第6章 その11 守護精霊と、誓いの指輪
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『『『わたしたち気が気じゃなかったのよ! ほんとうに!!! おちおち眠ってもいられなかったんだから!!!』』』
光のイルミナ。
風のシルル。
水のディーネ。
卵から妖精へと孵った、あたしの守護精霊たちは、ものすごい勢いで一斉にしゃべり出した。
『『『卵に戻っても、精霊は眠れないの』』』
だからみんな、卵になっていた間に外界で起きていたことは全てわかっていたんだっていうの。
ヴィー先生が、サラさんを通じて火の精霊を紹介しようとしたことも。
(サラさんによると『アイリスの守護になりたいっていう火の精霊はいっぱいいるんだけど多すぎてなかなか絞り込めないわ!ちょっと待ってて』という状態みたい)
レギオン王国の王子フェルナンデス君っていうか、あたしアイリスにとっては解決した事件で『もう面倒だからフェルなんとか王子でいいや』の認識なんだけど、彼が転移魔法陣を使ってあたしをレギオン王国に誘拐したことも。
(この件はカルナック様の仕掛けた『おとり罠』にフェルなんとか王子がかかった、ってことだった。『もっと大物を狙ったんだけどなあ』ってカルナック様は残念がっていた。むう。ひとを囮にしといて、そりゃないよね)
どんな事件も出来事もぜんぶわかっていて、自分たちが動けないことを、たまらなくもどかしく感じていたと強く訴えてきたの。
『『『今度こそ、わたしたちは全力でアイリスを守ってみせる!!!』』』
今はまだ、小さな妖精だけれど、と。
守護精霊たちは力を合わせて、あたしの身を守る光のドームを展開していく。
中から見ているとオーロラみたい。すごく綺麗。
だからもう、何もこわくないの。
一歩、一歩。震えながら、歩みを進め、エステリオ・アウルの間近までたどり着くと、ぎゅっと唇をかみしめた。
「エステリオ・アウル。キリコさん、あたしを見て」
「……きみは……アイリス?」
子どものような無防備でいたいけな顔を向ける、彼。
雨に濡れた迷子の子犬みたいに。
……前にも、そう思ったわ。
あたしは床にへたり込んでいる彼に、ほっぺをくっつけた。
薬指にはめた婚約指輪を意識する。
カルナックお師匠様とコマラパ老師が認めてくれた、あたしとエステリオ・アウルの婚約のあかし。
六歳のお披露目会に間に合うように、アウルが造って準備していてくれた……プラチナの地金に誓いの文字を刻みこみ、あたしの誕生石、エメラルドをつけた指輪。
ぶわぁっ!
指輪から、みどりの魔力が噴出して溢れた。
あたしとアウルを包み込む、とても大きくて柔らかい花びらのように。
『『『アイリス!!!』』』
イルミナ、シルル、ディーネの声が。
『大丈夫!?』
そしてジオの声が。心臓の、すぐ近くで響く。
「だいじょうぶ。みんなが守ってくれているから。それに、婚約指輪もあるから!」
だから、わたしは。
この幼い身体に魂がしっかりと定着しているのを感じる。
(この言い回しが正しいかどうかは、よくわからないのだけれど)
アイリスは、有栖は、イリス・マクギリスは、意識を手放さないで立っていられる。
「きみはアイリス?」
そうだとも、そうでないとも、あたし(わたし)は、答えない。
なぜならば。
『わたしは、イリス。システム・イリス。あなた方、人類を助けるもの。人間達は儚く、すぐに命が尽きて死んでしまう』
キリコ・サイジョウ。あなたと、わたしが、初めて出会ったのはいつ?
『サンプロイドたちは本来の人類よりも早く大きくなる。生身の人類は現存しない。仮想空間で暮らしている夢を見て眠り続けているデータだけが、ゴーストとして』
「どうしても、ぼくはサンプロイドでしかない。この世界に生まれ変わっても、おんなじだ。人間だった最上霧湖は、過去の記憶に衝撃を受けて、心の奥に追いやられてしまっているんだから」
懸命に心情を吐露するキリコ。
かみ合っているようでいて実は成立していない会話だと気づいて、《わたし》は、微かに笑う。
「ねえ、キリコ。この《わたし》は、システム・イリス。……本来の、全ての機能を持ち、全ての記憶を持っている、本当の《わたし》なの。さっきここに、成人女性の姿で出現していたのは、本来の《わたし》の一部でしかなかったのよ」
キリコは、目を見開いた。驚いたように。
やっと、あなたに、わたしの言葉が届いたみたいね。
「もともとの、わたしは。あなたがさっき出会った《わたし(システム・イリス)》の一部と同じ。感情を知らなかった。《システム・イリス》の制作者たちにとって重要な要素ではなく、情報を入力してもらえなかったから」
そう。
《わたし》は、イリス。
完全体のシステム・イリスだ。
「でも……。あなたが、キリコさんが《モルグ》で消えてしまってから、《わたし》の中に変化が生じた。……初めて、自分の中にも、あることを知った……喪失感を。寂しい、という……『感情』が」