第4章 その27 カルナックの魔力核を移植?(修正)
27
ティーレとリドラはマクシミリアンをソファに運んで寝かせた。
「師匠、もともと魔力をほとんど持ってない子どもに魔力核移植するなんて、しかも師匠の。チートっすよ……魔力で精製した剣を与えるとか、どんだけ無茶するんですか」
「今さら師匠に何を言っても無駄~」
「でもいいよね。実は羨ましいんだけど。師匠の魔力でできた剣だよ。彼はどういう子になるかな?」
「剣士? 魔法使い? 選択肢は増えたわね」
「信じられないわ。カルナック様。こんないたいけな子どもを」
「マクシミリアン自身の望みだ。目覚めたら、彼は今までにない巨大な魔力を得ているのに気づく。このエルレーン公国では、魔力が標準以下の人間は不利だ。この方が、将来のためには役立つさ」
アイリスの非難に対するカルナック師の返答は、言い訳のように響いた。
「本当に、それだけ?」
アイリスは納得できかねるようにさらに追求する。
と、カルナック師はいささかばつが悪そうに、
「……認めるよ。私も独り身が長いのでね。四百年か。きみたちを見ていて羨ましくなった。騎士の一人くらい、いいじゃないか? 本人も望んでいたし」
「マクシミリアンくんはカルナック様のこと『貴婦人』だと勘違いしてましたよね?」
「ささいなことだよ」
「そうかしら…」
「私はちゃんと明かしたよ。自分はエルレーン公国魔法使いの長カルナック、公国立学院魔導師養成学科の講師をしていると。フェアなつもりだよ」
カルナックはごまかすように咳払いをし、
「それよりアイリス。こっちにおいで。ドレスの皺を直してあげるから」
「ほんと? これ、きれいになる?」
「もちろん」
嫉妬にかられて暴走したアウルのせいで、アイリスがお披露目のために用意してもらった絹のドレスが皺になってしまっていたのだ。
「ほら。特にお尻と背中のほうが皺だらけだ。これではまずい。せっかく、きみの母上に婚約を許していただいたのに、弟子が不埒な行為に及んだということがバレては私の監督責任が問われる」
「す、すみません! わたしは……」
アウルは赤面していた。自分でも、さっきの自身の行動が信じられなかった。
「けしかけたのは師匠じゃないですか」
ティーレはアウルが気の毒に思えてきていた。
今に始まったことではないが五百歳越えの師匠カルナックは、退屈しのぎに弟子で、いや弟子でなくても、人間で遊ぶ傾向がある。
「まさか普段おとなしいアウルが、ライバル出現であれほど嫉妬に燃えるとは、意外だったな。これだから人間は面白い」
くくく、と小さな笑いをもらした。
「ふむ、ドレスの皺と、髪とティアラも酷いものだ。リドラも来て手伝ってくれないか」
「はい師匠」
ティーレには手伝えと言わないあたり、適材適所ということを心得ているカルナック師だった。
魔法使いの長と、弟子のリドラの手が、ドレスをさらりと撫でると、すっかり皺が消える。ティアラを外して歪みを直し、アイリスの黄金の髪に差し込む。
「さあ、すっかり元通りよ。可愛いわ、アイリスちゃん」
リドラが姿見を出して、見せてくれる。
白絹のドレス、小さな白銀のティアラ。豊かな黄金の髪も梳り、編み込みも元通りに。
「うわぁ! 嬉しい! ありがとう、リドラさんって、おとぎ話に出てくる仙女さまみたい!」
「あら、ありがとう。光栄だわ」
「わたしには? 一応、私はきみたちの婚約を整えた恩師だよ?」
「……ちょっと複雑だけど。だってカルナック様、アウルで遊ぶから。でも、わたし……エステリオ・アウル叔父様と許婚になれて、とてもうれしいです」
アイリスの声が、震えた。
「アウルを好きになっちゃいけないのかと、思ってしまっていたから……カルナック様。本当に、ありがとうございます」
「うん、『先祖還り』にありがちだけど、前世と、この世界、特にエルレーン公国やレギオン王国は、価値観や倫理観が違うからね。アイリス嬢。きみには幸せになってほしい。私は長く生きすぎたから……」
(不幸な人間はもう見たくないのだ)という言葉をカルナックは口に出さず、呑み込んだ。これは不吉な言霊だ。
代わりにカルナックは笑みを浮かべる。
「ゆくゆくは、きみたちの結婚の証人にもなるつもりだからね」
「き、気が早すぎますよ!」
アウルは慌てる。また茹でダコだ。この世界に蛸はいないけれど。
「もう! どこまで本気なんですか」
アイリスの白い頬にも、赤みが差した。
「アウルは先に出て。エルナトとヴィーア・マルファがいるから指示に従って」
ティーレとリドラが、床に描かれた魔方陣に魔力を流し、起動させる。
この隠し部屋は、魔法使いにしか出入りできない。
先に魔法陣に入ったエステリオ・アウルは、アイリスを振り返り、微笑んで、銀色の靄に包まれて消える。
「あ……」
ほんの一瞬、アイリスの胸に不安がよぎる。
消えていく彼の姿を追うように手をのばす。
「だいじょうぶよ、アイリスちゃん。わたしたちと行きましょう」
次に、アイリスを腕に抱いたリドラと、ティーレが、魔法陣に乗る。
「お父さまとお母さまが待っているわ。すてきなお支度を見せてあげましょうね。すごく喜んでくれるわよ」
「そうだよ。ローサとトリアさんたちもね。着いたらお茶会の会場だよ」
床の魔法陣が、再び銀色に輝いた。




