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第4章 その44 静脈を流れる血よりも昏い瞳(修正)



          44


 あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、アイリスであると同時に、21世紀の東京に生きていた月宮有栖の記憶を持っている。


 有栖は十六歳の誕生日の前日に死んだ。

 だから今のアイリスは六歳だけど、意識の上では二十二年、生きている計算になる。


 ところが精神年齢は二十二歳かというと、そうじゃない。

 あたしのもう一つの前世である21世紀のニューヨーカー、イリス・マクギリス嬢に言わせれば「有栖とアイリスを足して二で割ったくらいの精神年齢」だという。

 つまり身体の年齢に引きずられているということらしい。


 今、六歳のお披露目会場にいるあたしの悩み。

 それは、エステリオ・アウル叔父さまのこと。


 許婚で。

 ずっと前から見守ってきてくれた人で。そして、あたしの前世、月宮有栖つきみやありすの、初恋だった人みたい。

 ……それって、すごくない?


 いろいろ考えていると、頭がパンクしそうになる。


 いつか結婚するんだわって考えたり。

 でも、その前に魔法使いになるために、公国立学院に入らないといけない。お父さまのお話だと、九歳になったら学校に行くことになってるの。

 通学なのか、寄宿生になるのか?

 カルナック師の講座って?

 悩ましいわ。

 でも、まだ三年先のことなのよね!


 お披露目の晩餐会にいるんだけど、さっきから同じことをぐるぐる考えてしまっている、あたし、アイリスなのです。


「何を考えてるんだい、アイリス」

 あたしの隣に座ったエステリオ・アウルが、話しかけてくる。

 さっきのキス事件に対するコマラパ老師の説得が上手だったのか、あたしとアウルは並んで座ることになったのです。

 表向きは、許婚である魔法使いとして、一番近くにいて、あたしを守るために。


「指輪のことなの」

「うん? どうかした?」


「今回は、わたしの前世の名前だけでしょ? 次はイリスや、アイリスの名前も刻印する?」

「来年の誕生日に贈る指輪からは、そうするつもりだよ。今年のは、あまり沢山の文字が入れられなくて」


「ああ。指輪のサイズが小さいからなのね」

 だってまだ六歳だものね!


「全員の名前を入れる。英語にしたのは、他人には知られたくないからさ。きみの名前も、アイリスやイリスのことも」

「深い考えがあってのことなのね。わかったわ。考えていてくれて嬉しい!」

 あたしは笑顔になった。

 そしたら、叔父さまも、それまでどんな難しい顔をしていても、笑顔になってくれるの。

 あたし、今、幸せだわ。

 お父さまとお母さまにも親孝行をして。エステリオ叔父さまの健康にも気をつけて。

 ずっとこのままでいられるって、あたしは、思ってた。


 まだ、このときまでは。



 ご挨拶してくださるお客さまたちの流れも、ようやく落ち着いてきた頃。


「ほうほう! これがわしの初孫か! さっきはよく見られなかったが、あらためて見ると、なかなかの器量よしじゃな。アイリアーナにも良く似ておる」


 突如、災厄は向こうから歩いてやってきた。


「先代! 何の用です。孫の顔を見たら、満足でしょう。もうお引き取りください。妻にも親しげに名前で呼びかけたりしないでください。前にも言ったはずです」

 お父さまが強い口調で、お爺さまを拒絶する。

 左隣に座っていたお母さまは、あたしの手を取った。握っているお母さまの手は、細かく震えていた。

 右隣にいるエステリオ・アウル叔父さまは、今にも席を蹴って立ち上がりそうな勢いで、身構えている。


「先代。あんた懐にサウダージ産の魔術道具を持っているな。公国では所持するだけで捕まる禁制の品だぞ!」


 近くに控えている魔法使いたちの注意を促すために、叔父さまは声を荒げた。

 ティーレとエルナトさんが、すぐに駆けつけてきた。


「だが、おまえたちは何も知らん。そこのエステリオ・アウルは、ただの絞りかすじゃ。わしの可愛い初孫を、任せられると思っているのか」


「なんのことです、先代」


「はてはて。これ以上つっこんで言ってもなあ。許婚は必要なんじゃろう」


「ヒューゴー、あなたは逮捕されている。自由に動けるはずはない。どうやって、ここに来たんだ」

「確かに捕縛したのに!」

 エルナトさんとティーレは、あたしたちのテーブルと、お爺さまの間に割って入った。


「身代わりくらい、いくらでも用意しとるわい」

 お爺さまは胸を張った。

 自分から告白するなんて、どういうつもり。自信過剰なの?


