第4章 その2 クリスタ・アンブロジオの転生
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あたし、クリスタ・アンブロジオの運命は、あのとき、警察の捜査に同行していた二人の魔法使いに出会ったときから、大きく変わった。
長い金髪の美形な青年は、エルナト・アル・フィリクス・アンティグア。
やけに長い名前だけど、このエルレーン公国の統治者フィリクス・レギオン・アル・エルレーン公の、とても近い親戚筋にあたる、えらい人で、でも公国立学院の大学院っていうところにいて、お医者さんをやっている。
レンガ色の髪をした人の良さそうな青年は、エステリオ・アウル・ティス・ラゼル。
この国で一番大きな商会、建国時からあるラゼル商会の当主の弟さん。彼は大学院の一番えらい老師という人の研究所で副所長をやっているとか。
ぜんぶ、今あたしがお世話になっているアンティグア家のメイドさんたちが教えてくれた情報だ。
あたしは大規模な誘拐・人身売買組織の犯罪の証人として保護された。
証人保護制度というものらしい。
気のせいかな。前世で日本人の女子高生だったときに見ていた海外の刑事ドラマにそういう制度が描かれていたような。まあ、異世界だって同じような発想があったって不思議はないよね。
そう、異世界。
あたしって、異世界に転生したんじゃないの!
そのことを知ったのは、エルナトさんとエステリオさんに助けられた、その日の夜、眠りに落ちたときのこと。
これまでは眠ると必ず悪夢に陥っていたのだけれど。
おそらく生まれて初めての熟睡。
爆睡した、あたしは。
女神様に、出会った。
※
そこは、何もない銀色のもやに包まれた世界。
しだいに銀色の靄は晴れていき、上も下もない真っ白は空間に自分が浮かんでいることに気づく。
『やっと会えましたね』
頭の中に直接、声が響いた。
「えっ! なにこれ!」
驚いてあたりを見回す。
『わたしはここにいます。これまでは、あなたが見ようとしていなかったのよ』
「ひぃっ!」
あたりを見回したあげくに正面に向き直ったとたん、目の前に、人間離れした美少女が立っていたので、あたしは盛大に驚いてしまった。
人間離れ。目の前の少女は、ものすごくきれいだったのだ。
年齢は十五歳くらい。
青みを帯びた銀色の髪。まっすぐで艶やかで、青白い光をたたえて。それが滝のように身体に従って流れ落ち、純白のシルクドレスと共にくるぶしまでを覆っている。
アクアマリンみたいな淡いブルーの瞳だ。
とっても友好そうな微笑を浮かべている
『そんなに驚かないでくださいな。わたしはセレナンの女神のひとり、アエリア』
「はぁ? 女神? なにそれ。おいしいの?」
アエリアと名乗った少女は、盛大なため息をついた。
『これまで何度も呼びかけていたのに、あなたにはまったく届かなかった。聞く意志がなかったのよ。でも、重要なことなので、ぜひ聞き入れていただくわ』
「はい?」
あたしに選択の余地はないらしい。
『あなたは前世の記憶を持っているでしょう』
「はい、ついさっき思い出しました」
『その記憶を持ったままで、あなたにとっては異世界である、このセレナンに転生してもらったの。最初、生まれる前にコンタクトしようとしたのだけど、あなたの魂は殻の中に閉じこもって、何も聞き入れてくれなかったのよ』
「そうだった、かも」
あたしは、自分の母親が、あたしの親友の月宮有栖を殺したことがショックで、死んでからも罪悪感にとらわれて、がんじがらめになっていた気がする。
もう何をしても、有栖を生き返らせることはできない。
『わたしからのお願いよ。この世界を救って。滅亡が迫っているの。協力してくれたら、あなたを幸せにするわ』
「ほんとに?」
あたしは疑り深いのだ。
『ええそうよ。手始めに、あなたの環境は劇的に変わるわ。もう下層民ではない。大貴族の庇護を受け、魔法の才能を伸ばすこともできる。生活の苦労はない』
そこで言葉を切った女神は、
『あなたがもっと早くわたしの声を聞き届けてくれたら、生まれ出る瞬間から、恩寵を授けられたのに』
と、残念そうに言ったのだった。
「世界を救うなんて、あたしが前世で読んでたファンタジー小説みたい。エルフとかドワーフとかホビットとか出てくる?」
『そうね。エルフという名前ではないけれど。精霊族、またはセレナン族と呼ばれている種族が、近いわね。ドワーフねえ。かろうじて、グーリア人の特徴が、近いかも。ホビット…森の種族が、近いかな?』
本気で考えてくれているようだ。女神さまっていい人だな。
『あなたはそこで、大切な存在を取り戻す。詳しくはまだ言えないけれど。ともかく転生して、がんばって生きてね。それが世界を救うことになるのよ』
ではそろそろ、目覚めのときね、と、アエリア女神は、微笑んだ。
『また会いましょう。紗耶香。ものすごく困ったときは、わたしに呼びかけて。できるかぎり、助けてあげるわ』
次話で、四歳になったアイリスが登場します!




