第4章 その11 おとり捜査!?(直しました)
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「大丈夫だよ」
ティーレはにやっと笑った。
「ヒューゴー老人には、ちょっと懲りてもらいたかったから、誘拐未遂事件の線は、残しておいたんだ」
「それはありがたいわ」
「エステリオ・アウル誘拐がなぜ計画されたか。ヒューゴー老がさんざん自慢して連れ回してアウルという子の価値を世間に喧伝していたからってことは、捜査当局の偉い人に頼んでヒューゴー老にガツンと言ってもらった。だから隠居して郊外に移るなんてことになったんだから」
「ふうん。じゃあ、お爺さまも少しはおとなしくしてくれるかしら」
「そう願いたいね」
「それにしても惜しかったよねぇ。あの穢れない魔力。綺麗な子だった。一目見ただけでも、ずっと側に置いておきたくなるって巷で評判だったんだよ。別にショタ趣味とかないわたしでも、眼福だったもの」
リドラは陶然とした表情でつぶやいた。
「そんなに美少年だったの? 今のアウルからはちょっと想像つかないな」
イリスがそう言うとティーレもリドラも笑い出す。
「イリス・マクギリスはアウルに辛辣だ。エルナトに聞いてた通りだね」
「甘くする必要ないもの。アイリスは早く大きくなって学校へ行ってボーイフレンドができればいいのよ。アウルは大人の恋人を作ればいい。その気になればアウルとお付き合いしたいって女の人は、いるはずよ」
唇を不満げに尖らせたイリス。
ティーレは、
「ああ、確かに大勢いるよ。魔力が多いのはエルレーン公国では結婚相手に望まれることだからね。でもアウルは人が良さそうに見えるけど自分の側に他人を近寄らせない。逃げる。そんなところはアイリスも知らないだろう」
「?」
「彼の救いの女神が、アイリスなんだよ」
ティーレとリドラに、生暖かい目で見られている気がする。
イリス・マクギリスは、ぷいっと横を向いた。
「……なんかイヤな予感がするから、この話題は終了!」
「え~、これからが、いいところなのに!」
「リドラさんも真面目にやろう、ね?」
「は、はい~」
「ところでイリス・マクギリス嬢。二十五歳の女性にしては、人間の器が大きく感じるんだけど、ほんとに享年二十五歳? サバ読んでない?」
「怒るわよ」
イリスはティーレを軽く睨む。
「でも疑問に答えてあげるわ。あたしと融合している、もう一つの前世の記憶があるの。それは地球という惑星の滅亡に立ち会った存在、システム・イリス」
「地球の滅亡!?」
「もっと幼い頃のアイリスが悪夢を見ては怯えて泣いたって言ってたよね。それは『夢』じゃなかった。地球最後の生命、人工生命のシステム・イリスの持つ、記憶なの」
「……なんかショックだ!」
「気にすることないわ。あなたたちにとっては遠い未来のことなんだし」
イリスは肩をすくめた。
「システム・イリスは何百年も肉体を持たず電脳空間に存在していて、とっくに滅びてしまった人類が残した膨大な記録を管理していたの。生きた人類は姿を消し、全てデータに変換されて、地磁気を利用して構築された電脳世界で繰り返し生き続けていた。……詳細は省くわ。今は関係ないし。つまり、あたしは二十五歳のうら若き女性だけど、何百年も生きたシステム・イリスであった部分も、影響してるのは否めない」
「ってことは、耳年増?」
リドラの言い方では身も蓋もない。
「ん~。確かにそうだけど。そういうと、途端に格調高くなくなるわね」
イリスは顔をしかめた。
「疑問には答えたわ。これからどうする予定なの。つまり、今日のことだけど」
これにはティーレの表情が明るくなる。
本領発揮だ。
「では説明するよ。館の内部に配置されている魔導師は、すでに十人以上いる。昼までには3倍の人数が動員される。このあたり一帯の、魔力の流れを全て記録し、怪しいものをリストアップ。魔術が動いたらすぐに割り出し対応、術士を追跡。ここまでは完璧。なんだけど……」
「問題でも?」
「正式にはお披露目会は午後の茶会から始まることになっている。だけど、昼食時に押しかけてくる招かれざる客も想定しなければならない」
「招待してないのに?」
「野心のある者にとって、こんなおいしい機会はない。大陸有数の大商人の一人娘。愛くるしくて将来美人になること間違いなし。保有魔力も豊富だ。おまけに貴族なら機嫌を損ねれば自分の身が危ういが、ラゼル家は商人。少しくらい仲がこじれても首は飛ばない。早くからよしみを結びたいとか、顔を売っておきたいとかいうやつらが来るに決まってる」
「え~!? 内輪でひっそりお披露目だと思ってたわ!」
イリスの呑気な発言。
ティーレは、かぶりを振った。
「こんな大きな家でそれは不可能だよ。とことん大事になると覚悟してやるしかない。それに、当局も、ラゼル家にご協力を願っているのさ。大陸全土を股に掛けた人身売買、犯罪組織をあぶり出すために」
「まさか……?」
イリスは眉を寄せた。
「念のために聞いておくけど。これって、おとり捜査なの? 危険じゃないでしょうね?」
それには答えず。
ティーレは、どん、と胸板を叩いて、にやりと笑った。
「もちろんアイリスちゃんの身は守る! あたしとリドラは、お嬢さま付きのメイドとしてお披露目会の間、片時もそばを離れず護衛するよ!」
「あたし専属のメイドさんになるの? 二人とも!?」
「今回だけだけどね。トリアさんだっけ。メイド長さんって話がわかる人だね~」
リドラは嬉しそうである。
「それにしたってリディがメイドねえ。おとなしくしてるんだよ?」
からかうように言うティーレ。
リドラは憤慨したように立ち上がる。
「その言葉そっくりお返しするわ! ティーレのメイド姿なんて、がさつで乱暴に決まってるんだからね!」




