第6章 その19 未熟者で当たり前? 婚約指輪を魔改造!
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ここは精霊の住まう白き森。
白い木々の根元を覆う下草に至るまで純白、そればかりか地面からは白、または無色透明な陽炎のごとき炎が燃えあがっている。
見上げれば銀色の空。まるで森が天蓋に覆われているかのよう。
森の地下には幾重にも階層があり、さながら集合住宅の様相を呈しているが、訪れている人間の客人たちには、知る由もないことである。
銀色の髪と透き通るような肌色、水精石色の、薄青い瞳。森のそこかしこに佇む、背の高い人々。
彼らは興味があるのか、ないのか、ただ静かに見つめている。
客人をもてなすのは『第一世代の精霊』であり、ことに『長』の役割だ。人間に接する機会が多々あるせいか、他の精霊たちに比べて表情も豊かであり生き生きとしている……というのも妙な喩えであるが。
※
森の一角に円形のテーブルが一つ、テーブルのまわりには椅子がいくつか置かれている。
テーブルを囲んでいるのは重要人物ばかりだ。
グラウ・エリスとルーナリシア公女。
カルナックと、その右腕をしっかりと握っているラト・ナ・ルア。
カルナックの左側に控えているのはマクシミリアン・エドモント。
対峙する『人間の客人』アイリスとエステリオ・アウル。二人を守るように光、風、水、土の守護精霊四人が寄り添い、油断なく周囲に目を配っていた。
ティーセットが運ばれてくる。
白い磁器に、薫り高い紅茶を注いでいるのは、グラウ・エリスと同じ第一世代の精霊、キュモトエーとガーレネー。二人ともグラウ・エリスより小柄で華奢な姿をしている。
「確かに魔法使いたちの『目』や『耳』も張り付いていたでしょうけど。アウルも有栖も忘れてるのかな? あの場にはコマラパ老師もいらしたわ。お披露目会場に出る前に指輪を交わしておきなさいって口添えしてくれたのはコマラパ老師だもの」
小さな胸を誇らしげに張ったのは『イリス・マクギリス』に違いない。
「お師匠様、コマラパ老師から事情を……」
エステリオ・アウルは青くなっていた。
「聞かなくとも私はどんなことも知っているんだよ」
カルナック様は謎めいた微笑みを浮かべた。
「ロマンチックではあるが現実的では無いと言ったわけを、イリス・マクギリス嬢はすでに推測しているようだね」
「ええ。考えてもみてアウル。毎年誕生日に婚約指輪を新しく贈っていたら、結婚する年齢になる頃には何個の指輪をはめなくちゃいけないの? 小さくなった指輪はネックレスにして首にかけると仮定しても、じゃらじゃらぶつかって邪魔になること請け合いだわ。かといって、どこかにしまっておくのは無理。魔法のかかった婚約指輪よ?」
外見は六歳幼女のイリス・マクギリスは、肩をすくめた。
「婚約指輪っていうのは一個で充分なの! 特別な指輪なんだから」
「ごめんアイリス! わたしは愚かだ! 考えが至らなかった!」
エステリオ・アウルの顔色は、青いのを通り越して紫になろうとしていた。恥ずかしさで赤くなったのもミックスされたからである。
「……えっと。アウルは落ち込みすぎだってば。有栖が泣くからやめてよね」
イリス・マクギリスは、居心地悪そうに呟いた。
「解決策は思いついたかな?」
明るい口調で、その実はきっぱり追い詰めるのはグラウ・エリス。
「はい。アイリスの成長にともなって指輪も一緒に大きくなっていくような仕組みを作ることができたら。しかし、どうしたらできるのか、わたしは未熟で」
「バカだなエステリオ・アウル。きみなんかは一生未熟者に決まっているじゃないか!」
こう看破したのはカルナック様だった。
「そんなことは、はなからわかっている。そこで止まっているから伸びないんだよ。解決するには一どうしたらいいのか考えてごらん」
エステリオ・アウルは真剣に考え込んだ。
しばらくして、顔を上げる。
まだまだ表情は晴れないけれど。
「指輪の素材は、わたしが『創造』したものです。最初から魔力で造り上げた物質だから、アイリスの魔力量に連動して成長するように『術式』に書き加えれば」
「名案だ。さてもう一つの課題」
カルナック師匠はこのうえなく楽しげに笑った。
「アイリスが願えばすぐに、この精霊の森に戻れるようなアイテムの作成だ。例えばだが……」