第4章 その7 リドラとティーレ(改)
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そのときになって気づいた。
さっきからずっと、リドラさんに対して、あたしは六歳児らしからぬ受け答えをしてしまっていた。これでは『先祖還り』を知らないふりもできない。
でもでも。
衝撃的すぎる!
エステリオ叔父さんが、四歳の誕生日に自宅から誘拐されたとか。
人身売買組織に、貴族に売られていたとか。
助出されたのが半年後!?
落ち着いて聞いてなんかいられない。
「じゃあ、エステリオおじさまは」
半年?
その間、いったい、どうやっていたの……
ふいに、熱いものが目に溢れてきて。自分でも戸惑った。
「おじさま……」
それなのに、いつも、あんなに優しくしてくれていたの。
「あ~あ、泣かせちゃった!」
ティーレさんの声がした。
いつのまにやってきたのか。ティーレさんが軽快な足取りで入ってきて、あたしに近づくと、ハンカチを出して目にそっと添えてくれた。
「これ使って。ごしごしこすっちゃダメ。目が赤くなっちゃう」
涙を押さえてくれる、優しい手。
ティーレさんは怒ったようすでリドラさんに向き直る。
「独断はダメだって言ったよねリディ? ほうれんそう! 報告、連絡、相談! なんで一人でアイリスちゃんに話しちゃうの」
「ちょうど一人になってたし、いいかなと思って。『先祖還り』だし」
ばつが悪そうに、リドラさんは首をすくめた。
「それに、アイリスちゃんは可愛いもんね? なんでそう一人で突っ走っちゃうかな? この子は『先祖還り』っていったって前世は十五歳で亡くなったってヴィーから聞いてたよね? もう一人分の、イリスっていう前世だって、二十五歳で死んだって」
「いいじゃない、二十五歳なら成人だしぃ」
リドラさんの言い訳は、だんだんあやしくなってきた。
「前世で四十歳越えてたあたしや、三十六歳で死んだあんたに比べたら、まだ子供みたいなものだよ。かわいそうに、肉体年齢だって四歳になったばかりなのに。いきなり、大好きなエステリオ叔父さんが四歳の時に誘拐されて貴族に売られて性的虐待されてたとか教えられてショック受けないわけないでしょ」
「せ、せ…虐待っ!?」
息を呑んでしまった。
ショックすぎる!
「ティーレ、わたしはまだ、そこまでは言ってなかったんだけど……」
性的虐待とか。と、小声でリドラさんが呟く。
「えっ、そうなの?」
ものすごい気まずい空気が流れました。
※
沈黙がしばらく続いて。
「あの……」
意を決して、あたしは口を開いた。
「ティーレさんって、『先祖還り』なんですか。ほうれんそう、って、前世で聞いたことがある。もしかして日本人なの?」
「うう~。失敗した」
ティーレさんは、しばらく唸っていた。
観念したように、どすんとソファに腰をおろした。
「そうだよ。あああ、ほうれんそう、ね。つい口走っちゃったな。あたしは前世で日本人の杉村操子。四十歳で死んだ。で、こっちが嵐山律。享年三十六歳、男、だったわけ。奇しくも同じ職場の上司と部下で」
上司? 部下?
でも一番驚いたのはそこではなくて。
「はい? お、おとこ? だってリドラさんて、こんなにセクシーで女性らしくて」
するとリドラさんは、嬉しそうに、にまっと笑った。
さっきまでとイメージ違います。
もしかして、いい女、演じてた?
「あら、わたしのこと? 女性に生まれたかったなーって思ってたから、願いが叶ったっていうか! 可愛い子は大好きだけどね」
「もう黙れ! 律。それよりさぁ。ヴィーのこと。あたしの中身が四十だから、なんか滲み出てたのかなぁ。あんないい女、めったにいないのに。振られるなんてぇ」
「そこ問題じゃないでしょティーレ。あんたがアイリスちゃんに言っちゃったんだから、責任取りなさいよ」
「……わかったわよ」
驚くことばかりだったけれど、最初から順序立てて話してもらった。
もともと、ティーレさんはリドラさんと組んでいた。
お互いの前世が日本人で同じ職場の上司と部下という希有な巡り合わせだったことが、魔法使いの養成学校の入学式で出会ったときに、わかったのだと。
ティーレさんは十五歳くらいに見えるけど、もっと年上だった。
北方の、人間の身ながら精霊に近いと言われている民族……別名『精霊枝族』と呼ばれるガルガンド氏族国の出身。この種族は歳を取るのが遅いという。
エルフみたいなものなのかな。
ティーレさんの実年齢は「内緒」だそうです。
リドラさんは大陸の南東部、サウダージ共和国出身。
サウダージ共和国では魔力の多い人間は歓迎されない、むしろ迫害されている。それで、母親がリドラさんを連れて亡命した。
エルレーン公国は逆に、魔力が多いほど身を立てる術がある国だから。
そして二人は公国立学院、魔導師養成コースに入学してから運命的に出会った。
二人とも、飛び級で卒業してフリーで依頼を受ける賞金稼ぎになった。
賞金稼ぎというのは別名で、魔導師組合特別技能部門、というもの。
エルナトさんはやはり飛び級で卒業、特別措置として同じ部門に所属していて、ヴィー先生は、時々遊びに来ていて二人と出会ったということ。
当時は、ヴィー先生はまだ幼く。『先祖還り』のことは知らなかった。ヴィー先生が日頃から公言している「自分のほうが姉」とは、ある事件に遭遇したことによる記憶改竄の後遺症。
「たぶん、この頃に、外見年齢が十歳くらいだったあたしと出会ってるんだ。可愛かったんだよ。遊んであげたんだけど、覚えてないだろうな」
覚えてないどころか。
きっと、そのときのことが、ヴィー先生の理想の女性像を形成したのだと思う。
そして事件は起こった。
エナンデリア大陸全土で、大規模な人身売買が行われていることが明らかになり。
エルレーン国内における犯罪組織があぶり出されようとしていた矢先のこと。
大陸全土に影響力を持つラゼル商会の、首都シ・イル・リリヤにある本邸で。
神童と謳われていた次男のエステリオ・アウルが、四歳の誕生日に行方不明になった。誕生日を祝うお披露目の最中で、まだ晩餐会は終わっていなかった。
自宅を出た形跡は、どこにもなかった。




