第4章 その42 カルナック師と精霊火(修正)
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ダンテとマクシミリアン、カルナックとリドラ、ヴィーア・マルファは、館に密かに設けられた隠し部屋の一つに転移した。
アイリスのために用意しておいた、例の子ども部屋ではない。
窓もなく出入り口もない、がらんとした空間である。
入り口に近い床には転移用の魔法陣。部屋の中央には拘束用に、外部に影響を与えないための魔法円が描かれている。
天井には、魔法の灯りが輝いていた。
ダンテは中央の円の中に置かれた。
魔力での拘束に加えて物理的にも、鎖で縛られている。
「この人、魚臭い! サウダージ産の魔道具を持ってます!」
円から充分に離れたままで、リドラは、くんくんと鼻をうごめかし、ものすごく嫌そうに声をあげた。
「やっぱり! 凶暴そうな面構えだと思ったぞ!」
なぜか嬉しそうに腕組みをし、ぽきぽきと指を鳴らしながらヴィーア・マルファが不敵に笑う。
「すみません、父がすみません」
マクシミリアンはまだ八歳なのに父親のために頭を下げた。
「良いところもあるんです。エドモント商会も、我が家も、父がいないと、どうなってしまうかわかりません。殺さないでください。父に償いをさせてください」
「そうしてあげたいけれどねえ」
リドラが彼の服の袖から、怪しい魔術具を見つけ、取り去った。
「こういう動かぬ証拠があると、無罪放免は無理だわね」
「おい、なんだそりゃ」
「気がついてなかったみたいですね。所持するだけでも法に触れる品ですよ。サウダージ産の、闇属性の魔術具。うわ、すっごい嫌な臭い! 没収!」
魔術を遮断する機能を備えた物入れに、放り込む。
「まず聞こう。ダンテ。誰の指令で動いた? 最初からか? 禁止されているにも関わらず酒を持ち込み、マクシミリアンが誤って飲んでしまうように仕向けた。そこからすでに計画の一部だったというのか?」
一人用の椅子に腰掛けたカルナックが詰問する。
師の両脇にはリドラとヴィーア・マルファが立っている。二人とも、面白そうだからと志願したことはカルナックには内緒だ。
ダンテには尋問の相手は三人だと思えただろうが、ここには魔法使いたちの『目』『耳』も来ているから、監視の相手は十数人いるのだ。アイリスの護衛は最重要案件なので、こちらに割ける人数は四分の一ほどである。
魔法円の中に置かれたダンテは、拘束されて、ふてくされ、あぐらをかいている。
「計画? 何のことだか知らん。誰の命令も受けてねえ。オレは独立独歩なんで。誰とも繋がってねえよ」
「反抗的ですわ~、可愛くないです。ちょっと野性的でいい顔してるのに態度は残念な男だと記録します」
リドラは趣味で調書作成を担当していた。
「他商会との繋がりについては調査済み。彼の供述には裏がとれてます。かなりの一匹狼というか、敵が多すぎ。もっとうまく立ち回るべきなのに、考えなしですね」
男性に容赦ないヴィーア・マルファが取り調べ担当なのも適材適所かもしれない。
「なるほど。ではなおさら首都や魔導師協会の情報は、喉から手が出るほど欲しいことだろうな。だがダンテの提案は現実的ではなかった。私と接触して周囲に怪しまれないわけがない。愚か者め」
カルナックは、すこぶる残念な性格だった。
ダンテは頭をかかえる。
「いろいろと察しがいいのに、なんでその方面は鈍いんだよ。損得じゃない。情報が欲しいわけでもない。オレは惚れたんだ! あんたが男でも女でもいいと思った。それだけだ」
「なんか本気みたいですけどぉ。本気で、師匠が男でも、構わないのかな?」
興味が湧いてきたようで、リドラが突っ込む。
「そういえば、ダンテのいる地方では、男娼も多かったな。あれは地域性か? おまえも、そうなのか。妻のほかに男性の愛人がいたりするのか?」
これはヴィーア・マルファ。
