第6章 その18 アウルはロマンチスト
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肩をすくめ、グラウ・エリス様は、くすりと笑った。なんとなくかつての《影の呪術師》という別名が似合いそうな、人の悪い笑みで。
「第二の課題を解決してみたまえ。エステリオ・アウル」
グラウ・エリス様は、とても真剣な顔で、話し始めた。
「この世界で『ヒトの歴史』が始まったときのことだ。《世界の大いなる意思》は人類と接触して、本来の姿では《相互理解》が難しいことを知り、人類との交渉を担当する存在を創造した。それが『第一世代の精霊』わたしたちだ。その代表を務め、人類代表から彼らの神話に登場する海の妖精グラウケーという名を奉じられたのが、わたし。《世界》に与えられた名はグラウ・エリス」
え。いいのかしらグラウ・エリス様。
そんなに詳しく教えてくださると思ってませんでした!
びっくりした。あたしはきちんと座り直して居住まいを正し、エステリオ・アウルの額にかかっていた前髪をのけてきちんとなでつけてあげた。
彼は癖毛だから、すぐ髪型がぐしゃぐしゃになっちゃうんだもん。
そしてあたしとアウルは真面目にグラウ・エリス様の話を聞いた。
「このわたしと、わたしの配偶者エルレーン公国公女ルーナリシア・マリアエレナ・エナ・エルレーン姫が認めたのだ。アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、自分の好きなときに自由に『精霊の森』に来てよい、と。しかし、彼女はいまだ、その権利を行使していない。それをなんとかする。これが第二の課題」
グラウ・エリス様は、アウルに目をやる。
「ときに、一つ尋ねておきたい。アイリス嬢の許婚にして我らが愛し子カルナックの弟子であるエステリオ・アウル」
「はっ、はいっっ!」
弾かれたバネみたいに飛び上がるアウル。
「アイリスが左手の薬指につけている『婚約指輪』を造りだしたのはきみだろう。それを成したことは大いに評価できる」
「ありがとうございます!」
「だが。あれはいただけないね」
そこへ割って入ったのはカルナック師匠。
わずかに眉を寄せて、不快感をあらわす。
「お師匠様、なにか、いけなかったでしょうか」
「きみ、アイリス嬢に言ったそうじゃないか。毎年、誕生日には新しい指輪を造って贈ると。これが問題点なのだ。ロマンチックではあるが現実的では無い」
「え」
「なんで知ってるんですか~!!!」
あたしもアウルも、大慌てで焦って、のぼせた。
「おや、それは異な事を」
にやりと、カルナック様が笑った。
「よもや忘れたのかいエステリオ・アウル。アイリス嬢のお披露目会には、運営と護衛のために魔導師協会から数十人が参加していた。姿を見せなくても大広間や館のあちらこちらには大勢の魔法使いたちが「目」や「耳」を置いて厳重な監視体制を敷いていたんだよ。きみたちにプライバシーは無い」
ああ~、久しぶりにカルナック様の悪い笑み。リドラさんなら小躍りするわ~!
「そういえば、おっしゃってましたね。思い出しました」
あたしは急に、意識が醒めていくのを感じた。
これって……イリス・マクギリスの考えてること……?