第4章 その13 お披露目は昼食のサンドイッチから(修正)
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トリアにメイドたちの控え室へ連れて行かれたティーレとリドラは、さっそく着替えることになった。
黒いロングワンピースに、ぱりっと糊のきいた白いエプロンのリドラ。
ティーレのは、少し丈が短い。膝丈である。
「動きやすいようにと、ご希望を伺っておりましたので」
トリアの言葉に頷いたティーレは、さっそく身構えて、蹴りを入れるかのように二度、三度と足を振り上げてみた。ヒュッと風を切る鋭い唸り。
「ありがとう。うん、良い感じです!」
「見て見てティーレ。わたしもまんざらじゃないでしょ?」
憧れのメイド服に、リドラはご機嫌だ。
「まぁね、馬子にも衣装っていうもんね」
ティーレもメイド服に身を包み、颯爽と立つ。
「ふっふ~ん。なんとでも言って」
メイド長たるトリアが、二人に頭を下げた。
「ティーレさん、リドラさん。お二人とも、素晴らしい魔法使いとお伺いしています。今日はお嬢さまのことをよろしくお願いします」
「いやそんな、ご丁寧に」
「わたしたちもがんばりますけど、みなさんあっての、今日のお披露目。こちらこそよろしく!」
襟を正す、二人だった。
「よろしくお願いします!」
二人はローサが待つ控え室へ案内された。
アイリスも、もちろん一緒だ。
「お二人ともよくお似合いですね」
「嬉しいですわ。ローサさん、今日はご一緒に、お嬢さまをお守りしましょうね」
「はい!」
「あたしからもよろしく頼む。実際にお嬢さまと接するのが一番多くなるのはローサさんだからね」
「はい。……ところで本当に、魔法使いの方って……年齢がわかりませんね」
ローサは驚いたように目を丸くしていた。
「本当に、ティーレさんは成人していらっしゃるのですか?」
「ん? うん、そうだね。よく聞かれるけど」
魔法使いには常識なせいか、あらためて聞かれると戸惑うティーレ。
「わたしたちはあまり考えないことなので、ぴんと来ませんけど、驚かれることは少なくありませんね」
首を傾げるリドラ。
「一人前の魔法使い『覚者』になると、そこから外見年齢はあまり変わらなくなる。歳取ったんだかどうだか。わかんなくなっては来るね」
年齢について改めて聞かれたので、ティーレとリドラは照れくさそうに顔を見合わせて、笑った。
そこへ、ローサに抱き上げられたアイリスが、ご挨拶をする。
「リドラさん、ティーレさん。きょうは、ごえい、おつかれさまです」
ローサは知らないが、現時点でのアイリスの中にある意識は、イリス・マクギリス嬢である。
黄金の髪の幼女の周囲には、守護精霊たちの輝きが飛び回っている。
彼女にいまさら護衛は必要なのだろうかと思わずにはいられないほどだ。
が、これはティーレたちが魔導師協会から拝命した重要任務だ。
「こちらこそよろしく、お嬢さま!」
「よろしくね。お嬢さま」
「はい。ティーレさん、リドラさん。きょうはよろしくおねがいします」
ローサは今日の予定を確認しはじめる。
「では確認いたします。お昼ごはんは、お嬢さまもご家族のかたもご一緒に食卓におつきになります。わたしたちはお嬢さま専属ですから、他のお客さまから何か申しつけられても答える必要はございません」
「無視していいの?」
「他のメイドがすぐにフォローに入りますから大丈夫です。むしろ、わたしたちはお嬢さまとお客さまの間に入り、距離を取れるようにいたしますので」
「接客は二の次?」
「はい。お嬢さまをお守りすることだけが、わたしたちの、つとめでございますから!」
ラゼル家がアイリスの安全をどれだけ重要視しているかがうかがえる。
当主のマウリシオは、本当のところ大がかりなお披露目会もしたくないくらいだが、大陸で名だたる豪商ラゼル家の社会的地位もかんがみれば、しないわけにもいかないのだった。
「それではまいりましょう。リドラ、ティーレ。わたしたちはお嬢さまの護衛が最優先です。くれぐれも用心してくださいませ」
客人がいる前では「さん」づけはしない。同じお嬢さま専属のメイド同士として接することになっている。
「あっはい」
「よっしゃ!」
二人の新米メイド、気合いは充分だった。
※
ラゼル家の一人娘アイリスは、これまで家人以外に会うこともなく深窓の令嬢として過ごしてきた。
六歳まで無事に生き延びたので『お披露目会』と呼ばれる誕生祝いとし、親戚一同や商取引など関係者たちを招待してお披露目の茶会と晩餐会をすることになった。
そして気の早い『勝手に押しかけた客』たちは、門前払いをくらって邸宅前でデモならぬ座り込み運動を起こしていた。
招待状のない客には応じないと、有能執事バルドルが宣言し、自ら押しかけ客たちを門まで連れ出して丁重にお引き取り願ったのだ。
納得がいかないのはくだんの客たち。
せっかく祝いに駆けつけたのだ、商人なら応じるのがすじであると声高に叫ぶ。
「バルドル、こうなっては仕方ない。座り込みなどされては、家業にさわりがある。わが商会が吝嗇だと言われるのも名誉に関わる」
当主のマウリシオは、一応は悩むふりをして、あらかじめ打ち合わせておいた通りに、門外の空き地にテーブルを並べ、軽食と飲み物を用意させた。
もちろん騒ぎが起きるのは想定済みだったのだ。
用意させた軽食は、サンドイッチとチーズ、紅茶、フルーツである。酒はない。エルレーン公国は豊かな国だが、こうなると大盤振る舞いと言ってよい。
この客達は午後の茶会も晩餐も、おこぼれに預かろうという心づもりだろう。
勝手に持ち込んだ酒を呑んで騒ぐ強者までいた。
「いいおうちだねえ。深窓のお嬢さまのご尊顔を拝みてえもんだ」
「まだ六歳だぜ」
祝いだと言いながら、文句を垂れる者もいた。
※
「この騒ぎ、誰かが煽ってますね」
「その方面は、担当者が探っている。物を壊すなど被害が出ないようなら放っておけという方針だ」
館のなかで、控えの間に詰めていたのは男二人。
エステリオ・アウルとエルナトだ。
二人の前には水を張った水盤がある。
水鏡に館の内外の様子を映しては、危険があるかどうかを見ているのだ。
同じように、または違う方法で安全を確認している魔法使いたちも十人以上配置されていた。
いざというときのための、格闘術に長けた者たち。
使用人に扮して、目立たないように家人護衛の任務についている者たち。
魔法使いと国家警察の合同配備。
滅多に行われることではない。
全体では何人が投入されているのか、エステリオたちにも知らされてはいなかった。
十数年前の、エステリオ・アウルの誘拐事件の時には、これほどの大規模での用心など望むべくもなかった。
「それにしても、エル。まだ最重要な危険人物が来ていない」
「珍しいな。アウルがそう言うとは」
「ヒューゴー・マルティン・ロペス・ティス・ラゼル。ラゼル商会の、前当主。未だに権力は保有しているようだが」
実父の名前を無表情に言い捨てた、エステリオ・アウルだった。
「絶対、昼には押しかけて来ると思ったのに」
苦虫を噛みつぶしたような顔で。
「待てばいいさ。いずれ必ず来る。ヒューゴー老は」
エルナトは冷静な表情を崩さなかった。




