第4章 その37 カルナック様の気まぐれ(修正)
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ヴィー先生やエルナトさん、エステリオ叔父さんたち、魔法使いの人たちは先に会場に入っていった。
あたし、アイリスは、お父さまとお母さまと手をつないで、広間に入っていく。
とたんにお客さまが歓声をあげるので驚くけど、お茶会のときと同じなんだと考えて、平静になるように気持ちを落ち着ける。ティーレとリドラもいる。他の魔法使いたちも、ここにはいるんだもの。
だいじょうぶ、こわいことなんかない。
あたしたちは家族のテーブルにつくことになっている。
そこで、いつものように晩餐をすればいいだけだもの。
「お集まりいただきましたみなさま。どうか今後ともご指導ご闊達のほどをお願い致します。今夜は、ごゆるりとお楽しみください」
みなさんにお父さまがご挨拶して。
あたしたちがテーブルにつくと、ほかのお客さまたちもそれぞれのテーブルに向かう。
お客に顔を見せる向きで、あたしの左にお父さま、右にお母さまが座る。
そして、エステリオ・アウルは、お父さまの隣に座った。
このテーブルには給仕さんが料理を運んでくれる。
お客さまたちには、広間の何カ所かに置いた大きなテーブルにたくさん盛り付けてあるいろんな種類のお料理を、好きなものを好きなだけ取って食べていただくの。
ご招待したお客さまたちがいろんな地方から来た商人で、食べ物や調味料の好みも大きく違うから、こういう自由なやり方を考えたのだって、お父さまが言っていた。
やっぱりお父さまってすてき。
晩餐会の前に、お祈りを。
夜の祈りは、この世界の最高神、真月の女神イル・リリヤさまに捧げる。
お父さまが教典を出して左手に置く。
「広大なる虚ろの海を渡り闇夜を照らし出す、夜と死の眠りを支配される御方。死者と咎人と幼子の護り手、白き腕の真月の女神イル・リリヤ様。その御名により永遠の守護を約束されし都で、皆様に我が娘アイリスの六歳の誕生日をお披露目できることを、感謝いたします」
お父さまのお祈りが終わると、再び、乾杯。
宴会はいよいよ盛り上がる。
温かいスープはコンソメからクリームシチューからブイヤベースなど何種類も。
肉や魚の種類も豊富で、調理法も、焼く、煮る、蒸す、衣をつけてフライにしたり、ムニエル、ソテー、さまざまなものが一度に並べられている。
お野菜も焼いたり蒸したり煮たり。
広間の中央に炭火を持ち込んで、その場で分厚いステーキ肉を焼き始めたり。
冷たいお菓子を作れる魔法の道具を使ったデザートも披露されたり。
ふわふわスポンジに生クリーム、赤くてきれいなベリー類を飾って。
飲み物はフレッシュジュース、お茶、発泡水、ワイン、それに晩餐会からは、シャンパンや蒸留酒の水割りやカクテルみたいなお酒も出るの。
みんな楽しそう!
特に、デザートは大人気みたい。
そしてもうじき。
エステリオ・アウルと、あたし、アイリスの婚約式。
魔導師協会の長と副長……カルナックさまとコマラパ老師が、婚約の証人になってくれるのだ。
けれど魔法使い達がざわざわしてる。
どうしたのと、あたしが聞くのはまずい。
めでたい席の主役だから。
「アイリス困ったことが」
風の精霊の補助を受けてティーレが囁きを届けてくれた。
「お師匠が、まだマクシミリアンのテーブルにいる」
……はい?
今の今まで、たぶん緊張でぜんぜん広間の様子を見ていなかった、あたしは。
ティーレに教えられて見た、広間の入り口近くにある、家族用のテーブルに目をやって。驚いた!
そこに座っているのは、赤みの強い金髪をした、あたしより少しだけ大きい男の子、マクシミリアンくんと、よく似た男の人、たぶんお父さま。
そして、長い黒髪と黒い目の、ものすごい綺麗な女の人が、食事をしていたの。
優しそうな美人のお母さまだなあ。マクシミリアンくんと一緒に、お料理を取りに行って、山ほど持ってきて、お父さまの前に、どん、と置いて。楽しそうに笑って。
……え?
あれが、カルナック師匠なの?
でもでも、魔法使いのローブじゃないよ?
漆黒のドレスだよ?
目も黒いよ?
「幻術だよ。ほんとはいつもの魔法使いのローブ。目の色も、幻だ」
……っていうか、あれ美女にしか見えないんですけど!
「ああ。そっちは、あたしにも謎だ……師匠は男……のはず、だけど、なんかもう自信ないわ」
ティーレの困惑が伝わってきた。
ああ。魔法使いたちがピンチです。
精神的に。




