第4章 その10 イリス・マクギリス嬢ふたたび(直しました)
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「つまりアイリスを護るのが、生まれ変わったエステリオ・アウルの生きがいになってるってこと?」
突然、アイリスの口調が変わった。
ティーレは、む、と、眉を寄せた。
アイリスの周囲に、先ほどまでよりも更に強い輝きが、舞っている。
守護精霊の輝きだ。
四種か、と、ティーレは呟いた。
この年齢で。守護精霊が四種類いるとは。
ふだんのアイリスよりも、更に強い魔力を放つことができる、条件があることを、エルナトから耳にしていたことを思い出した。
「驚くことはないでしょ。エルナトと連絡を密に取り合っているなら、あたしのことも聞いているはずよ。そう、あたしのほうが、魔力が強いってことも。ねえ、見て。風、光、水、土。そのうち火の精霊にも縁があればいいなって思ってるの」
四歳の幼女アイリス、または精神年齢十五歳の多感な少女、有栖のどちらでもない人格。または、もう一つの前世。
「イリス・マクギリス嬢か?」
「そうよ」
前世で21世紀のニューヨークに住んでいたという二十歳の女性の意識、イリス・マクギリスは、胸をはる。
「テロとか人身売買組織とか性犯罪特捜○……スペシャル捜査チームとか、懐かしくてうずうずしちゃった。くすくす。マンハッタン生まれのあたしには犯罪なんて日常茶飯事のことだったから。でも、あんたたち、自重しなさいよ。有栖は平和な日本の女子高生だったんですからね。ショックで放心状態よ。だいたい情報いっぺんに出し過ぎなの。有栖もねえ……。夢見る女の子だし。前にも増してエステリオ・アウルへの恋心が募っちゃったら、どうすんのよ」
「え」
「え」
「はぁ? そこに気がついてなかったの? 二人とも大人なのに揃いも揃ってバカなの?」
そこへ並べと、ソファから飛び降りたアイリス(中身はイリス・マクギリス嬢だ)は、ティーレとリドラに、説教を始めた。
「あんたたち、女子力っていうの? あれ皆無でしょ。恋愛したことあるの? 前世も込みで。言ってごらん」
なぜか幼女にもかかわらず凄みがある。
「いや、恋愛なんてなかったっす。精霊に近い少数民族なんて言われても、極北の寒さってハンパないんで。生きてくのにせいいっぱいで。仕事仕事の人生ですよ」
ティーレはなぜか正座していた。しかも上司に始末書を提出するときのような非常な緊張感に、冷や汗が出るのだった。口調も体育会系の後輩みたいである。
リドラは、首を傾げる。
「え~恋愛はしてましたよぉ~。片思いばかりでしたけど。相手はもちろん素敵な大人の男性で。バリバリ営業してる人たちで~」
「それ前世の話だよね? 三十六歳男性の?」
「え、ええ……転生してからは、サウダージ共和国だったし。あそこ貧富の差が激しくて生活苦とか生活苦とか生活苦とかで。亡命して魔術師養成校に入ってからは楽になりましたけど。周りはお子様ばかりでぇ。きゅんとくる男性がいなかったんですもの」
「……どこから突っ込んだらいいのかわからないって、有栖が今、思ったよ」
イリス・マクギリスはあきれ顔になった。
「まあいいや。とにかく最近は、あたし、イリス・マクギリスも、おとなしく引っ込んでたの。二つも前世の記憶があるって苦労、わかる? 頻繁に意識が入れ替わってたら記憶も混乱するし自分も困るのよ。一つの意識が代表して出てた方がいいから」
「はぁ、そうなんですか」
ティーレは管理職に出会った課長みたいな心境になっていた。
「今世の主人公はアイリスで、今のところ表に出るのは有栖なんだし。そのうち育って実年齢が、あたしに近くなったら、うまく融合できるかもって思ってさ。有栖を生暖かく見守ってたのよ」
「なるほど。それで、さっきまでは、すっごい可憐で守ってあげたくなるような繊細な美少女だったのに」
リドラがうっかり口をすべらせかけた。
「のに……何か?」
イリス・マクギリスに睨まれて、リドラは首を縮めた。
「いえ、何でも無いです。スミマセン」
「じゃあ続けるよ。有栖は女子高生。しかも珍しいくらい純情タイプだったから。アイリスに転生してから、館から出てないし知ってるのは両親と使用人とエステリオ叔父さんだけ。しかも叔父さんは仕事で留守がちな両親のぶんもアイリスが生まれた時からずっと護ってくれてた。この感情がなんなのか、ほんとのところあたしにもよくわからないけど。すごく、恋愛感情に近いと思う。焚きつけてくれて、どうすんのよ」
「どうって、あたしらの仕事には関わりが無い事なんで、ねえ?」
「いいじゃん。エステリオも他に女もいないみたいだし。幸せになってほしいな。別に、恋すればいいんじゃない?」
「仕事バカが、ここにもいたか……」
イリス・マクギリスは頭を抱えた。
「もういいわ。これから、しばらく、あたしが意識の主導権を握るから。有栖には刺激が強すぎるって。どうせ、これから何か起きるんでしょ。ただエステリオの過去を教えてくれに来たわけじゃないよね?」
「オーケー、それなら話が早い」
ティーレがソファから立ち上がる。続いてリドラも。
「あたしたちが、早朝からここに来た本当の理由はね。事件の再発を防ぐためなんだよ。舞台はラゼル家邸宅。秘蔵っ子の四歳の誕生日お披露目会。ね? エステリオ・アウルのときと同じだろ」
「まさか、また誘拐事件が繰り返されるというわけ?」
「そしてこんど浚われるのはエステリオ・アウルじゃない。お披露目会の主役、すなわち、アイリスだ」
「あなたが標的になっている可能性を、我々、魔導師会は大いに危ぶんでいるの」
「なるほどそれなら納得だわ」
イリス・マクギリスは頷く。
「でも妙ね。アイリスは虚弱だったから館の外に出たこともない。だいたい家人以外でアイリスを見かけた者もいないはず。当時の当主ヒューゴーにあちこち連れ回されて有名だったエステリオのときとは違う。生まれ持った魔力が豊富だなんて誰にも知られていないアイリスに何の価値がある?」
「それが、あるんだね」
ティーレはため息をついた。
「生後一ヶ月の時、慣習として魔法の才能を見極める儀式を行っただろ」
「そういえば、そんなこともあったような……」
「そのとき、アイリスちゃんが、膨大な魔力を持って生まれたこと、すでに風と光の守護妖精がいることが明らかになった。これは公式記録に残っているんだ」
「なんですって! あのくそじじい! アイリスに魔法の素質があるから弟子によこせと言ったヤツだよね!」
「しかも、今日は筋金入りのトラブルメーカーが来る。エステリオ・アウルの事件以来、隠居して別荘に移り住んでいた、先代のラゼル家、当主。ヒューゴー老が」
「エステリオ・アウルにもずっと会いたがってたけど面会してもらえず、アイリスが生まれたと知って、孫娘に会いたい会いたいって、ずっとごねてたそうだから」
「誘拐事件のことは、おじいさまも、まったく覚えてないってわけ?」
「そうだ。我々が責任を持って、きれいさっぱり忘れさせたからね!」
胸を張るティーレとリドラである。
「少しは覚えてもらっといたほうが良かったんじゃないのかな……」
懲りてないのではと、一抹の不安を抱く、イリス・マクギリスだった。




