表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生幼女アイリスは、異世界の女神様に人生やり直させてもらってます  作者: 紺野たくみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/222

第3章 その8 浄化



 目の前が真っ白になる。


『すべてのものを浄化する真の光を!』

 光の精霊イルミナが、魂をふるわせるように、歌う。歌い上げる。

『我が主、アイリスの守護者たる精霊、みんな力を貸して』


 遠く近く、ひびく旋律は、どこかひどく、懐かしくて。



 あたし、アイリスは、お母さまとお父さまと、エステリオ叔父さんと、エルナトさんも、我が家に勤めてくれているメイドさんたちも執事さんも、みんな大好き。


 誰も不幸になって欲しくない。

 そのためにできることがあれば、なんだってする。


『でもまあ、アイリスは、とりあえず、早く大きくならなくちゃね』


 あたしの守護精霊のうちでも、どうやら一番力が強いらしい地の精霊ジオは、せっかく人が真剣に思い悩んでいるのに、からかうようにちょっかいをかけてくる。

 ほっぺに砂粒を飛ばしてきたりとか。


『大きくなったら、たとえば四歳になれば、もっと魔力の容量もふえるから、他の精霊たちだって競ってアイリスの守護者になりたがるさ。急がなくたって』


「あたしが焦りすぎてるって思う? 忠告してくれてるのね」


『そ、そんなんじゃないんだからね!』

 ジオは急に赤くなる。

 憎たらしいかと思えば、甘々。どこのツンデレ妖精なの!


『ぼくはアイリスを、その周りにいる人たちも含めて、みんな、守りたいんだ。アイリスだって、そうだよね。そんなだから、ぼくは守護精霊になろうって思ったんだ』



「アイリス。イリス、有栖」

 胸に響く、透き通った呼び声。

 また、あそこに来てしまったのだろうか。セレナンの女神さまに出会った、時空を越えた、あの空間に。

 あたしは目を開けた。


 銀色の光の奔流だった。

 その銀色に、青白い光の帯が巻き付く、よく見れば光の帯に見えたのは、青白い光球が夥しく集まったものだ。

 これは、精霊火スーリーファだ!

 精霊火スーリーファが数限りなく集まって、あたしを取り巻いている。

 ううん、あたしだけじゃない。

 お母さま、お父さま。ローサ、トリアさん、バルトルさん、エステリオ叔父さんもエルナトさんも。みんな、精霊火スーリーファにまつわりつかれて、身動きとれなくなっている。家の中のいたるところに精霊火スーリーファが、ぎっしり詰まってるみたい。本来は実体のない幻の炎のように言われているけど、とんでもない誤解だわ。なんという存在感だろう。

 柔らかい、絹のような手触り。暖かみも感じる。

 匂いもある。森の中のような爽やかな香り。館から出たことのないアイリスは知らないけれど、あたし、有栖と、イリスは知ってる。森の中を吹き抜ける初夏の風の香り。それが精霊火の匂いだ。それに音もする。シュー、パチパチと、火花が弾けるみたい。歌ってる。終わることのない生命の歌を。

 精霊火スーリーファは、生きてる。


 彼らは歌ってる。けれど怒ってる。

 セレナンの大いなる流れを遮りせき止め曲げる、人間のことを。

 汚れに染められそうになっているお母さま、お母さまに引きずられるお父さまのことを。

 精霊火スーリーファが。お母さまを呑み込んでいく。


「おかあさま! おとうさま!」


「なぜ、あのような者たちのために泣く。甘言をもって近づく者の悪意に染まり、目を曇らせ、おまえを傷つけ苦しめる者を?」


 あたしの前に立っているのは、ラト・ナ・ルア。

 今から50年後に人間に殺される運命の、精霊族の少女。

 彼女には、人間を憎む理由がある。


「あたしはセレナンの恩寵を受ける資格はない。だって、あたしは、いつだって生ききれなかった。あたしを思ってくれた大切な人たちを苦しめてきた」

「だから?」

「だから、今のお母さまやお父さまを、家族を、殺さないで。あたしが、あなたたちのために、なんとかするから。がんばるから。がんばって、生きるから。セレナンの恩寵を受けられなくなっても」


「恩寵はいらぬか? だが残念だな、おまえは選べる立場ではない。受け入れるのだ。我を護り、救うと誓ったのは、おまえではないか。その、おまえの自由を奪い、おまえを助けるために遣わした者を遠ざけようとしているのだぞ」


 ラト・ナ・ルア。誰よりも生き生きとした弾んだ声、笑顔を見せてくれた彼女らしくない、硬質で無慈悲な神の顔。

 そこまで彼女を怒らせたのは、お母さま? お母さまに悪意を唆した者たち?


