第4章 その34 ツンデレな黒髪の貴婦人(修正)
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目を覚ましたときにマクシミリアンが最初に見たのは、横たわる自分を心配そうに覗き込む、カルナックだった。
さっきも、こんなことがあったと思い出す。
ああ、この人は、なんて優しい人なんだろう。
だいたい禁じられていた酒をラゼル家主催の茶会の席に持ち込んだのは父ダンテの仕業だし。それをまた間違って飲んだのは自分、マクシミリアンだ。
自業自得なのに。
倒れたマクシミリアンを、ずっと自ら付き添って診ていてくれたのだ。
それに、彼に魔力核を、生命を削って分け与えてくれた。
あれ?
カルナックさんが、泣いてる。
ぽたりと、あたたかい滴が一つ、頬に落ちて。
マクシミリアンを膝にのせて、心配そうに覗き込む、美しい人が。
「……か……お、り」
なぜその『音節』が口に浮かんだのかわからない。
けれどもそれは、ごく自然にマクシミリアンの口から出て空気に放たれる。
カルナックの、薄い唇が、わずかに開いて。
「よかった……」と、呟いた。
マクシミリアンはカルナックの膝に頭を乗せたまま。
「なんで、泣いてるの」
と、問いかけた。
「きみが、なかなか目を覚まさないから。心配したんだ。もうだいじょうぶだと思ったら、ほっとしたよ」
弟子達にも誰にも見せない顔で。ふと気を抜いたように、息をつく。
あなたのそんなところを見たのは自分だけなのかと、口にしていいのかどうか、マクシミリアンは密かに悩んだ。
「ここは、さっきのへや? だれもいないね」
「皆には出て行ってもらった。アイリスもアウルも晩餐会に出ている。もうお披露目は済んでいるから、魔法使いたちにびっしりガードさせてね。深緑のコマラパ老師もいるし。私がいなくても……」
「どうして」
マクシミリアンは右手を持ち上げて、カルナックの頬に触れる。
涙のあと。
「心配ないならどうしてそんな顔する?」
「?」
「悲しそうだ」
一瞬、虚を突かれたように、カルナックは目を見張って。
「ふふ。ふふふふ。あはははは」
こらえきれずに笑い出す。
「なんで、出会ったばかりの子どもが、私のことを見抜いてしまうんだ?」
「だって、ぼく……おれ。あなたのことが、わかるんだ」
マクシミリアンは、自分の心臓を指で差して。
「おれの、ここに。あなたが、いる。感じるから」
「ああ。そうだったね。私の命を削っ……じゃない。ええと。ごほん。面白そうだから、暇つぶしに、きみを使い魔にしたようなものなのだ! きみはわたしの騎士。もう決まったことだから、拒む権利などはないからな!」
ツンデレ?
ふと、なぜかそんな知るはずもない言葉が浮かんできて、マクシミリアンは自分自身に困惑した。
「カルナックさま。おれには言い訳なんてしなくていいです。さっきも言いましたけど、あなたの心は、わかってるから」
「……困ったな。それでは、わたしはどうしたらいいのかな。ずっとこれでやってきたものだから。今さら素直になれとか無理なのだ」
弟子達の手前もあるのだと、困ったように、ぶつぶつ言う。
「じゃあ。おれにだけは、とか?」
「……憎いことを言う。まあ、それも、一つの手だな」
ふふ、とカルナックは微笑んだ。
「だが、これはその、魔法使いたちには、特に私の弟子には、言うなよ」
マクシミリアンはひととき目を閉じた。
「はい。カルナック様。おれは騎士になります。まず、公国立学院に入ったら、あなたのところへ行きます」
「うん。そうか!」
カルナックは一転、破顔する。。
「よろしい。では、きみにはうちあけておく。これは秘密だぞ。ラゼル家のアイリス嬢は、九歳になったら学院に入らせる。マクシミリアンとは歳が違うが、アイリスは学年を飛ばして進級させるからすぐ同級生になる。学院にいる間の、彼女の護衛を頼む」
「ずいぶん無茶振りですね」
いろいろと驚くべきこれからの計画を、さらりと聞かされたが、マクシミリアンは今さら驚きを見せないことにした。
「カルナックさま」
マクシミリアンは、ゆっくりと身を起こした。その背中に、カルナックの黒いローブが掛けられていることに気づく。
(やっぱり優しい人だ)
そのローブを、ぎゅっとつかんで。
「誓います。おれは騎士になる。一生、あなたの側にいる。いや、未来永劫に。この魂が消滅しないかぎりは、あなたに仕えます」
真面目な誓いに、カルナックも真顔になる。
「受けよう。その誓いを。マクシミリアン……セレナンの女神に出会ったのだな。では、私がしたことを知っているのだろう?」
それは質問ではなかった。
ただ確認に過ぎなかった。
「女神さまが教えてくれた。あなたは自分の生命を削っておれに分けてくれた。だから、いつも、あなたを感じていられるのが、嬉しい。あなたが死ぬならおれも死ぬなら、悔いなんかない」
「だが、もしもマクシミリアンが死んでも、私は死ぬわけではないのだぞ?」
「でも、身体の一部を失ったように感じるんだよね?」
だったらそれは嬉しいと彼は照れたように笑った。
カルナックは、むっとして、その額を、ピン、と弾いた。
「あたたたたた!」
不意打ちのでこぴんは意外と痛かった。
「ばかもの」
カルナックは怒っていたのだ。
「私にそんな思いはさせるな。先に死ぬのは許さない。「はい」と言え。」
「は、はい!」
「もう動いてもよさそうだな。じゃあ、起きなさい。きみのお父さん、ダンテ・エドモントに約束している。必ず無事に帰す、とね」
カルナックが先に立って歩く。
扉の近くに、銀色の魔法陣が浮かび上がる。
「暇つぶしにいろいろ造ったんだ。魔法を持たない者には、使えない。この部屋に入ることもできない。これの基本は、私が前世で構想していたものでね……」
魔法の円の内部に入り、マクシミリアンの手を引いた。
「ともかくきみには、身体も魔力も知識も、徹底的に鍛えてもらうからな!」
「うう。が、がんばります……」
八歳にして将来の道が確定してしまった、マクシミリアンだった。




