第6章 その22 いい意味で空気を読まない、ルーナ姫
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カルナックはエステリオ・アウルの、兄マウリシオが「いざというときのために用意しておいてくれた」という指輪をつまみあげて手のひらに置いた。
次の瞬間、指輪は『溶けた』。
まるで角砂糖が紅茶にとけるように、あとかたもなく。
突然のことに驚き慌てるエステリオ・アウルに、落ち着くようにとカルナックは諭した。
「とてもいい指輪だ。けれどもアウルのお兄様の『思い』が強すぎる。これでは持ち主を縛ってしまう『呪』となるよ。だから、作り直す。心配ない、もとの指輪を構成していた金属も、ちゃんと使うから」
その言葉の終わらぬうちに、カルナックの手の上には眩い光が輝き、しだいに縮んでいって、そこには真新しい銀色の指輪が現れたのだった。
カルナックが造ったにしては見た目は普通ねとラト・ナ・ルア。
しかしエステリオ・アウルは手渡された指輪を凝視し、唸った。
「こ、これは……すっごい、です」
ため息をついて指輪にみとれるアウル。
それを見たラト・ナ・ルアは、ぴくりと眉を上げた。
「へぇ、すごいの? ふ~ん、分析だけは得意なアウルが言うならそうなんでしょうね。指輪の交換とか、人間達の習慣って、いちいちめんどくさそうだけど面白いわね。で、カルナックが作り直した指輪は、いったいどうなってるの?」
相変わらずのツンデレ精霊ラト・ナ・ルアが、まぁ、どうでもいいんだけどねと言外に匂わせながらも尋ねる。
カルナックの傍らに寄りそう、恋する美少女精霊。
アイリス(及び、彼女に宿る全ての意識)にとって、女神達の出現する『特殊な場』で出会う未来の可能性、女神としてのラト・ナ・ルア……現在の流れとは別の時間軸に属するのか? ……との違いは、気になるところである。
それは、さておき。
エステリオ・アウルはカルナックの『技』に、興奮をあらわにしていた。
「まずこれは純粋な金属です! 自然界ではあり得ないのに! なんでお師匠様は『創造』『合成』『錬金』とか、とんでもないことをさらっとできるんです!? しかもなんですこれ! なんで『術式』が金属分子と結合してるんですか!?」
「へえ、そうなんだ」
カルナック師は、きょとんとして言った。
「私はただ指輪を造ろうと思っただけだよ。決められた場所への『帰還』や、思い浮かべた場所への『転移』も魔法陣なしで指輪に願えばいいとなれば便利だろうなって。あ、それと、毒への耐性も付けておく。きみたちの存在は魅惑的で同時に脅威になる。取り込めなければ殺そうと狙う勢力が出てくるかもしれない」
「……こ、こんなすごいものを、まさかの、無自覚で?」
「いやだなエステリオ・アウル。きみなら学内でさんざん私の講義を受けてきたんだから今さらそこに驚くまでもないだろう?」
カルナックは明るく笑う。
「そうでしたね……」
急に脱力したようなエステリオ・アウル。
「それにしてもね……」
ふとカルナックは呟いた。
「マウリシオ兄上は、よほどエステリオ・アウルを大事に思っているのだろうな。その思念は強すぎた。彼は魔力をほとんど持たないと聞いたが、潜在的に素質はあるのだろう。何しろエステリオの実兄にして、アイリスの父親なのだからね」
当たり障りの無いことだけを口にしたが、実際には「やばかった」と考えていた。
マウリシオは、本来の……誘拐される前の弟……神でも魔王でもその魅力の前には落ちただろうとヒューゴー老が語っていた、本来のエステリオが、いつかは還ってくると願っているのではないだろうか。
(あれはすでに『妄執』だった。本人に自覚はなかっただろうが……)
「まあ! すばらしいですわ!」
今回もまた、場をなごませ、空気を清浄にしていったのはルーナリシア姫だった。
澄み切った美しい声。明るい眼差しで。
「これで、アイリスの婚約者のエステリオ・アウル様も、いつでもこの森にいらっしゃることができますのね! すてきですわ!」
「よかったね、ルーナ姫」
精霊グラウ・エリスは、伴侶であるルーナリシアを優しく包み込むような笑顔を向け、愛称で呼ぶ。まさにリア充だった。
カルナック師は二人に、憧憬のこもった眼差しを注いでいた。
寂しげな色が、微かににじむ。
ぎゅっと、ラト・ナ・ルアが、カルナックの腕を握った。
「あたしがいるわ。カルナック。あなたのそばに、ずっと。あたしは精霊だから、消えないわ」
「ありがとう、ラト姉様」
※
「では、カルナック様。アイリスの指輪もお願いしますね」
「喜んで、義姉上。では、アイリス。きみの指輪も預けてくれ」
すぐそばで、うずうずしていた様子のアイリスに声をかけた。
「はい」
アイリスは小さな手から指輪をはずして、テーブルに置いた。
「あっ、でも、お師匠様。さっきみたいに溶かしたりする? せっかくアウルが魔法で造ってくれたの。だから、できたら……このままがいいの」
もじもじと、うつむいた。
師のやることに口出しをするなど躊躇われるというように。
「大丈夫だよ。アウルのは普通の金属だったから、いったん《世界》のエネルギーに還元する必要があったのさ。これなら、このまま、魔法を重ね掛けするだけでいける。すぐにできるよ」
ふっと、カルナックは笑った。
「ところで、その様子だときみは有栖だね。マクギリス嬢も好奇心を満たせて引っ込んだかな。さあアイリス。エステリオ・アウルを安心させてやりなさい」
「……はい!」
今度こそアイリスは、屈託の無い笑顔で答えた。
マウリシオ魔力持ち説が浮上。弟ラブ。ルーナ姫は天然です。
カルナックは……遠い昔に「ルナ」って呼ばれていたことがあったので。
彼曰く『カルナックだから『ルナ』だな!』
「なんだ、あのネーミングセンスは!? あのバカ者!」
(思い出していたらだんだん腹が立ってきたりしているカルナックです)