第1章 その3 アイリス
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気がついたとき、暖かく、白い光に満たされた空間にいた。
何も見えない。何もない。
ただただ白い。
身体は少しばかり浮いていたみたいで、すとんと足先が降りたところは、ふわりとした柔らかな感触があって、一歩踏み出すと、ふかふかして足先が沈み込むようだ。
『……イリス・アイリス……よい人生を。さあ、目覚めなさい……』
どこかで聞いたことのあるような、ないような。幼さの残る少女の声が、あたしの耳元で、軽やかに響いた。
開演のベルが鳴る。
※
まぶしい。
光と熱を感じて、あたしは手をのばす。
なぜかうまく動かない、手、指。
それに喉に何かつかえてるみたいで、しゃべれない。
声が出ないのだ。
いろいろ、動きがぎこちなくて、もどかしいけれども、それなのに、ふしぎに安心感があった。奇妙な感覚だ。
ふっくらと柔らかなものの上にあたしは横たわっていた。
ここはどこだろう?
あたしはどうなっているんだろう?
しばらくして、
なにやら暖かいぬくもりが、あたしの全身を包んで、持ち上げた。
どうしてかな、目が開かない。
穏やかで優しそうな、女性の声が間近で聞こえた。
「見て、この子ったらなんて可愛いの! 名前もずっと前から決めてあるのよ。ようこそアイリス、いい子ね」
自分のことを指しているのだと、その時にはまだ気づかなかった。
アイリス・ティス・ラゼル。
それが、あたしの名前だと理解したのは、いま少し後のことになる。
背中をトントンと軽く叩かれ、さすられた。
けふっとしたとき、喉のつかえが取れた。
「……ふ……」
あたしは声をあげる。
おかしい。言葉にならない。
あれ?
これなに?
「……ぎゃ…おぎゃ……ふ……」
なんか聞き覚えがある。
ええと、この音源、ずっと昔のサンプリング音源にあったはず。
データベースよ。
都市管理システムの深部に保管されていた、人間の音声の膨大なデータの中に、似たものが。
そうそう。これって、人間の嬰児の鳴き声じゃないかな?
つまり、生まれたばかりの、赤ちゃん。
……って、え?
どういうこと?
この声、あたしが発してるの!?
誕生です。これからです。今回はすこし短めです。