第4章 その19 おじさまは中二病(修正)
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「では、私たち魔法使いは、手分けして、この館の使用人全ての雇用契約の見直し作業にかかる。それから怪しい品が持ち込まれていないかを再度、確認。例の先代から目を離すな。必ず単独では動かずツーマンセルで」
魔法使いたちの長カルナックは、子供部屋を出ながら、指示を出す。
この館に来ている魔法使いたちは誰もが探査用の『目』と『耳』をどこにでも飛ばしているから、普通にしゃべるだけで指示は通るのだ。
「あれ? カルナック師匠、今、何か妙な単語を……ツーマンセルて」
ティーレは首をかしげた。
「よくそう言ってますけど、それは前世の」
「気にするな。では茶会で。ああ、エステリオ・アウルはここに残りなさい。許婚の身を護るのは当然の努めだからね」
カルナックと共にエルナトの『影』も消えた。
子供部屋に残ったのはアイリスとアウルと、お嬢さま付きのローサとティーレとリドラである。
メイド三人組は、空気になることにした。部屋の飾り、オブジェの如く、いないものとして、目と耳を極限まで働かせることにしたのだった。
もちろん晴れて#許婚__いいなづけ__#となった二人の護衛のためである。
エステリオ・アウルはアイリスをソファに乗せ、自分もその横に座った。
「イリス・マクギリス嬢。わたしはきみに謝らないといけない」
「どしたのアウル。かしこまっちゃって。いつものように、遠慮無くしゃべっていいんだから」
「さっき、きみは言っていた。自分には恋愛の自由はないのかと」
「え、そんなこと覚えてたの?」
イリス・マクギリスは内心焦っていた。
またエステリオ・アウルが自虐ネタをこじらせそうな予感しかしない。
「きみには不本意だろう。こんなおじさんのわたしが『許婚』だなんて。だが、将来、きみが魔法使いになって身の安全が確保できるようになれば、解消してもいいんだ。だから、今だけ、きみを護るために……」
「ほんとにあんたはバカね!」
「えっ」
「さっきのは、勝手にカルナックさまが決めちゃうから、ちょっとむかついただけなの。わからなかったの? 朴念仁!」
「そ、そんな、わたしには女性の心理などわかるわけが」
「だよねー、彼女いなかったんだもんね」
イリス・マクギリス嬢は、アウルを見上げ、軽く吐息。
「ほんとはね。そんなにイヤでもないわ。あたしは、この世界のこともよく知らないし。変なヤツに引っかかる可能性のほうが大きいわ。あんたがいい人だってことは、よくわかってる。それに……」
ふっと、アウルの、自分を凝視している大きな犬みたいな目から、目線をそらす。
「婚約を解消してもいいなんて言ったら有栖が泣いちゃうわ。恋する乙女の有栖ちゃんは、いますぐアウルと結婚してもいいって思ってるみたいだから」
「え!」
アウルは座っているソファから飛び上がりそうになった。
部屋の飾りのようなふりをして目を見開き耳をそばだてていたメイド三人組は、危うく息を呑む音をもらすところだった。
「まあ、今の有栖はかなりアイリスの肉体年齢に引きずられちゃって。十五歳と六歳を足して二で割ったくらいの精神年齢だからね! 結婚っていっても、それなりのあやふやな認識しかしてないだろうけど……って、なに赤くなってるの!」
「え……」
驚きのあまりアウルはまともに返答もできない。
「自分がどれだけ赤くなってるかわからないの? ったくもう。青春すぎる! こっちが恥ずかしくなるからやめて。って言っても無理か。……しょうがない。少しの間、代わってあげる。あとは若い二人に……ごにょごにょ」
イリス・マクギリス嬢が言い、目を伏せる。ふっと身体から力が抜けたようにアイリスはソファにくずおれる。
「アイリス!」
案ずるようにさしのべたアウルの手を、アイリスの小さな手が、つかむ。
「……おじさま。さっき、お爺さまから庇ってくれて、わたし、とても嬉しかった。もう大丈夫だって思って。泣きそうになったの」
「イーリス……わたしの、イーリス」
感激で胸がつまる、アウル。
アイリスの、続く言葉が、とどめを差す。
「わたし、大きくなって学校に通うようになっても、他の人となんかお付き合いしたくないって思ってた。……おじさまだったらって……」
「わ……わたしは、きみが幸せになれるようにと、そのためなら、なんでも」
その口を、アイリスが指で押さえる。
「だめ。おじさまはうっかり、よく言うけど。なんでもするなんて、言っちゃだめなのよ。どこで禍津日神が聞いているかもしれないのに」
「……中二病だったなあ、わたしも」
メイド三人組は、非常に困っていた。
(ちょっとこれ! やばいわよこの展開やばいわよ、どうすんの)
ティーレは常識と許容の間で迷っていた。
(え、だいじょうぶよ。許婚だってカルナック師匠が認めたんだから)
リドラは困っていなかった。
(どどど、どうしましょう! わたしはお嬢さまを守るのが最大の使命なのです! たとえ相手がアウルお坊ちゃまでもです!)
ローサは仕事と忠誠心とお嬢さまへの愛情のはざまで迷っていた。
(でもそういえば、まだこの部屋、魔法使い全員が見て聞いてるんだよね……)
そのことにティーレが思い至った時。
「お嬢さま! お坊ちゃま! カルナック様から事情を伺いましたわ! このトリアに、全てお任せあれ!」
使命感に燃えたつメイド長トリアを始めとするラゼル家メイド軍団が、扉を蹴破る勢いで、どっとなだれ込んできたのだった。




