第4章 その26 マクシミリアンの炎の剣(修正)
26
「あちゃ~」
「師匠がまた、やらかした!」
「貴婦人と騎士て!」
「誰が貴婦人やねん!」
「言うな、殺される」
アイリスの身の安全を確保するため用意された非難部屋に、『目』や『耳』を飛ばして監視していた魔法使いたちは、一斉にパニックに襲われていた。
「ちょっと待って、カルナック様」
異議を唱えたのは、アイリスだった。
「何かな? 私は今、彼からの忠誠と献身の誓いを受けなければならないのだ。些末なことは後回しに願う」
「確認したいだけ。カルナック様、この部屋は、あたし、アイリス六歳のお披露目パーティーで、あたしとエステリオ・アウルが身の安全を確保するための控え室だったのよね?」
「ああ、イリス・マクギリス嬢。その認識で間違いないね」
「決して、魔法使いの長たるカルナック様が自ら、お茶会に参加してた招待客の息子さんを連れ込んだり、魔法耐性があるという希有な素質を見いだして面白そうだと思ったから誘ったり、将来は魔法学校に入って門下生になると誓わせる場所ではないのよね?」
「連れ込むなどとは人聞きの悪い。マクシミリアンは茶会で父親の酒を誤って飲んで具合が悪くなったから、安全な部屋で手当をしていたのではないか」
「あたしとアウルの安全確保のための部屋で?」
「エステリオ・アウルには、許可をもらったよ」
「お師匠さまから言われてアウルが断れるわけないでしょ!」
「そうなのかい? アウル」
「え。いえ……納得して許可はしましたが。今は後悔してますよ」
額にいやな汗をかきながら、アウルは答えた。
「まさか師匠が、そんな子どもを騎士に任命なさるとは思いませんでしたから」
まして、マクシミリアンという、その子どもがカルナックのことを貴婦人と呼び、敬愛を捧げると誓うなどとは。
「アウル、ムダよ。カルナック師のやりたいように、やるしかないんだもの」
アイリスはため息をついて、宥めるようにアウルの顔を撫でた。
「それにしても、面白いから、って理由で、何をやり始めてもおかしくない人だったのね」
※
「おれ、騎士になります。あなたのための」
マクシミリアンの目に、涙が、にじんだ。
「おれの、黒髪の貴婦人」
マクシミリアンには、彼自身は知るよしもないが根本的な勘違いがあったのだ。
「詐欺ね……」
さすがにこれは、と、リドラも目をむく。
「この子泣いてる! 涙が出てるじゃないですか師匠! 無意識に強制呪文に抗おうとして、涙が出るんですよ。そんな呪文、無効にしましょう!」
ティーレは必死である。
「その子は親御さんのところに返さないと」
「もちろん返すとも」
うわの空で答え、カルナックは、空中のどこからか鞘に収められた剣を取り出し、マクシミリアンに渡した。
「きみはもう、私の、たった一人の騎士だよ。その剣をどうするかは、きみに任せる」
「待ってください! 行かないで。あなたに剣を捧げます」
マクシミリアンは必死だった。
八歳にしては大人びているとカルナックは思う。かなり無理をして背伸びし、弟や妹がいるらしいが、その手本になろうとしている。
けんめいに、剣を鞘ごとカルナックに差し出そうとするのを、止める。
「それはまだ受けられない。きみが持っていなさい。私に捧げてくれるつもりなら……後でね」
いたずらっぽく片目をつぶる。
「もし魔法がもっと使えたら! そうしたら、いまでも、剣を受けてくださいますか」
「魔力がほしいの? 今すぐ」
「はい!」
「では、剣を」
大きく頷いて、マクシミリアンはカルナックから贈られた剣を、差し出す。
その剣を受け取ったカルナックが鞘を抜き放つと、炎が燃え上がった。
炎に包まれた剣は、そのまま、マクシミリアンの胸に突き立った。
一瞬の驚きと、そして陶酔とが、少年の顔に浮かぶ。
マクシミリアンが床に倒れ込む。
炎の剣を抜き、覆い被さるようにしてカルナックは少年の頬に手を当てた。マクシミリアンは、ぼんやりと目を開ける。
「私の魔力で作り出した剣で、きみの胸に魔力の核となるものを埋め込んだ。この後しばらく眠りなさい。目が覚めたら自然に魔力がわき出てくる。茶会には間に合わないだろうが、晩餐会には出られる」
「レィディ」
「心細そうな顔をするな。この剣はきみにあげる。炎の属性を持つ剣だ。マクシミリアン。もう少し大きくなったら学院へおいで」
「はい」
マクシミリアンは耐えがたい眠りに誘われ、目を閉じる。
「待ってて…ください」
最後に、そうつぶやいた。
※
「師匠! そんなことするから! もう知りませんよ」
エルナトが『影』を飛ばしてきた。
「必要なことだ。それより茶会のほうはどうだ」
「ええ、もうじき、アイリス嬢に登場願いたいようですね。打ち合わせの通り、最初は、アウルが出てください」
「いよいよ主役の登場だな」
カルナック師は、床に横たえたマクシミリアンの上に、薄い布団をかけてやった。
「また後でね……」
ことのほか優しい微笑みを浮かべて。




