第4章 その12 憧れのメイド服(直しました)
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「さてと。この後は忙しくなるよ。ヴィーもアイリスのご両親に説明してる頃だろう。そうそう、メイド服にも着替えたい」
「だよね~。ラゼル家のメイド服いいよね。黒いロングワンピースに真っ白なエプロンドレス。も~、これぞメイド服って感じで。憧れるわぁ」
なおもメイドロマンを語るリドラを軽くスルーして、ティーレは腰に手を当て、なぜか胸を張り、にやりと笑ってイリスに向き直った。
「それから、やっておくことがあるんだけど、いいかな」
「はい?」
イリスは目をぱちぱちさせた。事態の進行についていけてない。
やっておくことがある、と言われてすぐに、ティーレに抱き上げられ、くるんと身体をひっくり返されてベッドに寝かされたのだ。
「ほんとは裸になってもらうのがいいんだけどね!」
「は、裸? ティーレ? リドラ? これは何のまねかしら?」
イリス・マクギリスの目が水精石色に変わり、それとともに幼女は光に包まれた。
キラキラと輝く光の粉がティーレたちにまで降りかかってくる。
風が渦を巻き、同時に白い霧が吹き付ける。おまけに床が揺れ、ゴンゴンとイヤな音を立てるのだ。
「あっ怒らないで! アイリスちゃんの守護精霊に殺されるわ。あたしたち、魔力は多いけど守護妖精いないんだからね。可愛そうでしょ?」
「同情の余地なし。説明を求めます」
守護精霊たちの暴走を押さえ込みつつ、アイリスは二人に睨みをきかせた。
「説明させてもらうと、今日これからアイリスちゃんには、おとり役をやってもらうわけだけど」
「まだ同意してないわよ」
「ご協力ありがとうございます~!」
イリスの不満をどこ吹く風、どんどん話を進めるティーレ。
天蓋付きのベッドの左側にティーレが、右側にリドラが立つ。
「来客に会ったりする前に、アイリスちゃんの現時点での魔力を走査して記録しておくの。今日は外部から魔力干渉を受ける可能性があるからね」
「外部?」
「そ。いわばハッキング。魔法使い版のハッカーが、うようよいる世界なのよ、ここセレナンの蒼き大地、エナンデリア大陸は。でも大丈夫。ファイアウォールもちゃんと設けてあるからね!」
「なんだか魔法の話を聞いている気がしないわ……」
釈然としない様子でイリスは呟いた。
「いいから任せといて。あたしとリドラでアイリスちゃんの左右から走査する。見落としを防ぐためだよ」
こう見えても魔力検知のエキスパートなんだからね、と胸を張るティーレとリドラは、ベッドの両脇に立って、それぞれが両手をアイリスの上にかざす。
「力抜いて。レントゲンみたいなもんだから」
「レントゲンて。よけい転生した気にならなくなるんですけど」
「ちょっと皮膚の表面に刺激感じるかもね~」
「んっ! あいたた!」
全身の皮膚が、ぴりぴりと刺激を感じた。
「痛いんだけど!」
「我慢して。あたしたちは魔力の隠蔽も探り出せるから!」
「ひょっとしてこの時点ですでに未知の魔力に晒された痕跡がないか、とか。追跡や分析も得意なんだよ~」
走査していたティーレが、ふと「ん?」と不審そうに眉をしかめる。
「あれぇ。アイリスちゃん、半年か、何ヶ月か前か? エステリオの魔力が体内に入った痕跡があるんだけど」
「え~。やぁだティーレ。それってここでばらしちゃって良かったの?」
わざとらしくお互い目配せをする二人に、イリス・マクギリスはキレた。
「待て待て待て! あんたらニホンのマンザイコンビか! エルナトさんから、報告行ってるんでしょ? アイリスは生まれつき魔力が多すぎて、魔力栓で心臓が固まって死ぬとこだったの! 治療のためにエステリオに右手から魔力を流し込んで、左手から抜いてもらったの!」
妙な誤解は避けたいと力説するイリス・マクギリス嬢。
「え~興ざめ~」
リドラは不満を訴える。
ティーレも、何を今更、というふうに、
「もちろん知ってるけど。その方法、魔力栓が再度生成して、失敗したそうじゃない。別の方法を試したんでしょう。それがキスだったって聞いて、もうお姉さんドキドキのワクワクよ! 治療のためにしては、流した魔力ちょっと多いんじゃない? どんだけ情熱的だったのかしらねえ?」
「エステリオ、人嫌いだし。彼、初めてのキスだったんだって!」
「ああ。なるほどね~。慣れてないから」
「そこは今日のことと関係ないでしょ!? なによこの茶番は!」
イリス・マクギリスの我慢の限界が来た。
「シルル! みんな! やっちゃって!」
ベッドに飛び起きて黄金の髪の幼女が叫ぶ。
