第4章 その43 動脈を流れる血よりも赤く(修正)
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転移魔法陣に入るとき。
人は、不思議な幻を見ることがある。
マクシミリアンがふと気づくと、銀色の空間を歩いていた。
前方にいるのはカルナック師のはずだった。
だが今、彼の前にいるのは、背が高く、すらりとした美しい少女だった。
まとっているのは白い布地に青い小さな花を散らしたワンピース。ほっそりと薄い肩には生成りの亜麻のショールを掛けている。
豊かな黒髪がさらりと流れ落ちて腰まで覆っている。
少女は彼を振り向いて、澄んだ黒い瞳を、驚いたように大きく見開いた。
「こんなところにいたの? ずいぶん探しちゃったわ!」
嬉しそうに笑う、少女。
何の屈託もない笑顔がまぶしくて、彼は目を細めた。
「ずっと一緒にいるって約束した」
彼は少女に手を伸ばす。
少女は彼の手をとって、ぎゅっと握りしめる。
「本当ね? 忘れないで。……くん。わたしより先に死なないで」
「約束するよ。……さん。オレはずっと、一生、そばにいる」
けれども遠い約束は、遙かな昔に滅びた白い太陽の彼方に。
覚えているのは、泣いている彼女の顔。
「わたしより先に死なないって言ったのに……」
だから、今度は。今生こそは。
「オレはずっと、そばにいる。絶対に、あなたより先に死んだりしないと誓う」
未来永劫に。たとえ死んで魂が消滅したとしても。
あなたのそばを、離れない。
※
銀色の道を通り抜ける。
次の瞬間、わっ、と、周囲の喧噪が耳に飛び込んでくる。
膨大な音の情報。
膨大な映像。
通常の床に足をついた瞬間に、いきなり感じる、自らの体重。
現実の肉体。
こらえきれずに体勢を乱して床に膝をついた。
「マクシミリアン! だいじょうぶか」
差し伸べられた、白い手。
彼は顔を上げる。
憧れる人の、彼にしか見せない優しい顔が、目の前にある。
「はい。だいじょうぶです。カルナック様」
「様はいらない。名前で呼びなさい」
「はい!」
カルナック、マクシミリアン、リドラ、ヴィーア・マルファは。
魔法陣を通じて、会場の裏手に設けられた控え室に出た。
会場から、騒ぎが聞こえてきたが、やがて、しんと静まりかえった。
会場とついたてで仕切られた控え室から出てすぐのところに、アイリスたち、ラゼル家一同のテーブルが設置されているはずだ。
ついたてを避けて、会場に入る。
その瞬間、そこで見た光景に、血が凍った。
ラゼル家の当主マウリシオと妻アイリアーナは、テーブルの脚の方に倒れていた。
駆け寄ろうとしたリドラを、カルナックは制した。
(声を出すな。不用意に動くな。気づかれる)
見ればまわりには、コマラパ老師、ティーレ、エルナト、魔法使いたちがことごとく倒れている。全員がぴくりとも動かないため、生死のほどはわからない。
招待客たちも、皆が倒れて、気を失っているのか死んでいるのかも定かではなかった。
奥のテーブル席にはアイリスとエステリオ・アウルがいるはずだった。
だが、そこにいたのは。
血よりも赤い髪を逆立て、暗赤色の瞳をした背の高い青年が、アイリスを両手で持って高く掲げていた。
それは、エステリオ・アウルの体つきや容貌をそのまま写し取ったかのような、色合い以外はそっくりな姿をしていた。
「離して! アウルはどこなの!」
アイリスが叫ぶ。
「だめだよ、捕まえた! 有栖。アイリス。きみはもうぼくのもの」
赤い髪と暗赤色の瞳の青年が、晴れやかな笑い声をあげた。
「だってこの身体は本来、ぼくのために用意されていた空っぽの器だったんだから。エステリオ・アウルが四歳になったときに、念入りに魂を壊してもらってね!」
次話では、アイリス視点で、少し時間を遡った時点から、始まります。




