第3章 その17 アウルの望み(一部直しました)
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「私に、味方になれと?」
ヴィー先生ことヴィーア・マルファは、黄金の髪をした幼女の頼みに、まぶしげに目を細める。目映いのは、膨大な魔力が押し寄せているからだ。
「はい。ヴィー先生。あたしの家庭教師になってくださるんでしょう?」
アイリスは、ちょこんと小首を傾げる。中身は成人女性のイリス・マクギリスである。可愛く見える仕草を計算してやっていそうだ。
「もちろん、あなたはもう、私の教え子です。我が愚弟エルナトに紹介され、あなたのお父上から依頼された。学校に通える年齢になるまでに、体力をつけ、その多すぎる魔力にふさわしく魔法を使えるようになるように」
それだけでは足りないの、と、幼女は小さな手をさしのべた。
「ヴィー先生、お願い、絶対に裏切らない味方になって。あたしたちを助けて」
「おっと危ない」
ヴィーア・マルファは、ふっと目をそらして、幼女の視線を外した。
「マクギリス嬢、また『魅了』の能力を使いましたね。おまけに母上譲りの、逃れる方法のない強制呪文ですか。これで正式に魔法を学んだことがないというのだから、末恐ろしいお嬢さまだ」
「あ、ごめんなさい。ついうっかり」
本当だもの、うっかりです! と謝る。
ヴィー先生は、苦笑する。
「気をつけてくださいね。まあいいでしょう。だいたい私は最初からあなたの味方ですよ。この天使のようなお嬢さまに一目惚れですから」
「やめてくれヴィー先生! 冗談でも言って良いことと悪いことがある」
エステリオ・アウルは焦った様子でヴィーア・マルファの言葉を遮った。
ヴィーア・マルファは肩をすくめる。
「アウル、素直じゃないな。いっそ認めてしまえばいい。それほど好きなら」
「……無理です」
うつむいて、エステリオ・アウルは声を落とす。
「アイリスはまだ三歳だ。これから成長し、外界から守られてきた館の外へ出て、学校に通い、新しい人間関係を築いていくことも、先へ進むこともできる。わたしは、その妨げには、なりたくない」
「やれやれ。それくらいなら身を引くか。確かに賢明な選択ではあるが……」
それでいいのか? とヴィーア・マルファは問う。
「わたしは、彼女が外へ出られるまでの繭、協力者でいいのです。同じ『先祖還り』同士として」
「何言ってるのかしら。やっぱり日本人ってヘンなとこで生真面目ね。自分の気持ちは、どうなのよ」
二人の会話を聞いていたイリス・マクギリスはつぶやいた。
その独り言に、ジオは応えた。
『確かにバカだけど。でも、それがエステリオの心の拠り所なんだよ。ね、放っておけないでしょ? イリス・マクギリス嬢。このさい、頼れるのはあなただけかも。彼の幸せを助けてやれる守護精霊が、なんでエステリオには寄ってこないのかなあ』
『本心を偽っているからよ。自分の望みはどうなの?』
『妖精には自分が一番だから、そんなエステリオが理解できないのよ。バカだから可愛いって、アイリスが生まれたときからずっと見てきたわたしたちは思うけど、他の妖精たちは、どうかしら』
シルルとイルミナは容赦ない。
守護精霊になって日の浅いディーネは、いくぶん表現が柔らかい。
『アイリスも、エステリオ叔父さんが大好きなのに。それじゃダメなのかなぁ。人間ってめんどうね』
そうだろうけど、とイリスは、息を吐く。
「エステリオ・アウルはわかってるのよ。アイリスが叔父さんになついてくれているのは今だけだって。ジオも言ったじゃない。いずれ、成長していったらアイリスの世界は広がる。幼児の頃の思い出は上書きされて、忘れ去られるだろうって」
エステリオ叔父さんに子供抱っこをされてて言ってもしょうがないけどと、イリスは、顔を上げた。
ぬいぐるみみたいに抱かれている目線から、彼と、ヴィー先生を見やる。
ヴィー先生の長い髪は、きらきらと光のように輝いている。
うつむいているエステリオ・アウルの顔は、影の中。じっと目を閉じて、無言で、何を思っているのだろう。
エステリオにも、強い守護精霊がきてくれたらいいのにと、イリス・マクギリスは切に願う。




