第2章 その17 打ち明ける
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しばらくして光が薄れ、そこには、あたしと契約した精霊たちが佇んでいた。
いままでの羽根を持った幼い小妖精の姿から、人間なら二十歳くらいの大人の女性たちへと姿を変えて。
中庭の隅に置かれたガーデンテーブルの前に腰掛けていたエステリオ叔父さんとエルナトさんは、ガタッと大きな音を立てて、立ち上がった。
背の高い二人が急に席を立ったので、ティーセットはガタガタ揺れて、焼き菓子が一つ、庭に落ちてしまった。
庭のお茶会の担当をしている二人のメイドさんが身構えたのが見えた。
けれど、彼女たちも弱い魔力を備えているので、中庭に光り輝く存在が顕現したことを目撃し、精霊なのだろうと察して、こちらへやってくることはしなかった。あたしたちが声を掛ければ、すぐに来てくれるだろうけど。
幸い、お茶のセットは無事。
あたしは、冷静に、淹れられている紅茶を飲み干した。
「これは……すごいな! すごいよイーリス!」
「アイリス嬢。アウルに聞いたときは半信半疑だったけど、謝るよ。四精霊との契約を、その歳で、もう!?」
二人とも、愕然としている。
ふふん。すごいでしょ、あたしの守護精霊たち。
ちょっとくらい自慢してもいいかしら?
「エルさま、おじさま。まずご紹介させてね。風の精霊シルルと光の精霊イルミナ。あたしが赤ん坊の頃から、守護妖精になってくれていたの。三歳になって、おじさまに魔力を見ることを教えてもらったから、守護精霊になれるんだって。それで契約したの」
シルルはゴージャスな美人。
背が高くてスタイルも良くて、豊かな黄金の髪は波打ちながらヒップまで覆っている。明るい若葉色の瞳はキラキラと輝いている。同じく若葉色の、ひだの多い柔らかなドレスは、くるぶしのあたりまである。
イルミナは、きれいなお姉さん。
透き通るように色が白く、ツインテールにして膝くらいまで届く赤毛はルビーみたいに純粋な赤色。大きな目は金色で底知れない深みを宿す。
ふんわりした形の膝丈のドレスはとっても可愛らしい。
「それから、新しく守護精霊になってくれた、水の精霊ディーネ」
ディーネは幼さの残る感じのボーイッシュな美少女。
肩にかかるショートボブスタイルの髪は、つやつやさらさらの水色。
ひざ丈の水色のワンピースは、すとんとした形で、清楚な雰囲気。
「こちらも新しく契約して守護精霊になってくれた、地の精霊ジオ」
ジオも、二十歳くらいの人間の姿形になった。
のびやかでいて華奢で。スレンダーな身体に黒い服、大きめの赤いローブ。
栗色の巻き毛に、濃い赤の瞳。表情はどこか幼く艶めいている。
もちろん全員、超絶美形揃いだ。
シルルとイルミナ、ディーネ、ジオは、期せずして声を合わせた。
『『『『わたしたちは全力でアイリスを生涯護り抜く守護精霊。エステリオ、エルナト。あなたたちもアイリスを助けて!』』』』
叔父さんたちのことも呼び捨てなのね。精霊だもんね。
それにしても今更だけど、精霊バージョンで四人揃うと大迫力。
「こっ、こちらこそ」
「よろしく」
瞠目しているエルナトさんとエステリオ叔父さんは、ただ、頷くだけだったのです。
「おじさま。エルさま。お茶がさめてしまうわ。おすわりになって」
「あ、ああ」
「そうだね。お茶を飲もう」
驚きのあまりに立ちつくしていた二人は、再び、椅子に腰掛けた。
守護精霊たちはそのまま、佇んでいる。精霊なので、みんなも楽にしていてね、なんていうのは無意味である。
「話には聞いていたが、なんという、とんでもないお嬢さんだ」
エルナトさんが、大きく息を吐いた。
「あらためて見ると、やっぱりすごいよ。うちのお姫さまは」
エステリオ叔父さんは、笑顔になった。
「アウル、その調子じゃ、姪っ子バカだとまた言われるぞ」
「構わないよ」
二人の掛け合い、楽しそう。
また言われる、なんて、同じ公国立学院の人に、かしら。
エルレーン公国最高峰の魔法使いを養成する学校だったはずだけど、中傷みたいなことして自分が恥ずかしくないのかしら。
「……しかしまずいな。三歳にして四精霊と契約するとは、強すぎる。用心しないと、外部に知られてはやっかいだ。特に中枢には」
「まだ当分の間、隠しておければいいんだが。強すぎる力は、狙われる可能性が大きい」
深刻な顔でエステリオ叔父さんとエルナトさんは、さめかけの紅茶を口に運んだ。
「おじさま。エルさま。ご相談したいことの一つは、それです」
ただの三歳児のふりは、やめた。それよりも切羽詰まっていることがある。
叔父さんとエルナトさんは、あたしをじっと見ている。
「わたしは生まれ持った魔力も多いのでしょうし四守護精霊と契約していますが、魔法は全く知りません。自分一人の力では、身を守ることもできないのです」
『『『『アイリス! そんなの、わたしたちが! 全力で護るのに』』』』
「もちろん守護精霊たちは、わたしを生涯護ると誓ってくれていますが、わたしは、まだ館の外に出たこともない幼児です。知識も足りず、抗うすべも持たない。そして、わたしには……」
息を吸って。
ほんの少し、躊躇ってしまった。
ずべてを明かしていいの?
自分は前世の記憶がある、なんて。
エステリオ叔父さんは、同じ前世の記憶持ちだと教えてくれたけど。
だからってエルナトさんもそうじゃないかななんて、あたしが勝手に思い込んだだけで。
一瞬の躊躇いから、そんな考えが浮かんでしまって、あたしは、急に、どう言葉を紡げばいいのか、わからなくなった。
守護精霊たちからの、応援の気持ちは、痛いほど伝わってきているけれど。
……怖く、なった。
かつて、遠い昔に一人で世界の終焉を見た。その孤独が。
あたしを未だ縛っていた。
「わかっているよ。アイリス嬢。きみは『先祖還り』だね」
沈黙を破ったのは、エルナトさんだった。




