第4章 その14 お爺さまがやってきた?(修正)
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お披露目会直前の昼食は、家族だけの予定だった。
両親とアイリス、使用人。それに家庭教師のヴィーア・マルファ・アンティグアが食卓を囲む。
エステリオとエルナトは同席していなかった。
もちろんティーレとリドラもいない。お嬢さま専属小間使いに扮して両脇に控えてはいるのだが。
「おかあさま、おとうさま。エステリオおじさまはどこ?」
幼児のふりをしてアイリスの中にいるイリス・マクギリスの意識が、両親に尋ねる。
「エステリオは、今、大事なご用があるんだよ、アイリス。エルナト様もご一緒だ。心配はいらないよ」
「だって。アイリスの六歳のおたんじょうびなの。しらないひとがいっぱいくるんでしょう。いつもは、おじさまがそばにいてくれるのに」
アイリスはうつむいてしまう。
内心、イリス・マクギリス嬢は焦っていた。
一瞬だが、有栖の意識になっていたのだ。
(やばいやばい! どうしたの有栖。お披露目会は危険だから、有栖が出てちゃダメよ。あたしに任せてって、決めたでしょ?)
そして危惧する。
思春期の少女、有栖の危うさを。
イリス・マクギリスの意識が主導権を握っていても、万が一、エステリオが有栖の名前を呼んだりしたら。
(戻ってしまうんじゃないのかな? 有栖に。そんなとき、あたし、イリス・マクギリスは最善の方策を想定し、乗り切れるか?)
有栖を傷つけることなく。悪意ある者から身を守り、アイリス四歳のお披露目に相応しく、幼女らしくふるまっていなければならないのだ。
ティーレとリドラに相談しておくべきかもしれない。
※
お披露目会に豪華な料理を出すので、昼食も軽めに用意されていた。朝とほとんど同じメニューが並ぶ食卓。
両親はいつもながら優しいが、お披露目会の準備で気もそぞろになりがちだ。
アイリスの表情はすぐれない。
明るい話題を提供しようと、ヴィー先生がアイリスに話しかける。
「アイリスも、もう六歳か。感慨深いな」
「はい、ヴィーせんせい。いろんなことを、おしえていただいてありがとうございます。魔法もすこし、つかえるようになりました」
ヴィー先生は、苦笑い。
「少しどころか。アイリスの場合は、常識が覆されるよ。普通は、アイリスほど魔力を持ってないから、魔法の効果がさほど持続しないんだ。アイリスは一度発動すればずっと効果が続く。守護精霊もいるから効果も強い。末恐ろしいよ」
愛すべき自慢の生徒と、ヴィーは手放しで褒める。
それとともに、今日のお披露目が無事に終わるようにと切に願っていた。
魔導師会が全面的にバックアップ。エルナトもエステリオも、ヴィーの元仲間であるティーレとリドラまでも、協力して、事にあたっている。
(エステリオ・アウルは大丈夫だろうか)
ふと、ヴィーア・マルファは考える。
かつて彼は四歳のお披露目会で、誘拐されかかっていたのだ。
昔の誘拐未遂事件を思い出して、不安にならなければ良いが。
ヴィーア・マルファ・アンティグアの記憶も、改竄されている。エステリオ・アウルの事件を、当時は伝聞だけで、直接には知らなかったことになっているのだ。
それでも、なぜか、言いしれぬ不安が広がるのを感じていた。
※
昼食が終わり、食器が片付けられた。
アイリスも席を立つ。
ローサが進み出る。
以前に勤めていた乳母のマリアは、六歳のお披露目会が大々的に開催されることに恐れを成して、退職したいと申し出た。
後任の乳母はなかなか見つからず、アイリスお嬢さま専属の小間使いであるローサが、それまでよりもお嬢さまの身近に仕えることになった。
その件を耳にしたティーレとリドラは、大きく頷いて同意したのだった。
「だよねー。無理ないわ」
「あたしが乳母だったら、やっぱりそうするわ。エステリオの事件で、当時の乳母が死んでるしね」
「おまけに犯人の手引きをしたと言われているし。そりゃイヤにもなるわ」
乳母がやめると知ったアイリスは泣いた。
マリアはアイリスをずっと可愛がって世話をしてくれていたのだ。(もちろんこのときのアイリスの中身は本物の幼女で、イリス・マクギリス嬢ではない)
食堂から家族が引き上げようとしていたときだった。
一人の下働きの少年が急いでやってきた。
主に来客や伝言を伝えるのが仕事である。
緊張しているのか、ひどく顔色が悪い。
「お館さま、先代様がおみえになりました!」
「なんだと。まだ昼時だぞ。招待状には午後の茶会からと、きっぱり書いたのに」
ある程度は想定していたのだろう。
突然の訪問だったが、館の主、マウリシオ・マルティン・ヒューゴ・ティス・ラゼルは、さほど動揺を顔に見せなかった。ひどくいまいましそうではあったが。
「おじいさまが!? いらしたの?」
アイリスの声は震えていた。
……いろんな意味で。