「いねえ! オレは、めったに愛の告白したりしねえっつの!」
「はいはい。たまにいるんですよね、自分に気があるとか勘違いして告白してくるヤツ。師匠は何にも考えてないのにね」
リドラは動じない。
「その件は初耳だ」
驚いたように言うカルナック師に、リドラはため息をつく。
「逐一報告してますよ! 報告、連絡、相談しろってティーレがうるさいから。師匠が、こまかいことを覚えていないだけです」
そうだったかなと人ごとのようにカルナック師は頷く。
「では、ダンテ。おまえは真実、何も企んではいないのか」
「企みだ? なんのことやら。ただ、惜しいな。これで、あんたとは、もう会えないってことだろ?」
やけくそのようにダンテが吠える。
「何を惜しいのかわからないが、ダンテはマクシミリアンの父親だ。彼との親子の縁が無くなることはない。門下生の親としてなら……」
「そういう意味じゃねえよ! オレは、あんたのことが」
なおも言いつのろうとするダンテに、耐えかねたように飛び出してきたマクシミリアンが、恥ずかしそうに、止めに入るのだった。
「父上! やめてください! 女神のごとく貴きお方を恋愛対象になど!」
「師匠、この父子、ちょっとおかしいです」
リドラは調書を筆記する手を止め、肩をすくめる。
「ダンテという人もマクシミリアンも、どっちもどっちとしか思えません。恋は盲目って言いますけどね」
「恋? はあぁ。そういうことか」
やっと得心がいったようにカルナック師も「はあ」と吐息をもらす。
「ダンテ。さっきも言ったが、わたしは少しばかり普通ではない。これは、最近の弟子達には、見せていなかった」
窓のない密閉された空間である。
光っているのは床に描かれた転移用の魔法陣と、ダンテを閉じ込めた円。そして空中に浮いていた魔法の灯りだった。
カルナック師は、右手をかざし、魔法の灯りを消した。
光っているのは床の魔法陣だけのはずだった。
しかし、闇の中に、別の光源が現れたのだ。
ぼうっと青白く光る、人間の頭くらいの大きさをした光の球だった。
それは、カルナック師の身体を覆っていた。むしろ、カルナックの身体からにじみ出て、周囲をふわふわと漂い、再びカルナックの身体に吸収されていくように見えた。
「なっ! なんだこりゃあ!」
ダンテは腰を抜かした。
「『精霊火』じゃねえか! おっかねえ!」
多くの人々は、熱を持たない青白く光る球体、『精霊火』を、ひどく恐れている。
『精霊火』は自然現象だ。
このエナンデリア大陸では『精霊火』が集まって広大な光の河を形成して流れていくさまが、よく見受けられる。これは精霊の魂の姿であると言われているのだ。
部屋に突如として出現した精霊火の数はどんどん増していき、がらんとした部屋の中は『精霊火』の青白い光で昼間のように明るくなった。
「恐ろしいか? ダンテ。この精霊の光が」
感情を見せない静かな声で、カルナック師は言った。
その身体は、無数の『精霊火』に包まれている。
「これが、私の中にあるものだ。この身体は、人のように見えていても、人ではない。むしろ精霊に近い。……だから」
夥しい数の『精霊火』は、やがてカルナック師の中へと収束していく。
カルナック師は、再び手をかざして、天井に、魔法の灯りをつけた。
「この『精霊火』が恐ろしいなら、私のことも、恐ろしいだろう? 見た目はどうあれ、中身は人間ではない」
カルナックは、穏やかに微笑んだ。
「さっきも忠告したが、このようなものには、手を触れないがいいのだ」
ダンテは答えない。
ただ、魔法円の中で、じっとうずくまるのみだ。
マクシミリアンもまた、愕然として、言葉もなく立ち尽くしていた。
「悪かったな、マクシミリアン。私はこの通りの存在。精霊の領域に片足を突っ込んでいるようなものだ。今からでも、嫌なら騎士にならなくとも……」
「いいえ!」
衝撃が大きすぎ、驚くばかりだったマクシミリアンは、懸命に声をあげた。
