第3章 その2 誤解をとく
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真実しか答えることを許されない強制呪文を、お母さまが紡ぐ。
「あなたの中にエステリオ叔父様の魔力が注がれている。アイリス、叔父様は、優しい? むりに、痛いことをされたりしなかった?」
この質問には、困った。
エステリオ叔父さんは、あたしを害したりしてないのに。
魔力栓を溶かすための治療は実際、すごく痛かったから「痛いことをされていない」と答えられない。でも、そうしたら、エステリオは、どうなるの?
汚名を着て、家族の信頼も失うのだろうか。
失敗できない。
答えられないでいると、お母さまは、さらに、呪文を重ねた。
「アイリス。答えて。エステリオ叔父様に、何をされたの?」
お母さまの強制呪文の質問が、ほんの少し変わった。
後からの呪文のほうが優先される。これなら、エステリオ叔父さんの不利にならないように返答できる。
ほっとした。
ようやく、お母さまに答えられる。
「あたしのしんぞうに、おおきなまりょくのかたまりができてたの。エルナトさんがしんさつしてくれて、ほうっておくとしんでしまうって、おしえてくれたの」
お母さまに対しては難しい言葉を使えない。わかってもらえるように、がんばる。
「まあ。エルナト様に診察していただけたの。なんてありがたいこと」
お母さまは、エルナトさんには絶大な信頼をおいているのが、すごくよくわかる。表情が明るくなるの。
「そうなのよ、おかあさま。エルナトさんは、とってもやさしいの」
「よかったわね。エルナト様は、とても有名なお医者様だもの」
お母さまは、自分たちも、あたしの魔力異常のことは知っていたということを、教えてくれた。
「一歳のときだったわ、アイリスが高熱を出して。学院の老師さまが、あなたを診てくださったの。魔力が多すぎて、固まりやすいのが原因で、疲れやすかったり熱が出たりするのよ。でも治療は小さいうちは行えないし、すごく苦しいと聞いたから、お父様も私も、なかなか治療に踏み切れなかったの」
「しってる。おじさまが、おしえてくれたわ」
「ではエステリオ叔父様が、あなたの治療をしたというの?」
半信半疑ながら、お母さまが心を動かされたのが、わかった。
「エルナトさんが、みまもっていてくれたの。。おじさまは、かたまりをとかすために、あたしのひだりてから、まりょくをながしたの。しんぞうにある、かたまりをとかして、いれたまりょくは、みぎてのほうから、ぬいたの」
「……それでエステリオ叔父様の魔力を入れたの? 本当なのね?」
お母さまは、あたしをじっと見つめた。
……まだまだ、お顔が怖いです。
困っていると、エルナトさんが、たすけに入ってくれた。
「アイリアーナ夫人。強制呪文には真実しか返答できない。わたしも、真実だと証言します。この、エルナトが、アイリス嬢を診察させていただきました。赤ん坊の時には体力がもたず施術できなかったでしょうね」
話を向けると、お母さまは感極まったように、うっとりする。
「そのとおりですわ。学院の老師様から、何度も、弟子にしたいと申し出がありました。そうすればこの子も生き延びられるとも思い、悩みましたわ。けれどいずれは治療技術が進み、ならば希望はあると」
「もちろん、正しい判断でしたね」
エルナトさんが、お母さまを力づける。
「アイリス嬢は、今、三歳ですね。エステリオ・アウルの指導を受け、魔力の流れを意識し、四柱の守護精霊と契約することが叶ったのですよ」
「四精霊と契約ですって!? そうおっしゃいましたの!?」
「そうです。風、光、水、それに地」
「まあ、アイリス!」
「お嬢さんは、たいそう強い魔力を持っています。今まで、このような例はありませんでした。アイリス嬢は心臓に固まっている魔力栓さえ溶かせれば、長生きもできましょう。ですから、アウルと、治療にあたらせていただいたのです」
説明を聞きながら、あたしは思っていた。
エルナトさんが残っていてくれて、本当に良かった。
園遊会からお帰りになって、なぜか疑い深くなっていらっしゃるお母さまも、エルナトさんのおっしゃることには頷いて、笑顔を見せてくださっている。
でも、エステリオ叔父さんに向ける表情は、まだ、堅いのでした。
※
お母さま、ほんとに、出席なさった園遊会で何があったの?
それからも、お母さまは、あたしを離そうとしなかったのです。




