第6章 その32 最後にやってきた客
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ちょっと待って!?
大丈夫なの?
この世界と同じ名前を持つ種族、精霊族の『最も年若い者』ラト・ナ・ルア・オムノ・エンバー。
何百年も生きてるけれど外見はせいぜい十四、五歳くらいの華奢な超美少女だ。
その精霊族の彼女が、貴族でも無いラゼル家……そりゃあ、うちは大陸全土でも有数の大商人だっていう話だけど……の開催する晩餐会に、名高い魔法使いカルナック様にエスコートされてやってきてるなんて。
招待客は、内輪の人間だけじゃ無いのに、公表して構わないの?
(アイリス! 有栖!)
そのとき突然、頭の中に声が響いた。
(今すぐあたしと代わって!)
せわしい声。イリス・マクギリス嬢だわ。彼女は短気なの。
脳内会議開催?
あたしの中の意識の一つイリス・マクギリス嬢(享年25歳、キャリアウーマン)と、あたし、アイリス……表層の意識は月宮有栖享年16歳(享年っていうのは数え年で言うんだって。なにこれどこのムダ知識?)……は、周囲の状況を見回して情報をできるかぎり多く取り入れるつもり。
晩餐会の会場は、ガルガンド氏族国の『ドワーフ』氏族と『エルフ』氏族の方々にお願いして改装を終えた大ホール。
招待客は百人くらいかな。
その中にはアウルの同僚である魔法使いさんたちもいる。顔見知りになっていて、目が合うと笑ってくれるの。
ガルガンド氏族の人たちはかたまっているみたい。
スノッリさんとティーレさん、リドラさん(友達枠かな)。それに彼らと一緒に居る長身の金髪青年。遠目に見ても美形だわ……あの人は、ホールの改築をしていた『エルフ班』にいたよね。まだ紹介されてないから名前は知らないけど。
他には、お父様の同業者さんたち。
お父様に尋ねたら、特に親しいのはエルレーン公国首都シ・イル・リリヤに商会の本社がある商会の会長さんたちとかだって。
たいてい恰幅がよくて(メタボ予備軍!?)年頃はお父様と近くて三十、四十代くらい。みんなニコニコしてるの。
(待った! 有栖、表面的な笑顔にだまされないで。商会を背負って立つ人たちなんだから、人が良いだけじゃないわよ)
「えっ、怖い」
あたしは声を出さずに答える。
脳内会議で別の意識と話し合ってるなんて知られるわけにいかないし、独り言ブツブツもらしてたら気持ち悪いものね。
(あらら、脅かしすぎた? 大丈夫、用心しすぎる必要もないわよ)
「ひどいですイリス・マクギリスさん」
(でもナタリーのお父様の例もあるから。銀行家にお願いされると、まず断れない。そこにつけ込むなんてまったく!)
「心配には及ばないよ」
あたしが考えていることを読みとったみたいに、カルナックお師匠様が、声を掛けてきてくださった。
「ポルトさんに『強気のお願い』をした取引銀行のことは、ちゃんと調べてある。ごり押しなどすれば、自らの情報もこちらに筒抜けになるということは覚悟すべきだった」
(もっとも、そいつも囮かもしれないのだが。陰で糸を引いているのは……やはり、あの……)
カルナック様はこのとき、内心に抱いていた懸念については、口に出さなかった。
あたしがそれを知るのは、もう少し後のことになるのだけれど。
ただ、カルナックお師匠様の視線が、あたしを通り越して来客たちに注がれていることは、気になった。
深いお考えがあってのことだろうと、このときは、軽く考えていたのだ。
「じゃあ、脅威ではないんですね」
「アイリス、そんなことはカルナックに任せておけばいいのよ」
ラト・ナ・ルアが、言い放った。
「あなたはまだ、六歳と三ヶ月になったばかりの幼女なんですからね。こんな世間の俗なことは海千山千のカルナックに投げちゃえば」
「ラト姉、ちょっと向こうで話しようか? 誰が海千山千? その意味をわかって言ってるのかな?」
カルナック様はラト・ナ・ルアに焦った笑顔を向ける。
「え、知らないけどグラウ姉様が、そう言えって」
「遊ばれてるに決まってるだろう!」
「え~」
楽しそうなラト・ナ・ルアと困惑顔のカルナック様。きっとこれは何回も繰り返されていきそうな予感がするわ。
六歳の幼女かぁ。
……そういえば、そうだった。
あたし、アイリスは、この世界に転生して、まだ六年なのね!
