第3章 その0 紗耶香とジョルジョと東京で
0 (武蔵野市・吉祥寺 2020年)
それは、あたし、相田紗耶香が、高校二年生の、初夏のことだった。
五月のとある日曜日。
吉祥寺に出かけたのは親友の月宮有栖と遊ぶためだった。カラオケして、駅ビル(アトレ)で雑貨を買って、駅で別れて電車に乗ろうとしてたとき。
「すみません。西荻窪って、ここですか?」
背後から声をかけられた。
若い男の子の声。
よくあるナンパかなって思わなかったわけじゃないけど、とりあえず振り向いたのは、その声質に、ちょっと惹かれたから。
すっごく、伸びのよさそうな、クリアで張りのある声。
何か歌ったらよく映える声よ。
将来は歌手になりたくて毎週歌唱レッスンに通ってるあたし、相田紗耶香としては、すっごく羨ましい声で、嫉妬してしまうくらい!
もしかしてジャニーズ系のアイドル?
そういえばギターケース背負ってる。アコースティックかな。
年は、あたしと同じくらい。
可愛いだけじゃなくて、きりっとして、凜々しい。
ハーフかな。栗色の巻き毛、黒い瞳に、光のかげんで濃い赤色が混じって、繊細そうな色白の肌をしてる。
困った表情が、ちょっぴりセクシーかもって思っちゃった。
「西荻窪は、隣の駅よ」
「えっそうなんですか? やっぱり、さっき通過しちゃってたんだ!」
男の子のあわてた様子に、好感を持った。
顔立ちは外人だけど日本語は流暢なの。
「西荻駅は、快速だと土日は停車しないのよ。平日は停まるんだけどね」
「そうなんですか」
きょとんとしている。
土地カンないわね?
「もしかして西荻で待ち合わせ? だったら各駅停車に乗ればいいよ」
教えてあげると、満面の笑み。
「ありがとう! このあたりに来たのは初めてなので、困ってたんです。友達が、西荻駅から近い貸しスタジオを借りてるってメール来たんですけど、よくわからなくて」
「じゃあ住んでるのはこの辺じゃないの?」
「国分寺です。ぼく、ジョルジョって言います。ジョルジョ・カレスね」
「あたしは相田紗耶香」
「あ、きみは…アイーダさん?」
急にとんちんかんなことを言う。
「日本の名前は、名字が先なのよ。名前は、紗耶香。相田紗耶香よ」
ジョルジョくんがフルネーム名乗るから、つい本名を言っちゃったじゃない。いや、何かになりすましてたり? いや……まさかね。
行きがかり上、ジョルジョくんを、駅のホームまでおくることになって、しばらく話をした。
すっごく、良い子だった。
「お友達って?」
「ええ、キリコっていうんですけど」
なんだ彼女持ちかぁ。
そしたらジョルジョくんは、あたしの考えを見て取ったみたいに、言った。
「男ですよ。いつもキリコっていうだけなんで」
「え、名字とか知らないの? おともだち、だよね?」
「原宿の駅前で、土曜の夜にギター弾き語りしてたら声をかけられて。キリコも楽器やってるってことしか聞いてなかったもので」
吉祥寺のホーム、次の電車がくるまで、あたし、相田紗耶香は、ジョルジョくんと話していた。音楽を志すものとしての会話が、嬉しかった。
有栖も一緒にいたらもっと楽しいのにな。
電車がホームに滑り込んで、音もなく停まる。
スニーカーを履いた彼、羽根が生えたみたいに、開いたドアにふわっと飛び込んで。
「じゃ、またねジョルジョ。どっかで出会ったらいいね!」
「待ってアイーダ! えと、えっと、メアド! メアド聞くの忘れてました!」
あーあ。ジョルジョくんは、また慌ててる。
あたしは笑って、手を振るだけ。
出会いなんて一期一会でもいいじゃない?
それが、あたしの主義だったんだよね。
「あっそうだ有栖にメールしとこ~。さっき、彼の写真とったし、メールで送っちゃえ。街で見かけた美少年、ってね」
あたしはホームにとどまって、親友への写メを書いていた。
だから、気がつかなかった。
見覚えのあるスニーカーを履いた足が、また、目の前に、やってきたこと。
「アイーダさん」
顔を上げたら、とっても嬉しそうな笑顔が、そこに、あったの。
メアドを書いた、小さな紙片が、大切そうに、差し出されて。あたしはそれを受け取って、生徒手帳にはさんだ。
でも、その紙片を、あたしは今日、泣きながら破いてる。
あたしだけ、彼氏なんて、欲しくない。
だって、有栖が、有栖が、もう………
二度と、会えないなんて。
※ (Tokyo ××××年)
ジョルジョはいいやつだ。
こんな時代に、宇宙人やUFOを本気で信じてる。
人の善意を信じてる。
だけど、ジョルジョは、いつも、おれが「トーキョー」に潜るのを心配してた。
きっと、わかってたんだと思う。
昔の自分を見て、おれが、捕らわれてしまう可能性や、危険性を。
ずっと警告してくれていたのにな。
※(ワシントンD.C ××××年)
ジョルジョは、案じていたとおりになったことを知った。
キリコ・サイジョウは過去の自分に触れて同化してしまった。
これで都市から出て行くことはできなくなった。
時間がループしている、この東京で。地球の地磁気を使って構成された仮想世界で。
地球ごと世界が終わって魂が消滅するまで、このままだ。
ぼくはキリコの友達だから。
世界が終わるまで、きみが消えたトーキョーの、そばにいるよ。
だいじょうぶ。遠い日の思い出が、心を温めてくれるから、だから、ぼくは暗闇の中へ堕ちないでいる……。
いつかまた、どこかで会えたらいいね。




