第2章 その15 アンティグアのエルナト
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「ええっ! イーリスの守護妖精たちが! 守護精霊になっただって!?」
やっぱり! エステリオ叔父さんはものすごく驚いてくれた。
「そうなの」
ちょっぴり自慢。胸を張ってエステリオ叔父さんに答えると、メイド長のトリアさんも驚きの声をあげた。
「お嬢さま、本当でございますか!」
「そのようでございます、トリアさん。お昼寝の後、お嬢さまのまわりを飛び回る光が、一段と強く輝いて。光の粉が、たくさん降りかかるようになりました」
ローサも誇らしげに言ってくれる。
あたしはますます嬉しくなる。
「それに、しゅごのせいれいさんも、ふえたの。みずのせいれいさんと、つちのせいれいさんと」
「なんだって! すごいじゃないか!」
あ、叔父さん、よっぽど驚いたのね! 魂の姿のときのしゃべり口調になってる。
それとも、こっちが地の姿なの?
「おやおや。堅物エステリオ・アウルも、てんでかたなしだね」
だれ?
叔父さんの後ろに人が居た。
背の高い青年だ。
やだ、すっごい美形。
長い金髪はサラサラで腰くらいまであるの。(男性なのに、なんでかしら)で、切れ長の涼やかな目元。緑柱石のような美しい緑の目。
エステリオ叔父さんに読んでもらった絵本に出てきた、森の精霊さんみたいに美しい青年なの。
でもなんか、この人、腹を抱えて大笑いしてますけど……。
「くっくっく……ああ苦しい。久しぶりにこんなに笑ったよ」
「エル! 少しは遠慮しろ!」
「わかったよ。はじめまして、ラゼル家のお嬢さん。きみがエステリオ自慢の、秘蔵っ子の姪御さんだね」
「ああ、エル。そうだよ」
叔父さんの顔が少し赤い。
「エル。この子がアイリス。我が家の大切な、麗しのお姫さまだ。くれぐれも、ご機嫌を損ねるなよ?」
「あら叔父さま。あたし、理由もなく不機嫌になったり、そんなことしないわよっ」
あ、しまった。
ちょっと三歳児らしくなかったかな。
叔父さんは苦笑して、
「イーリス。これは、わたしの学友で、エル。フィリクス・レギオン公の従兄弟で、公立学院始まって以来の秀才。一番の優等生だ。彼は身分を気にしていないが、言っておかないわけにもいかない」
「気遣い無用だよ」
超絶美形青年は、長い腕を優雅に広げ、ゆっくりと上半身を屈めた。
「アイリス嬢。ご紹介に預かり光栄です」
さらりと流れ落ちる髪の動きに目を奪われる。
輝く金色の滝のよう。
あたし、王侯貴族というものを見たことはまだないけれど、きっとみなさん彼のように上品で、それでいて凜々しい方々なのでしょうね。
「私はエルナト。アンティグア家のエルナトです。親しい者は、エルと呼びます。どうぞお見知りおきを、お嬢さま。エステリオとは幼い頃から親友というか悪友で、遠慮の無い付き合いをしています」
とっても優しそうな笑顔のお兄さん。三歳児のあたしにも、大人のレディに対するような物言いをするなんて。
エステリオ叔父さんの親友なんだって聞いて、驚きです。
「えええ! エルナトさま? おじさまにも、おともだちがいたの?」
「そうだよ。私のことはエルと。今後ともよろしく」
手をさしだす。
あたしはその手をとる。
優しく、手の甲を持ち上げて……顔を近づける……って、ありなの!?
ちょっと引いてしまった、あたし。
『『『『アイリス!!!!』』』』
あっ、やばいやばい!
あたしの守護精霊たちが飛んできてる!
光より早く。目映い銀色の光のカーテンが、あたしを包む。
『『『『あるじに何を! この不埒者!』』』』
待って、みんな!
エルさんを焼き焦がしたりしちゃダメ!
すると次の瞬間、大慌てで叔父さんが駆けつけエルさんの頭を「ぱしっ」と、はたいた。かなり強く。
「ちょっと待てエル。それはない! 騎士のキスはまだだめだ! わたしだってしてないんだ!」
「おや、それは残念。ではもう少し大きくなられるまでお待ちします」
エルさんは、手を離して、にっこり笑った。
い、いまのはなんだったの!?
もしかしてエルさんて、エルさんて……お、おんなたらしとか? なの?
攻略は全年齢対象なの!?
……まさか、だよねぇ。
「それにしても、アウルは幼年学校時代からずっと、女の子に言い寄られても逃げるばかり、誰とも交際したこともない堅物だったんだけど」
エステリオ叔父さんのミドルネームはアウルだけど、親しい人しか呼ばないかな。
「よけいなこと言うなよエル。可愛いと評判の、うちのアイリスに一度会ってみたいってごねるから、連れてきてやったんだぞ」
「だってアウル。高等学院では学部が別れるし。せっかく公立大学院では同じ魔法学部になれたのに、すぐに家に帰ろうとするから、妙だなと思っていたんだ」
「あ~もう。うるさい帰れ!」
「あはははははは」
大爆笑ですよこのひと。
『アイリス。この人、ただ者じゃないわ』
『エステリオなみの強い魔力があるなんて』
シルルとイルミナが、あたしの両脇に回り、肩に手を置く。
柔らかなエネルギーが伝わる。
あたしの右足にディーネ。
左膝に、ジオが。
みんな、あたしを護るつもりなの。
「おや、すっかり警戒されてしまった」
穏やかに笑う、エルさん。
その身体のまわりに、透明な、陽炎が燃え立つ。
エステリオ叔父さんと同等の魔力を持つ、魔法使い。
うわぁ。
こんな二人が揃ってる学院って、どんなところなの? こわいくらいだわ。
「こちらこそ、どうぞ、おてやわらかに」
見習って、優雅に会釈をしてみせる。
「おじさま。エルさま。よかったら、おちゃを、ごいっしょに」
年は小さくても淑女のように微笑んで。
「おふたりに、ごそうだんがあるの」
エステリオ叔父さんはもちろん。エルさんも、あたしの仲間になってくれないかしら?
だって、あたしは、そろそろ気づいていたの。
こんなに反則なくらいに、抜きんでて強い魔力を持っているのは、きっと。
同じ、前世の記憶を持つ『先祖還り』なんじゃないかって。
※
このとき、あたしは、微塵も疑っていなかった。
きっとなんとかなる。
あたしが、ラト・ナ・ルアを護る。
ラトが人間に殺されないようにあたしは頑張る。
セレナンを人間が殺すなんて絶対だめ。
そのために世界が滅びるなんて。
あたしはもう、世界の滅亡なんて見たくないの!
アンティグアのエルナトは、別に連載している「魔眼の王」という作品の冒頭に登場しています。
そのエルナトの若い頃が、こちらです。




