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転生幼女アイリスは、異世界の女神様に人生やり直させてもらってます  作者: 紺野たくみ


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第4章 その41 永遠の愛を刻んだ婚約指輪(修正)



          41


 ガタン、という大きな音。


 強力な魔法が放たれたことによる目映い光と熱と風の波動を感じた。

 けれどふしぎなことに、それはすぐにかき消えたのだ。


「何があったの、叔父さま」


「アイリスはそこを動かないで! 兄さん、義姉さんも!」

 エステリオ叔父さまが、あたしの視界を遮り、前に立つと、あたしを素早く抱き上げた。そのまま、あたしの顔は叔父さまの胸に押しつけられた。


 ……何も、見えなくなった。


「どうしたの? ねえアウル」


「いや、アイリスが見るまでもないことだ」

 おかしいわ。

 明らかに激しく動揺しているのに、あたしには、マクシミリアンくんのテーブルの方を見せないつもりだ。


 けれど叔父さまが視界を塞いでも、耳は音を拾う。

 人々の喧噪。騒ぎ。


「だれか、けんかしてるの?」


「気にしないでいい」


 エステリオが、あたしの目を見た。影になっているから、いつもの、明るい焦げ茶の瞳じゃなくて、暗い翳りを宿しているように見えた。

 この人……

 すごく不安になってる。

 以前よりも、あたしにはエステリオ・アウル叔父さまの感情が、はっきりと伝わってきた。婚約したせいなのかな。あんなにきちんと契約して指輪も交わしたわけだし。


「どうしたの。こわいの? アウル」

 思わず、口をついて出た言葉に、自分でも驚いたけど。

 それを聞いた叔父さまは、ふっと目を閉じて。

 顔を寄せて。キスをした。こんどは、唇に。


「おい!?」


「エステリオ!?」


 お父さまとお母さまが、驚いて立ち上がる。


「婚約したと言ってもアイリスはまだ!」


「早すぎますわ! はしたない」


 両親があたしを守ろうとしてくれているのは、とても嬉しいのだけど、あたしは答えることができない。

 唇を塞がれているから。

 それにキスはだんだん激しくなって、息もできないくらい。

 まだ、舌は入れてきてない。


 ここで踏みとどまって欲しいのです、叔父さま。

 だって。両親が見ているのよ!


 どうして不安なの。こんなに近くにいるのに。今まででいちばん。


 ああ、そうだわ。

 エステリオ・アウルは、自分の四歳のお披露目会の晩餐会で、誘拐されたんだ。

 魔法使いの人たちが記憶を操作して、辛い記憶は消したとティーレとリドラは言っていたけれど。

 それでも、事件が大きかったから、何もなかったことにはできず。

 誘拐未遂事件が起こったということになっている。

 アウルは、自分が誘拐されかけたと、記憶している。

 今と同じような、お披露目の晩餐会で。

 不安にかられたり、精神状態が不安定になっても、無理はないことだった。


 それは、理解したけれど。

 でも、こんなキスは、イヤ。まるで不安を紛らわせるためみたいで。

 悲しくなってしまう。


 やがて、名残惜しそうに彼は、唇を離した。

「……ふ」

 あたしは抗議したかったけど、身体が動かなくて。

 そのかわりに、涙が、こぼれた。

「なんでこんなことしたの?」


 叔父さまの唇が、あたしの涙を、吸い取る。

「すまない、わたしの、イーリス。わたしの、虹」


 エステリオ叔父さまの囁きは、一番近くにいたあたしにしか聞こえなかっただろう。

 いつも、そう呼びかけてくれた。あたしが怖い夢を見て泣いていたら、子供部屋に来て、それは夢だから、大丈夫だって、安心させてくれて。

 やっぱり、この人のことが、大好き。


 あたしたち婚約したのよ。今までより距離が近づいたの。

 エステリオ・アウルの不安は、あたしが側にいて、解消してあげたい。婚約を誓うために指輪だって交わした。

 左手の薬指に、エステリオ・アウルがはめてくれた、あたし、月宮有栖つきみやありすの誕生石、エメラルドの指輪。あたしはそれをじっと見つめていて、ふと、気づいた。指輪のリング部分に、細い小さな文字が彫ってある。それは、こう読めた。


 To Alice Tsukimiya from Kiliko Saijyo with eternal love


 英語だよ! しかもなんて恥ずかしい愛の言葉!

