第6章 その29 夜会の客たち
29
夜会が始まる。
会場となったラゼル家の大ホールは調度品や内装を入れ替え、すっかり改装を終えて、事件の影響を微塵も感じさせなくなっている。
ラゼル家の若き当主マウリシオとアイリアーナ夫妻が招待客達を出迎え、挨拶を交わし気楽に過ごしてほしいと気遣う。
招待客達は思い思いに料理を取り分けてもらうために並び、給仕から飲み物のグラスを受け取って、席につく。
招待客は、百名ほど。
三ヶ月前に行われたアイリス六歳のお披露目会は隠居していたアイリスの祖父ヒューゴ老の画策による『爆発事故』で中断してしまった。
取引先の商会や金融関係者に対しては『事故』ということになっているお披露目会をやり直し、ラゼル家の健在なところを披露するという狙いがあった。
お披露目会では会場の警備にあたっていた魔導師協会の関係者も、今回は客として招かれている。
広いホールに大きな長方形のテーブルが幾つも設えられている。
前回のお披露目会と同様、白いテーブルクロスを掛けた上に、工夫を凝らした前菜の数々と軽い酒、山盛りの菓子、柔らかいパンにスコーン、焼いたり煮込んだりさまざまに調理された肉や魚、彫刻されたカブやカボチャ、大陸の各地から運ばれてきた果物、様々な珍しい料理を盛り付けた大皿が所狭しと並んでいる。
楽団も招かれ、弦楽器で控えめに室内楽を奏でる。
ホールには料理を用意した長いテーブルの他にも、丸いテーブルと、それを囲むように瀟洒な椅子も設置されていた。
あたかも、アイリス六歳のお披露目会を再現したかのような趣向だった。
当主マウリシオの挨拶で、乾杯が行われた。
「立食バイキングだねえ、こりゃ」
プラチナブロンドに青い目をした少女。ティーレ・カールソンが、杯に口を付ける。
「ラゼル家のご当主は、立食形式がお気に入りになったかな」
見たところ十五、六歳くらいのクールな美少女だが、彼女も有能な魔法使いであるからには、実際の年齢は、見た目を遙かに凌駕する。
「あえて、お披露目会を再現しとるのさ。事件などなかったかのように、無事に晩餐会を開いて、来客たちをもてなす。良い印象だけを強める戦略じゃな」
ティーレと並んで立っていた、少しばかり身長に恵まれないもののがっしりとしたジャガイモのような体格の中年男が、たのしげに笑う。
縮れた髪も鋭い目も泥炭のように真っ黒で、日に焼け、鍛え上げられた筋肉をしている。
「加えて、我々ガルガンドの細工師氏族、建築氏族の改装した広間のお披露目であるとも言えますね」
プラチナブロンドに薄青い目をした長身の青年が答えた。
「ああら! ガルガンドの氏族長連がおそろい? 珍しいこと、何年ぶりかしら」
若い女の、艶やかな声が響いた。
颯爽とやってきたのは、まっすぐな長い黒髪と黒い目、リネン色の肌という、サウダージの種族的特徴を備えた妖艶美女。
「そういうことを、大声で言うもんではないわい、リディ坊や」
「あら! いつまでも子ども扱いは不本意だわ。わたし、これでもティーレと組んで冒険者をやって長いんですからね。スノッリおじさま。エーリクおじさま」
妖艶な美女、リドラが胸を張った。
「だったら、おじさん扱いもそろそろやめてくれないかな? リドラ。せっかくの美貌なのに、ぼくが女性にもてなくなるだろ」
金髪の青年が言う。
「自分で言うかエーリクおじ……」
呆れたようにティーレは肩をすくめた。
「昔の婚約者に振られてからずっと彼女もできなかったくせに。有名な話だよね」
「それはそれとして。他国だったら、噂も広まってないはずだよね」
エーリクはうそぶいた。
さりげなく髪型を気にしているようだ。
「……それで、ずっとシ・イル・リリヤに留まっているわけなんじゃな。かみさんなんぞ、そんなに欲しいものかね。いたらいたで尻を叩かれるぞい。もっと働け! とな」
スノッリは身体を揺すって笑った。
「まあまあ、スノッリおじ。エーリクおじの婚活も、それはそれで面白いかもしれないじゃん? 見物させてもらうかな~」
ティーレは少し酔っているようだ。
リドラはさりげなくティーレの杯を取り上げて、匂いを嗅ぐ。
中身を自分で飲み干してから、スノッリたちに非難の視線を向けた。
「呆れた。この酒持ちこんだの、おじさまたち? 相変わらずね。こんなの飲んで平気でいられるのはガルガンド人くらいよ」
「ははっはは。リディ坊、なかなか酒豪じゃな! 顔色も変えん」
「火酒のペリエル割り。原酒よりは軽くしてあるんだけどね」
言われたスノッリとエーリクは気に留めるふうもなく、楽しげに笑うばかりである。
「ペリエルに混ぜてごまかすなんて! だいたい、ティーレは飲酒禁止だから!」
リディはおかんむりだ。
「えーっなんで」
きょとんとするティーレ。
「お仕事中でしょ?」
たしなめるリドラ。
「これくらいで酔うわけないだろ」
むしろ開き直るティーレ。
そのとき、会場に歓声があがった。
大広間に姿を見せた人物をみとめ、ティーレは、ほんのり頬を上気させた。
「まあ、これくらいにしとくよ。酔っ払ってちゃ、お師匠様に怒られるもんな」
ラゼル家の令嬢アイリスと許婚のエステリオ・アウル、背の高い黒髪の魔法使いカルナックとその護衛騎士である金髪の少年、マクシミリアンがやってきたのだ。
「ほっほう! ありゃなんじゃ! 精霊を引き連れとるぞ!」
スノッリが頓狂な声を上げる。
「おまけに、本物の精霊族まで連れているとは!」
エーリクが、眉をぴくりと上げた。