第4章 その15 おじいさまに対抗するのは(修正)
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「おじいさまが!? いらしたの?」
アイリスの声は震えていた。
……いろんな意味で。
というのは、現在アイリスの意識を代表しているイリス・マクギリスは、エステリオ・アウルの誘拐事件を引き起こす原因となったエステリオの実父でありアイリスの祖父でもあるヒューゴー……に対して、非常に怒りを覚えているからだ。
くそじじいさえ、自重していれば。
もう少し、自分の行動の結果どうなるかをよく考えていれば。
持って生まれた魔力が少ない長男マウリシオ・マルティンを軽んじ、膨大な魔力を生まれながらに持っていたエステリオに偏愛を注ぎ。常に連れ歩き自慢しまくるようなことを、しなければ。
もう、「もし」なんて考えても取り返しはつかないけれど。
先ほどティーレとリドラから、隠されていた事情を聞いたことで、イリス・マクギリスの怒りは以前にも増して高まっていたのだ。
「アイリスお嬢さま。落ち着いてください」
脇に控えていたティーレが、囁く。
その場にいた誰の耳にも聞こえないほど小さな声で、けれど風の精霊シルルの守護を受けているアイリスには、確実に届く。
囁きに乗せられた呪文は、そうっと、アイリスの怒りを鎮めた。
「わたしたちが、おそばにいます」
リドラは、ローサや、食卓にいる両親にも聞こえるくらいの声で言う。
「わたしたちは、何者からも、お嬢さまをお守りします」
アイリスのそばに常に控えているローサは、力強く、宣言する。
それほどの災厄なのだ、ラゼル商会の先代当主ヒューゴー老とは。
「お嬢さま、お部屋に戻りましょう」
恐怖感にかられたように、決意をこめてローサは動いた。
お嬢さまを連れて廊下を走る。
両脇を固めるのはティーレとリドラだ。
彼女たちの行く手から他のメイドたちは身をひき、執事のバルドルはドアを開いた。
閉まるドアの内側で「迎える用意を」と、マウリシオが使用人たちに指示をしているのが聞こえた。
何をローサはそんなに恐れ、急いでいるのか。
イリス・マクギリスは不審に思ったが、尋ねなかった。
ローサが、非常に険しい顔で、子供部屋に急いでいたからだ。
アイリスに祖父の出迎えをさせるつもりではないようだ。むしろ、隠そうとしているように思えた。
※
子供部屋の前に、その人物は立っていた。
この館では初めて見る顔だった。
初老の男で、両脇に従者らしき若者が二人、控えている。
「おう。待ちかねたぞ」
相好を崩して、満面に笑みを浮かべた。
エルレーン公国の上流階級風に、ゆったりとした丈と袖の、大きくドレープを寄せた、高山山羊の羊毛のローブを羽織っている。一目で高級品とわかる服装に、一分の隙も無く身を固めている。
「やだ、成金……」
リドラは眉をひそめた。まったくもって彼女の趣味とはほど遠い、初老の男だ。
むしろマフィアだわね、と彼女はひとりごちる。
否応なく圧倒されるような。
高圧的な雰囲気をまとった男こそは、例の老人に違いなかった。
「先代様。どうしてここにおいでなのですか。お出迎えの者が、案内にまいりましたでしょう?」
ローサはアイリスを固く抱き、両足を肩幅より少し開いて、すっくと立っている。目は、老人から離さない。油断なく周囲を伺う。
「ふん。自分の館に、なんの案内が要りようものか」
ヒューゴー老の、猛禽類を思わせる目が、ぎらりと光った。
「それが、わが孫か! 噂通りに魔力に恵まれた娘か?」
ごつごつとした手を、伸ばす。
「マウリシオめが掌中の玉とばかりに大事にして、六歳のお披露目だというのに絵姿さえも寄越さぬ。わしが待ち望んだ、高い魔力を生まれ持つ初孫か。我がラゼル家の跡継ぎか? 抱かせてみよ」
ローサは素早く後ろに下がる。
同時に、ティーレとリドラは前に出た。
アイリスの姿さえも老人の目から隠そうとするかのように、身構える。
「なんだ? 使用人ふぜいが……当主の邪魔立てを」
なおも一歩、進み出た、ヒューゴー老の前に、銀の光がほとばしった。
「あんたは当主じゃない。先代」
銀の閃光が消えたあとに、背の高い青年の姿が、ゆらりと現れた。
ティーレとリドラと、ヒューゴー老の間を遮っていた。
「……だれだ、おまえは」
いぶかしむように眇められた老人の目が、次の瞬間、大きく見開かれる。
「おお、見違えたぞ。十数年ぶりだな。わしのエステリオ・アウルか!」
「あんたのじゃない」
いやそうにアウルは吐き捨てた。
「隠居した先代。あんたを招待したのは午後の茶会のはずだが」