「あたしは誓います。恩寵を受け入れます。だから家族を、許してください」


「……おまえが許してほしいのは、セレナンにではない。前世の母親ではないか?」


 その言葉は、胸に、ずきっと刺さる。


「……そんな顔しないで。悪かったわ、アイリス。あたしの方が、あなたに助けてくれってお願いしたんだものね。あなたを邪魔する者が現れたから、むかついたんだもん」

 ラトの口調が、前に会ったときのように、戻った。


「助けてあげる。赤い魔女のバカにも苛つくし。あんたの家を、すっかりきれいにしてあげる。そのかわり、約束して。いい? あたしを助けるのもいいけど、まず、あんたが幸せになってくれなくちゃ、罪悪感はんぱないんだから!」


「ラト……! ありがとう!」


「ああもう、抱きつかないで。あたしは物質じゃないの。えねるぎーってヤツなんだから、触ったら痛いわよ。それにね、精霊火は、害なんてしないのよ。ま、遊びはするけど。人の心の中にある怖いものを見せたりとかね。あんたのお母さん、少し休養したらいいのよ。疲れてるから、つけ込まれるの」


 ラト・ナ・ルアの態度は、かなり軟化している。

 

「あんたはこの先、けっこう大変なんだから。がんばりなさいよね!」



 やがて、霧が晴れるように精霊火スーリーファは少しずつ減っていった。

 館にいたみんな、夢から覚めたみたいにぼんやりしている。


 空気は澄み渡っていて、曇りもない。館の内部は、このうえなく清浄な空間になっているのだ。


 ああ、よかった!


 倒れているお母さまに、ルシアとレンピカが駆け寄った。

「気を失っておられます」

「アイリアーナを寝室に運んでやってくれないか」

 お父さまが優しく気遣う。

「最近、茶会だの園遊会だの、社交の集まりが立て続けだったからな。しばらく静養するのもいいだろう」

「わたしに診させていただけませんか」

 エルナトさんが、お母さまの診察をしてくれると申し出た。


「おねがい、エルナトさん。おかあさまをたすけて。あたしをたすけてくれたみたいに」

「もちろんだよ」

「ありがとうございます!」


 なんて頼りになる人なのかしら。

 うっとりしていたら、エステリオ叔父さんが、なぜだか不機嫌な様子になって。

「だめだからな。アイリスはおまえには」

 渡さないとか言いかけたのは、きっと気のせいよね。


「バカだな……エステリオ。そんなこと言わなきゃ、まだ、ちょっといい感じの叔父さんでいられるのに」

 心底呆れたようにエルナトさんは肩をすくめるのだった。


『まあ、いいんじゃね? どうせアイリスがエステリオに叔父さま叔父さまって、なついてくれるのも、今だけだから。大きくなって学校に通い始めたら、すぐに友達できたり、カレシとかできたりしてさ!』


『『『だめじゃないジオ。そんな身も蓋もない。エステリオが立ち直れないわよ。やっと少し浮上してきたのに』』』


 守護精霊たちのツッコミ合戦をぼんやり聞きながら、あたしは、

「そうか、今はまだ三歳だった。そのうちあたしも学校に行ったりするんだわ」

 今更ながら思っていたのだった。

 自分のことなんだけどね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スピンオフ連載してます。もしよかったら見てみてくださいね
カルナックの幼い頃と、セラニス・アレム・ダルの話。
黒の魔法使いカルナック

「黒の魔法使いカルナック」(連載中)の、その後のお話です。
リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険(連載中)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