シャンデリアきらめく高い天井を見上げて、ほうっとため息がもれた。
クリスタルのパーツはみんな新調したのよ。
前のはお爺さまが全てあつらえたものだったから。
シャンデリアを調べてもらったら、盗聴する効果が付与してあったパーツとか映像を記録するとかの装置がいろいろ取り付けられていた。
魔法ではなく、機械的な仕掛けだったから、我が家に来てくれていた魔法使いたちにも発見できなかった。
お父様がホールにあったものを全てガルガンドの人たちに調べてもらったからわかったの。ガルガンドの中でも『ドワーフ』氏族は魔力が少なめで体が頑丈、怪しい魔力の流れを調べるのが得意なのだって。
まったくお爺さまったら、死んでまで迷惑をかけるの。
冗談じゃないわ!
我が家とは絶縁状態だったので、出会ったのはお披露目会のときが最初で、最期になった。
小さい頃のアウルにひどいことをしていたってあたしは知ってるから、お披露目会の後でミイラみたいになって死んでいたことがわかっても、同情する気になれない。
自分で仕掛けた『円環呪』に生命を吸い取られたのだろう。
自業自得っていうのだわ。
……後味は、悪いけど。
さて気を取り直して、ホールを見回します。
お父様の商会の関係者、同業者。
お母様のお友達らしいご婦人とご家族。
エステリオ・アウルの、学院での友人達(全員が魔法使い)
銀行家の一団。
にこやかに談笑しているけれど、あやしい。腹の探り合いに見えるわ。
エーヴァ・ロッタ先生、あまり目立たないようにしてるのかな。エルナト様と、ヴィー先生と一緒にいる。
親戚枠にいるのはお母様の遠い親戚のおじさん、おばさん。穏やかな表情で、優しそうな方々。お母様のご両親は、あたしが生まれる前に事故で亡くなっているから、会ったことはないの。
お披露目会のときには、あまりご挨拶できなかった。
後で、お話しできるかな?
そのとき。
突然、ホールが再び、ざわめいた。
最期の招待客が、背の高い金髪の青年と一緒に会場に入ってきたのだった。
あれは、だれ?
初老のご婦人?
まとっているのは黒いドレス。
レンガ色の癖毛を三つ編みにして頭に巻き付けたヘアスタイル。
気の強そうな眉と、緑色の目。
髪の色は、アウル。
眉のあたりは、お父様に似てる!?
も、もしかして、この方は……!
「ほほう! あの辛気くさい広間が、立派に改築をしたもんだ。こりゃあエルフの仕事かい。なかなかに見栄えするじゃないか」
楽しそうに、高らかな声をあげた。
「まことに、趣味がよい」
鷹揚に答えた青年。お育ちがよさそう。どこかの貴族なのかしら?
この二人が入場したとき、会場全体に、ぴりぴりした緊張がはしった。
気のせいでなければ、特に、銀行家グループの人たちが、まるで『毛を逆立てた』ような感じ。
警戒かな?
「久しぶりに会ったのに、挨拶をしておくれでないのかい? 息子たち、それに可愛い嫁と孫!」
両手をひろげた。
「お、おかあさま! ご病気だとうかがってましたわ。まさかいらしていただけるなんて!」
真っ先に声をあげたのは、アイリアーナお母様だった。
「母さん!」
驚きに固まっている、エステリオ・アウル。
「前触れなしで!? 来ると教えてくれれば迎えに行きましたよ!」
お父様が、あわててる。
ということは!?
「お祖母様なの?」
「そうだよ。あのクソ爺が、あたしに妙な薬を盛ってくれて病人に仕立て上げ、愛人を引っ張り込んでよろしくやっててねえ。クソ爺が死んでくれたおかげで解放されたってわけ」
なんかサラッとすごいことバラしてますね、おばあさま。
「この子が、あたしの初孫かい」
お祖母様は、目をキラキラさせて、軽く身をかがめ、あたしを覗き込んだ。
「よろしくね! あぁ? 初めましてかな? あたしは、あんたの実の祖母。メルセデス・エストレ・キスピ・デ・ラゼルだ」
う~ん、気持ちいい笑顔!
昔、前世で見ていたアニメに登場した『優しいお祖母様』じゃないけど。
きっぷがよくて、力強いかんじ!
第一印象で、あたしは、はっきりと思った。
この人、好き!
「はじめまして! アイリスです。あたし、おばあさまがだいすきだわ!」
「あっはははははは!」
お祖母様の笑い方は、カルナックお師匠様に、ちょっと似ていた。
「マウリシオ。生真面目でどこまでも優等生だったあんたの子にしては、なかなか、覇気があるねえ! アイリアーナさんのお手柄かねえ!」
メルセデス・ソーサというすごい歌手がいたのです。
フルネームの中にある「キスピ」を心の片隅に置いていてくださいね。