

 丈二は一生懸命探しながら半分あきらめている。

「なんで女ってもんは指輪ごときに執着するのかなあ。マジくだらねえ」

「何か言ったか」

「いえいえ、もうちょっと待ってくださいねー、今見つけますから……」

「バッカみたい」

「お前も探せよ!」

「私は目が悪いの」

「手で触れれば分かるよ!」

「嫌よ、犬のフンをつかんだらどうするの」

「知るか! こうなったのもみんなお前のせいだろっ」

 丈二の剣幕に驚き、理恵は仕方なく自分も探し始めた。

「あー、探し物が見つからないってマジ時間のロスだ。俺は大っ嫌いなんだよ、探

し物ってやつが!」

 キレてしまったらしい丈二に王妃もおとなしくなった。

「あった、これか!? 違うな、また犬のフンだよ。飼い主はちゃんと持ち帰れ!」

「そなたの言うことは正しいぞ」

「るせー、あんたも探せよ、自分の指輪だろっっ」

「はい」

 二人の高校生と一体の不成仏霊は草むらを掻き分け、時々犬のフンをつかみなが

ら指輪を探し続けた。そして一時間が経過し、三人があきらめかけた頃、ようやく

丈二が指輪を見つけた。

「あった! あったぞ、僕の胸ポケットの中に!」

 指輪を掲げた丈二は、理恵と王妃に後頭部を殴られた。

「いってー、二人で殴らなくてもいいだろっ」

「さあ、その指輪をララキの岩の宝石箱に返して参れ」

「はあっ!?」

 丈二が飛び上がる。

「理恵がもう一度岩に登って返してくるのじゃ」

「はあっ!?」

 今度は理恵が飛び上がる。

「当たり前だろう、盗んできた物を元に戻すのは! 戻さない以上、私は一生お前

達に取り憑き、災いをなしてやるからな」

「はあ~~~~~~」

 丈二と理恵は仲良く同時に溜め息をついた。

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