 永遠の愛だなんて。

 小さいリングに、よくこれだけの文字数が刻めたわね。魔法で彫ったのだろうけど。

 頬が、熱くなった。耳まで。

 たぶん今、あたしはすごく顔が赤くなってるはず。


「あの、あの、叔父さま。あ、ありがとう……誕生石の指輪だなんて、嬉しい。指輪をもらったの、前世でも経験がなくて」

 うまく思いをあらわせなくて、でも黙っていると叔父さまが次に何を言うかと考えると顔から火が出そうで、じっと待っていられなくて。

「キリコ・サイジョウ? これは、もしかして叔父さまの前世の名前なの?」


「うん。今まで言いそびれてた。キリコなんて女の子の名前みたいだって、前世でよくからかわれてたし……」


「そんなことないわ。すてきな名前……」



 そのとき、ふいに、何かが記憶の片隅から浮かび上がってきた。

 五月の陽光。若葉の輝き。涼しい風が吹き抜ける、吉祥寺の高架駅のホーム。懐かしい光景が。あたしと紗耶香と……それから。

 向かい側のホームに、誰かがいたの。



「……あたし、知ってた……吉祥寺駅のホームで、学校帰りに、あなたの名前を聞いたことがあるわ。あなたも友達といたでしょ? 大きなギターケースを持ってた、金髪の男の子が。隣にいた高校生の男の子に呼びかけてた。キリコって、あの男の子の名前なんだなって思ったの……そういえば、前に見た叔父さまの魂の姿に似てたわ」


有栖ありす……! きみも、僕を見てたのか?」


「ええ。たった今、思い出したわ」


 エステリオ・アウルは、あたしを勢いよく抱き上げた。

 そして、キスをする。

 乱暴でも、不安から逃げたいがための衝動からくるものでもなく。魂と魂の触れ合いのような、深くて優しいキスだった。

 ファーストキスって、きっとこんなのだろうと、前世で高校生だったあたしがイメージしていたみたいな。憧れの、キス。


「だいすき。エステリオ・アウル。キリコさん。あたし、前世でもっと長く生きていたら、きっと、あなたのこと、好きになっていたわ」


「ありがとう、有栖ありす。アイリス。今世では、きっと、きみを守る」


「あたしも!」


「うおっほん!」

 突然、大きな咳払いが聞こえてきて、あたしとアウルは、二人だけの世界から引き戻されました。

 我に返ると、ちょっと恥ずかしい!


「お取り込み中すまんな。ご両親が驚いて固まっておられるようだが。わしからフォローしておこうかの?」


「は、はい、お願いします」

 慌てて、アウルは、椅子の上に、あたしを降ろして、座らせた。


(あれ? フォロー? コマラパ老師も『先祖還り』なの?)


「そ、そういえば、マクシミリアンくんのテーブルで、何か騒ぎがあったのでは」

 恥ずかしさを紛らわすために、あたしはコマラパ老師に尋ねた。


「そちらの方は大丈夫じゃよ。リドラを向かわせたし、ヴィーも応援に行って、片付いたようじゃ」


 あたしたちの「取り込み」中に、さっきの騒ぎは収まったらしい。


 マクシミリアンくんたちがいたテーブルには、誰もいなくなっていた。

 お料理を盛り付けた皿と、三人分のグラスが残っているだけ。


 しばらくして、たぶん彼の家の使用人らしい男の人たちがやってきて片付けをしてる。


 いったい何が、あったのかしら。

 でも、あたしの心のほとんど全てを占めているのは、エステリオ・アウル叔父さまと、前世の姿。キリコ・サイジョウさんのことだった。



 ……キリコ!


 そのとき、あたしの意識の深いところで、誰かが叫んだ。

 でもそれが何なのか、あたし、月宮有栖には、よくわからなかった。




指輪について。有栖ありすは前世の記憶で、五月の誕生石、エメラルドとして見ています。

この世界では、翠玉石(すいぎょくせき、エスメラルド)と呼ばれています。

石言葉は、幸運、希望。

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