光と風と水と土つぶてまで一緒くたになったトルネードが巻き起こり、ティーレとリドラを襲ったのだった。
「ギャー! 待って、悪かった」
「楽しんでやりました! ごめんなさい!」
※
「属性複合タイプのトルネード。すっごいわね。洗濯機に入ったみたいだったわ」
「リドラ入ったことあるの?」
「ないけど」
「さてと仕切り直しますか」
「二人が脱線しなかったらもうメイド服に着替え終わってるはずじゃないの」
イリス・マクギリスはまだおかんむりである。
「ところで一つ聞きたいの。有栖のリクエストで」
「なんなりと」
「朝食のとき、エステリオ・アウルが、リドラさんを『リディ』って親しげに呼んでた。有栖はショック受けたのよ」
「ああそれ。関係ないわ」
「関係あるわよ!」
「わたしとティーレがエステリオ・アウルに出会ったのは、彼が四歳と六ヶ月のときよ。誘拐されてから初めて見る、まともな大人だったんでしょうね。おばさんとか、乳母やみたいな感じでリディって呼んで懐いてきてさ。わたしも転生してから初めて、おばさんになった気がしたのよね」
そう言うとリドラは、にんまり笑い、イリス・マクギリスに手をのばした。
「ほらほらおいで! わたしの好みはしっぶ~い成人男性だから、アイリスちゃんは安心して懐いていいのよ」
ぎゅっと抱っこされる。
予想外にリドラの腕の中は大きく広く感じた。
「さっ行こう! アイリスちゃんの護衛をするのは、このリドラとティーレ! 大船に乗った気でいてね!」
そのまま抱き上げて、ドアを出る。
ティーレも一緒である。
とたんに、わっ! とメイド長はじめ十数人のメイドたちに取り囲まれた。
「リドラさん、お嬢さまの抱っこ権は毎朝、わたくしたちの熾烈な戦いの末に勝ち取っている権利なのです。今朝の担当は、この、ローサ。ちなみにお嬢さまの専属小間使いですの。今日、わたくしたちラゼル家のメイドは、お二人と互いに一致団結、協力し合って、この前代未聞、未曾有の困難な局面を乗り切るのですわ! ご承諾いただけましたね?」
「は」
「はい~」
メイドたちの人垣の間から、一人のメイド服の少女が進み出た。
アイリスの七歳年上、ローサである。
この半年で、ローサも人知れず筋力を鍛えてきたのだった。
アイリス六歳のお披露目パーティーが行われることは、すでに一年以上も前から周知の事実で、使用人一同は張り切って今日の日を迎えたのだった。
一ヶ月前、内々に魔導師教会からの通達と申し出があったことは皆が知っている。
「みなさんでお嬢さまを守り切るのでございますわ!」
「体育会系だ……」
ローサの腕に抱っこされたイリス・マクギリス嬢は呟いた。
「さあリドラさんティーレさんは、こっちですわ」
「サイズを伺ってましたから、ぴったりのメイド服をあつらえておりますからね!」
どんどん連れて行かれる二人だった。
アイリス六歳のお披露目パーティーは、もうじき始まる。
風が渦を巻き、同時に白い霧が吹き付ける。おまけに床が揺れ、ゴンゴンとイヤな音を立てるのだ。
「あっ怒らないで! アイリスちゃんの守護精霊に殺されるわ。あたしたち、魔力は多いけど守護妖精いないんだからね。可愛そうでしょ?」
「同情の余地なし。説明を求めます」
守護精霊たちの暴走を押さえ込みつつ、アイリスは二人に睨みをきかせた。
「説明させてもらうと、今日これからアイリスちゃんには、おとり役をやってもらうわけだけど」
「まだ同意してないわよ」
「ご協力ありがとうございます~!」
イリスの不満をどこ吹く風、どんどん話を進めるティーレ。
天蓋付きのベッドの左側にティーレが、右側にリドラが立つ。
「来客に会ったりする前に、アイリスちゃんの現時点での魔力を走査して記録しておくの。今日は外部から魔力干渉を受ける可能性があるからね」
「外部?」
「そ。いわばハッキング。魔法使い版のハッカーが、うようよいる世界なのよ、ここセレナンの蒼き大地、エナンデリア大陸は。でも大丈夫。ファイアウォールもちゃんと設けてあるからね!」
「なんだか魔法の話を聞いている気がしないわ……」
「いいから任せといて。あたしとリドラでアイリスちゃんの左右から走査する。見落としを防ぐためだよ」
こう見えても魔力検知のエキスパートなんだからね、と胸を張るティーレとリドラは、ベッドの両脇に立って、それぞれが両手をアイリスの上にかざす。
「力抜いて。レントゲンみたいなもんだから」
「レントゲンて。よけい転生した気にならなくなるんですけど」
「ちょっと皮膚の表面に刺激感じるかもね~」
「んっ! あいたた!」
全身の皮膚が、ぴりぴりと刺激を感じた。
