第2章 その16 中庭でお茶を
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「相談したいこと?」
「かわいいお嬢さんのお願いは気になるね」
エステリオ叔父さんとエルナトさんは、あたしと目線を合わせるために、屈み込む。
『だめだめ、エステリオ。お友達も、あまり近づかないで』
風の精霊シルル。
『アイリスは、わたしたちが護るんだから』
光の精霊イルミナ。
『わたしたちは守護精霊なんですぅ!』
水の精霊ディーネ。
『まあそういうことで』
地の精霊ジオ。
あたしのまわりは、初めて見る人物、その上、規格外なほど魔力の高いエルナトさんを警戒した守護精霊たちにガッチリ固められている。
「いいのよ、みんな。けいかいをゆるめて。わたし、おりいって、おふたりに、ごそうだんしたいの」
目の前に並んでいる二人に、あたしは話を切り出した。
「とても、じゅうようなことなんです。おふたりだけに、おうかがいしたいことが」
最後の「ふたりだけ」の言葉は、声を落とした。
エステリオ叔父さんとエルナトさんにぜひとも応えてもらいたい本気の相談なのだけど、内容は人前では言えない。
メイド長のトリアさんも小間使いのローサも、乳母やのマリア、ほかの使用人たちもすぐ側に控えている。あたしの前世なんて何も知らない彼女たちの前で『アイリス・リデル・ティス・ラゼル』は、三歳児らしからぬ言葉遣いはできない。
こんなお誘いで叔父さんたちに受けてもらえるかな?
エルナトさんとエステリオ叔父さんは互いに顔を見合わせたあげく、うなずき合って、たいへんもっともらしく、
「それはそれは光栄しごく」
「お嬢さまのご相談なら、お受けしないわけにはまいりませんね」
なんて、芝居がかって答えたの。
「もう! ふたりとも、まじめにきいて!」
あたしが真剣なことを、やっとわかってもらえたようだ。
ふたりの態度が変わる。
「ふむ。真面目な話か」
叔父さんの目は魔力を使うとき緑になる。エルナトさんもそうみたい。緑の目であたしを凝視して、軽い驚きの色が見えた。
二人とも、甘く見ないでね。
ただの三歳児ではないのよ。
「……これは、すごいですね」
ふうっと息を吐いたのはエルナトさん。
「半端無い魔力だ……一人前の、たとえば『覚者』でさえも霞みかねない」
「そのことはあとで」
あたしは小さな手をあげてエルナトさんのことばを遮った。マナーとしては失礼なことだけど赦してほしい。事態は急を要するのだ。
「おちゃをごいっしょできたらうれしいです」
再び、丁重にお誘いする。
エステリオ叔父さんは少し考えこむ。
「そうだな。トリアさん! エルに、兄さん自慢の中庭を見せたい。午後のお茶の用意をしてくれないかな。アイリスも一緒に」
アイリス、と言った。
叔父さんがあたしを『イーリス』と。特別な呼び方で、優しく話しかけるのは、一対一か、そばにいるのがローサのとき限定だ。
本来なら三歳のアイリスにはよくわからないだろう。あたしの推測では、血のつながりがあるとはいえ叔父さんは成人男性。良家の子女と、妙に親しすぎるなどと周囲に誤解されないように線引きをしているのではと思う。
アイリスは年は小さくても立派な淑女。レディなのだから。
「かしこまりました坊ちゃま。あなたたち、中庭のガーデンテーブルを整えて、お茶の支度をなさい」
メイド長のトリアさんが、お茶の手配を指示する。
「お坊ちゃま、先にお庭にどうぞ。お茶はあとで運ばせますので」
これでよし。
「さあお嬢さま、おいでください」
「うばや、わたしも歩きたい」
乳母やが抱っこして運ぼうとするのをやんわり断って、あたしはひとり中庭に向かう。お客さまがいらしたのが嬉しくてはしゃいでいると受け取られるだろう。
三人で、お茶を。
話し合いの場所を、使用人たちが様子をよく見ることのできる中庭に設えられたテーブルにしたのも、エステリオ叔父さんの気遣いだろう。
※
「わたしは、ほんとにエルに中庭を見てもらいたかっただけなんだけどね」
テーブルに着いたエステリオ叔父さんが、笑う。
「わたしも拝見したかった。この都シ・イル・リリヤに名高い名門ラゼル家の庭を」
「あ、名高い庭園は、外庭のほうだけどね。そっちはもう、すごいよ。迷路だったりロックガーデンだったり、東屋があったり、外国から取り寄せた尖塔まで立ててるし……まあ、兄の趣味じゃなくて先祖代々の見栄っ張りが集まった庭園なんだけどね」
「聞かなかったことにしよう」
ぶっちゃけすぎるよ叔父さん……。エルナトさんが困ってるでしょ。
「お待たせ致しました」
メイドさんたちが静かに銀のトレイを捧げ持ってやってきた。
繊細な植物の絵のついた三人分のティーカップ、たっぷりのお茶を入れたポット、温めたクリーム、叔父さんの好きなスミレの花の砂糖漬け、小石くらいの大きさに固めたお砂糖、トレイに山盛りになった焼き菓子を、次々にテーブルに置いた。
「どうぞごゆっくり」
運び終わったメイドさんたちはすぐさま退くけれど、いなくなりはしない。館から中庭に出入りできる戸口に、ぱりっと糊のきいた白いエプロンをした二人が控えていた。
中庭には整然と刈り込まれた緑のイチイの木が迷路のように配置されている。
そのほか、お父さまが集めてこられた外国の木々や香りの良い花が、競うように咲き誇り、面白い形の岩石も配置されている。
中央には睡蓮の植わった、池がある。
イングリッシュガーデンみたいだなあと、あたしは密かに思う。
「なんと素晴らしい。あの池の睡蓮も珍しい。美しい花は目の保養ですね」
手放しで喜ぶエルナトさんに、あたしも気をよくする。
「おとうさまの、ごじまんですの」
「ご自慢は、ご令嬢もですね。麗しい花のようですよ」
「……え~……」
困っちゃったな。
エルナトさんって、呼吸するように自然に、女性への讃辞を口にするタイプなのかしら。対象が、こんな幼児でも?
お話しが進められないじゃない。
「……エル。気持ちはわかるが今はやめろ。それはそれとして、アイリス、秘密の相談とはなんだい? 風の精霊の助けで、このテーブルで話したことはよそに漏れないようにしてあるから、安心していい」
叔父さんはティーカップを持ち上げ、口にした。
直球ですね。
この際、いいか。
ところで。気持ちはわかる、ってなんでしょう。
いいや、スルーしよう……。
何を相談するかは考えていた。
まず、あなたは前世の記憶持ちなのかってこと。
このままだと50年後に、ある出来事のために世界が滅びるって知ってるのかってこと。
あたしは滅亡なんていやだし。
ラト・ナ・ルアを助けたい。
でもまだ三歳。
助けて。力になって。
はあ。何から話そう。
※
一杯目のお茶を飲み終えて、エステリオ叔父さんはカップを置く。
「どうかな、そろそろ、精霊を披露してくれるのかな? 新しい妖精もきたんだよね」
頃合いを見計らっていたらしい叔父さんが話しかけてきた。
「そうなの! せいれいさんをみてくれる?」
あたしは安心した。
この話題なら、メイドさんに聞かれても構わない。
「おじさま、それにエルさま。みせてあげるっ。あたしの、せいれいたちを!」
『アイリスアイリス! やっと守護精霊としてわたしたちを呼んでくれたのね!』
あたしの呼びかけに、精霊たちが応える。
透明な光が、弾けた。