 不穏な空気を背負って、おじいさまはやってきた。

 呼吸するように自然に悪意をはき出す生き物もいるんだって、あたしは知った。


「身代わりねえ。よくできてたよ。何人用意してるか知らないけどさ。片端から捕まえれば済むことじゃん?」


「ほう。生きの良いメイドじゃな。わしの館に来んか。優遇するぞ」


「バカか、くそじじい! お断りだよ!」

 ティーレが怒ってる。長いプラチナブロンドが、逆立ってる。銀色の炎みたいだ。

 すると、懲りないお爺さまは、にやりと笑った。


「反抗的なメイドに言うことを聞かせるのも、面白い趣向だからな」


「もういい! 外道! 黙れ!」

 ティーレが行動を起こした。


 素早くお爺さまの懐に飛び込んで、胸もとから何か小さなものを掴み出して、エルナトさんに投げる。

 それは黒いもやのようなものを吐き出しながら空中を飛び、待ち構えていたエルナトさんが、手を触れることなく、その魔術道具を、宙に固定した。

 それから、おもむろに、たぶん封印か何かの魔法を施しているのだろう、黒い袋の口を開いて、魔術道具を放り込み、口を閉じた。


 ティーレの方は、魔術道具を抜き取った後、すぐにお爺さまの下腹部に強烈な蹴りを入れていた。


「ごわぁ! げぶっ」

 気持ち悪い呻きを発して、お爺さま……だったものが、腰を曲げて床に倒れ、うずくまった。


「もう顔が変わってる! こいつもヒューゴーじゃない!」

 ティーレが、予想していたように、苦い顔をした。

「顔が崩れてる……硫酸でも浴びたみたいに」


 そのとき、広間の中央のほうで、大きな、爆発音があがった。


「アウル! アイリスを守れ!」

 エルナトさんが叫び、ティーレと、前に踏み出す。


「待て。皆、持ち場を離れるな! 周囲を警戒しろ!」

 コマラパ老師が、二人と、その他にテーブルの警護を受け持っていた魔法使いたちを制した。


「カルナック! そっちは囮だった。すぐ戻れ!」

 切迫した声を上げた。


 そういえばさっきからカルナック様とリドラとヴィー先生がいない。

 マクシミリアンくんの件で片付けとかコマラパ老師が言ってた気がするけど。

 カルナック師も、今ここにいてくれたら。どんなに心強いか。


「こっちへおいで、アイリス」

 エステリオ・アウル叔父さまが、あたしの耳元で囁いて。

 席を立って、あたしを抱き上げて、胸に顔を埋めさせる。

 視界が塞がれる。

「また、あたしに事件を見せないつもりなの? そんなのだめよ、みんな、あたしたちを守って戦ってくれてる。あたしは何が起こっているのか知りたいわ!」


「……知らないほうが、よかったのに」


 降ってきた囁きは。

 確かにエステリオ・アウルの声なのに。

 その声に込められた感情は。意思は。

 ひどく冷たく響いて。


 思わず顔を上げた、あたしは。

 そこに、エステリオ・アウルの焦げ茶色の優しい目とは似ても似つかない、昏い赤に染まった、悪意の瞳を見た。


「セラニス……アレム・ダル!? なぜそこにいるの!?」

 魂の奥底の世界で。あたしを欺して捕まえた、赤い魔女。

 あるいは、くらい血の獣。

 セラニス・アレム・ダル。


「へえ。ぼくを覚えてたの? そういえば、きみの初めてのキスの相手は、ぼくだってこと、アウルにはショックだったみたいだなぁ。くくくくっ」

 静脈と流れる血よりも昏い、不吉な二つ目の月と同じ、暗赤色の瞳が、あたしを見下ろして。低く、笑った。


「エステリオ・アウルの精神的防御は強かったけど。崩すのなんか簡単さ。彼が後生大事に守ってきた、有栖を。壊してしまえばいいんだから」




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スピンオフ連載してます。もしよかったら見てみてくださいね
カルナックの幼い頃と、セラニス・アレム・ダルの話。
黒の魔法使いカルナック

「黒の魔法使いカルナック」(連載中)の、その後のお話です。
リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険(連載中)
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