第6章 その6 システム・イリスの疑問と有栖の答え
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《ちょっと待って!》
あたし、アイリス(+有栖)は全力で叫んだ。
けれど声は出ない。
身体を動かしているのはシステム・イリスだから。
「おねがい。叔父さまを殺さないで!」
「有栖。無駄よ。システム・イリスに抜かりはないわよ」
「そんなこと言わないでイリスさん!」
「だってあれは、あなたのアウルじゃないんでしょ?」
「それは! あたしが、キリコ・サイジョウさんでしょって、さっき尋ねたとき。彼、あたしのこと拒絶した! ぼくは、きみの知ってるキリコじゃないって……悲しかったの。だから、あたしのアウルじゃないって思おうとしたの」
「有栖。有栖。泣かないで。おちついて」
いつも余裕たっぷり、頼れる大人女性のイリス・マクギリスさんが動転してる。あたしを、なだめてくれてる。
ごめんなさい!
「イリスさんどうしよう! 彼があたしのこと好きじゃなくたって! それでも、あたし。どのアウルもぜんぶ大好きなの!!!! 助けたいの! どうしたらいいの……」
※
終末期の地球、首都ワシントンD.C.の人類管理局員だったキリコ・サイジョウの反応は理解に苦しむ。
確かに彼は過去の人間をサンプリングしたレプリカ人類だが、仮初めにも生物であるのだから、生存本能はあってしかるべきだ。
なぜ消滅を自ら望む?
かと思えばキリコの傍らに佇んでいる美青年ジョルジョ・カロスも謎だ。
《世界の大いなる意思》の言うには、『妖精』は、かつてヒトとして生まれ落ちながら、寿命が尽きた後でも心残りのために輪廻の輪に戻れず『魂』となって彷徨っていた存在である。
ジョルジョは突飛なことを口にするキリコを諫めるどころか、むしろ幸せそうに『キミが望むなら一緒に消える』と言うのだ。どういうことだろう。彼らは《サンプロイド》なのに生身の人間同様、不条理の極み。
判断材料が足りない。
証明不能、理解不能だ。
わたしはシステム・イリス。
地球総首都ワシントンD.C.に居を置く、ルート管理者権限を有する《執政官》の任を任されていた。
彼らに歩み寄り、恍惚としているキリコ・サイジョウの頬に、指先で触れた。
『消去を望むのか』
『僕が存在することで世界に害が及ぶなら』
『その可能性が大きい』
『では、僕を』
殺してと、その唇が動く、その前に。
「だめーっっ!!!」
甲高い少女の声が、響いた。
「叔父さま、だめ! 死ぬなんて言わないで!」
目の前に、火花がスパークした。
奇妙なことに、虹色の。
とたんに、わたし……システム・イリスは、身体の可動領域が狭まるのを感じ……
視点が下がっている?
なぜだ?
おかしい。身体が思うように動作しない。
キリコ・サイジョウの頬に触れていた指先が、まるで、自分のものではなく……これでは、幼児の?
……そして、無表情に凍り付き、わたしの行動を凝視していたジョルジョ・カロスの顔に、驚きが浮かび……
※
あたしは、彼から手を離してのけぞり、勢い余って後ろにつんのめり、尻餅をつきそうになったところへ、誰かの待ち構えていた腕に、しっかりと支えられ抱き止められた。
上を向く。
さらりと、冷たい感触が頬や手に感じられた。
よくお手入れされた、しなやかな黒髪。
あたしを覗き込んでいるのは、満面の笑みを浮かべた、カルナックお師匠様!
「やっぱり、きみは面白いなあ、アイリス!」
小さな男の子みたいな表情で。
緊迫した状況だというのに、全然関係ないことだけれど、このとき、あたしはふと思った。
お師匠様の長い黒髪を、せっせとお手入れしてるのは女子力の高いリドラさんに違いないわ……