第2章 その10 女神さまの膝枕?
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流れ込んでくる膨大な情報。
この惑星のこと。
星の名前であり世界の名前であるセレナン。
エナンデリア大陸の西の海岸を南北に貫く、白き女神の座と呼ばれる万年雪を頂く山、ルミナレス。東側の中央寄りを同じく南北に伸びる、夜の神の座と呼ばれる、活火山系があるため真冬でも雪を被ることのない黒き峰、ソンブラ。
そして王国。アステルシア、ノスタルヒアス、レギオン、エルレーン、グーリア、サウダージ……水晶の谷の巫女、黒き森の狩人の民。
住んでいる沢山の人たち。
王たち、竜たち、精霊たち、彷徨う精霊火と妖精たち。
そして、あたしのこと。
あたしは、イリス。月宮有栖。アイリス。
何度転生したのか数え切れないほどの生を追体験する。そして思い出す。気づく。
そのたびごとに、あたしは、寿命を全うしたことはなかった。
最後に覚えているのは、滅び行く世界の管理者、人工生命のイリスだ。
有機アンドロイドというのか。
合成された完全細胞から組み上げられた生命。
造られた身体でも生命は、魂は宿るのか?
そんな議論が、長い間、やりとりされたこともあった。
結論は出なかった。
人工の身体、都市コンピュータによる頭脳補助回路を持つあたしの身体に宿ったものは「たましい」か、そうでないか?
どちらでもいいのではないの?
ただ、あたしは、製造した科学者の操り人形なんかじゃないってこと。
出会って、失ってきた大切な人たち。
事故で、病気で、自死で、どうせ死ぬなら、なぜ、何度も生まれてきてしまうんだろう……なぜ。
生きること。
絶えきれないほどの悲しみ苦しみ、僅かな喜び。
飽きて手放したくなるくらいに何千と何万回と繰り返した。
それでもあたしは、もしも今生も終わるときがきて、もう一度生命を与えると、女神さまから差し出された誘いがあれば、必ずや、その手を取ってしまうのだろう。
もう一度。
やり直せるなら。
あの、出会いを。
※
「…………アイ……ー……ダ……」
『『アイリスアイリス! 気がついた!?』』
気を失っていたのは、ほんの僅かの間だったようだ。
シルルとイルミナの必死な声がしていた。
ねえ、そんなに何度も名前を呼ばないでも、だいじょうぶだから。
あたしは、生きてる。だいじょうぶだよ。
『よかった生きてた! アイリスに何かあったら、わたし、泣いちゃうから』
ディーネ?
涙声だよ。もう泣かないで……あたし、大丈夫。
ちょっと記憶が混乱してるだけ。
目を開ける。
とたんに、目眩がした。
残念なこと。
さっきまであんなに鮮明だった、女神さまからいただいたとても大切な、膨大な情報があったのに、目を開けたら、急に、わからなくなってしまった。
中庭の上を覆う銀色の靄が目に入った。
ということは、まだ、エイリス女神さまはいる。
赤い魔女セレ二アの『魔天の瞳』の走査を遮るための銀色の靄を展開できるのは、エイリス女神さまだけだろうから。
『気がつきましたね。アイリス。契約は成りました』
柔らかな声が降ってきた。
はっ!
あたしは、エイリス女神さまの膝に抱かれていたのだ。
なんというか、雲の上にいるような心地がしていたのは、そのためだったのね。
くすっと笑って、女神さまはあたしの上体を起こして、胸に抱き寄せる。
柔らかく弾力のある胸の膨らみと、ぬくもりを感じる。
不思議な感覚だ。
けれども確かに女神さまは肉体を持ってはいないのだろう。
エネルギー体だ……個体と見紛うほどに凝縮されたエネルギーの存在と波動を感じる。
頬、頭、肩、皮膚。触れているところから、凄く強いエネルギーが、入ってくる。
視界が澄み渡ってクリアになっていく。
「女神さま、ありがとうございます」
女神さまの膝から、あたしは滑り降りる。
そっと足を地面につける。
小さい子供の身体は軽くて扱いやすいのが嬉しい。
周囲はオールクリア。
『アイリス、上を見てごらんなさい』
「はい?」
言われて見上げれば、何か、小さな物体が中庭の遙か上空を高速で飛んでいくのがわかった。
「うわぁ速っ! あれが赤い魔女の『魔天の瞳』?」
『そうです』
「だ、だだだいじょうぶなんですか!?」
思わず噛んでしまった。
『ええ。スキャンしても、誰もいない、ごく通常の中庭の景色しか捉えられないで通過しました。危険はありません』
「でも、あれは頻繁にこの世界を走査しているのですね?」
……どきどきする。
ひどく危険な感じがする。だって魔女だよ! 女神さまでさえ用心してるんだもの。
『案ずることはありません。現時点で、かの赤い魔女がわたしたちの邂逅を知ることさえなければ問題ないのです。今後は、今まで通り、会うならば……あなたの意識下の内なる世界にします。担当はスゥエに任せましょう』
「エイリス女神さま、ラトは……」
ラト・ナ・ルアは?
同調していた? 接続を切る?
『それより、契約した精霊たちを見てやりなさい。あなたの守護となることで、より強くこの世に縁を結び、確かな存在に進化しているのですよ』
女神さまが背中を押す。
あたしの前には、三人の女性達がいた。
両手を広げて、ものすごく嬉しそうに笑ってる。
『アイリスアイリス!』
『よかった無事で』
『契約できてよかった~』
「えっと。あなたたち……誰?」
『『『ええええええ~! ひっど~い!!! わたしたちよ! 守護精霊よ!!!』』』
「……やっぱり? ごめんなさい、そうかなあと思ったんだけど。みんな、すっごく大人っぽくなっちゃってるんだもん」
あたしは笑った。
三人の精霊たちも、嬉しそうに笑っているから。
『『『アイリスアイリス! わたしたち、やっと守護精霊になったのよ! これからはどこへでも一緒に行けるのよ』』』
次は守護精霊たち大人バージョンです!