「カルナックさん。あなたは、死ぬはずだったおれに、命を与えてくれた。持って生まれた魔力も無く死ぬしかなかった、おれに魔力を与え、あなたの騎士だと、言ってくれた。おれは……あなたの恩義に、この命をかけて報いたい」
「師匠! 分析班から緊急報告が来ました!」
リドラが叫ぶ。
カルナックはリドラから渡された報告書に目を通した。紙に書かれたものではない。空中に、卵形の半透明な物体が浮かび、表面に記した文字を投影する。
「ダンテ。おまえが持ち込んだ、マクシミリアンが誤って飲用した酒の瓶を調べさせた。毒が混入していた。一見、悪酔いが過ぎて死んだと思わせるような毒物だ。おまえは毒殺されるところだった」
「なんだと!」
それはダンテにとって寝耳に水だったようだ。
「飲んだのがマクシミリアンで幸いだった。成人男性なら、その場で倒れてもすぐには死なない程度に調整されていた。飲んだのが子どもだったから、すぐに生命の危険に陥り、私が助けることになったのだから」
幸か不幸かと。皮肉な口調で言う。
「それを幸いだったとは思えん。息子が死んでいたかもしれん」
「だが、会場から帰った後でダンテが死んでいたら、マクシミリアンもエドモント商会もどうなっていたかわからないだろうな。やはり、不幸中の幸いだった」
「……礼を言う。あんたは息子の命の恩人だ」
「しかし、私が迷惑を受けたのは確かだから償ってもらおう。マクシミリアンは、魔導師協会がもらう。すでに、私の騎士になってくれると、誓いを受けた」
「ちっ。息子に負けたかあ……」
心底がっかりしたように言うダンテだった。
彼の前に、マクシミリアンが立つ。
「父上。カルナックさんは、死にかけていたおれに、自分の命を削って分け与えてくれたんだ! だからおれは、この人を守る。恩義だけじゃない……この人が、好きだから」
「マック。お前はいつの間にか、オレの手を離れていたか……」
「あら~、いい話じゃない!」
リドラは感激していたが「命を削ったって……また無茶しましたね!」とカルナックにくってかかった。
それにはきょとんとしていたカルナックだが、急に、表情が引き締まる。
「コマラパから連絡があった。審議はここまでだ。晩餐会場に戻る! リドラ、ヴィー!」
「はい!」
「承知いたしました」
「何かあったのか?」
ダンテの問いに答えたカルナックの表情は、ひどく苦いものになっていた。
「我々は晩餐会の会場に戻る。ダンテ! おまえが、おとりだった! 我々の力を分散させるのが狙いだったのか。誰かが意図して、このように仕向けたのか。おまえはここにいろ。何ものかの影響を受け、行動を操られている可能性がある。後で、あらためて徹底的に調べる。それまで動くな」
「なんだと! オレが、誰かに操られていた!?」
「確かにおかしいです師匠。会場で最初に見たときには、あのダンテには禁制の闇の魔術具の臭いはしませんでした。後から、晩餐会の会場で、何者かに渡されたか、押しつけられた可能性があります。毒殺されていた可能性も大きい。黒幕がいるとしたら、まるで、そいつが、どちらに転んでも面白いと思ったかのような」
リドラも記憶をたどり、不審な点に気づいた。
「まるで子供のいたずらです。破綻していますが」
「今は真偽を確かめる時間が無い。後で行う」
「カルナック様!」
転移の魔法陣に向かうカルナックに、マクシミリアンは手をのばした。
「おれも行く! おれは、あなたの騎士で、アイリスさんの護衛だ!」
「よし。覚悟があるなら、ついておいで」
カルナックはマクシミリアンの手をとった。
転移の魔法陣が、まばゆい銀色に輝いた。
あとに残されたダンテは、大きくため息をつくばかりだった。
天井の魔法のあかりは残されているので、真っ暗ではない。
彼には、ただ、待つしかなかった。
「マック。頑張れよ。おれはろくでもない親父だったが、おまえは」
自慢の息子だと、ダンテは一人、つぶやいた。