「痛いんだけど!」
「我慢して。あたしたちは魔力の隠蔽も探り出せるから!」
「ひょっとしてこの時点ですでに未知の魔力に晒された痕跡がないか、とか。追跡や分析も得意なんだよ~」
走査していたティーレが、ふと「ん?」と不審そうに眉をしかめる。
「あれぇ。アイリスちゃん、半年か、何ヶ月か前か? エステリオの魔力が体内に入った痕跡があるんだけど」
「え~。やぁだティーレ。それってここでばらしちゃって良かったの?」
わざとらしくお互い目配せをする二人に、イリス・マクギリスはキレた。
「待て待て待て! あんたらニホンのマンザイコンビか! エルナトさんから、報告行ってるんでしょ? アイリスは生まれつき魔力が多すぎて、魔力栓で心臓が固まって死ぬとこだったの! 治療のためにエステリオに右手から魔力を流し込んで、左手から抜いてもらったの!」
妙な誤解は避けたいと力説するイリス・マクギリス嬢。
「え~興ざめ~」
リドラは不満を訴える。
ティーレも、何を今更、というふうに、
「もちろん知ってるけど。その方法、魔力栓が再度生成して、失敗したそうじゃない。別の方法を試したんでしょう。それがキスだったって聞いて、もうお姉さんドキドキのワクワクよ! 治療のためにしては、流した魔力ちょっと多いんじゃない? どんだけ情熱的だったのかしらねえ?」
「エステリオ、人嫌いだし。彼、初めてのキスだったんだって!」
「ああ。なるほどね~。慣れてないから」
「そこは今日のことと関係ないでしょ!? なによこの茶番は!」
イリス・マクギリスの我慢の限界が来た。
「シルル! みんな! やっちゃって!」
ベッドに飛び起きて黄金の髪の幼女が叫ぶ。
光と風と水と土つぶてまで一緒くたになったトルネードが巻き起こり、ティーレとリドラを襲ったのだった。
「ギャー! 待って、悪かった」
「楽しんでやりました! ごめんなさい!」
※
「属性複合タイプのトルネード。すっごいわね。洗濯機に入ったみたいだったわ」
「リドラ入ったことあるの?」
「ないけど」
「さてと仕切り直しますか」
「二人が脱線しなかったらもうメイド服に着替え終わってるはずじゃないの」
イリス・マクギリスはまだおかんむりである。
「ところで一つ聞きたいの。有栖のリクエストで」
「なんなりと」
「朝食のとき、エステリオ・アウルが、リドラさんを『リディ』って親しげに呼んでた。有栖はショック受けたのよ」
「ああそれ。関係ないわ」
「関係あるわよ!」
「わたしとティーレがエステリオ・アウルに出会ったのは、彼が四歳と六ヶ月のときよ。誘拐されてから初めて見る、まともな大人だったんでしょうね。おばさんとか、乳母やみたいな感じでリディって呼んで懐いてきてさ。わたしも転生してから初めて、おばさんになった気がしたのよね」
そう言うとリドラは、にんまり笑い、イリス・マクギリスに手をのばした。
「ほらほらおいで! わたしの好みはしっぶ~い成人男性だから、アイリスちゃんは安心して懐いていいのよ」
ぎゅっと抱っこされる。
予想外にリドラの腕の中は大きく広く感じた。
「さっ行こう! アイリスちゃんの護衛をするのは、このリドラとティーレ! 大船に乗った気でいてね!」
そのまま抱き上げて、ドアを出る。
ティーレも一緒である。
とたんに、わっ! とメイド長はじめ十数人のメイドたちに取り囲まれた。
「リドラさん、お嬢さまの抱っこ権は毎朝、わたくしたちの熾烈な戦いの末に勝ち取っている権利なのです。今朝の担当は、この、ローサ。ちなみにお嬢さまの専属小間使いですの。今日、わたくしたちラゼル家のメイドは、お二人と互いに一致団結、協力し合って、この前代未聞、未曾有の困難な局面を乗り切るのですわ! ご承諾いただけましたね?」
「は」
「はい~」
メイドたちの人垣の間から、一人のメイド服の少女が進み出た。
アイリスの七歳年上、ローサである。
この半年で、ローサも人知れず筋力を鍛えてきたのだった。
アイリス六歳のお披露目パーティーが行われることは、すでに一年以上も前から周知の事実で、使用人一同は張り切って今日の日を迎えたのだった。
一ヶ月前、内々に魔導師教会からの通達と申し出があったことは皆が知っている。
「みなさんでお嬢さまを守り切るのでございますわ!」
「体育会系だ……」
ローサの腕に抱っこされたイリス・マクギリス嬢は呟いた。
「さあリドラさんティーレさんは、こっちですわ」
「サイズを伺ってましたから、ぴったりのメイド服をあつらえておりますからね!」
どんどん連れて行かれる二人だった。
アイリス六歳のお披露目パーティーは、もうじき始まる。




