第6章 その3 ジオは語る。もう一人のキリコさんについて
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ジオの言葉を裏付けたのはカルナック様。
「アイリスが知っているエステリオ・アウルは、21世紀の東京で生きていた最上霧湖という青年だ。この世界に生まれたときには『先祖還り』ではなかった」
「えっ」
「四歳のお披露目会だった。誘拐されたエステリオ本人が壊れてしまったとき、前世を思い出したことで精神の崩壊を防いだ。このときの彼は、乖離した人格だったから、なんとか乗り越えられた。我々はそこに介入して、事件の記憶を消した……いや、記憶は「消せる」ものではない。思い出しにくい領域に追いやり、隠蔽したわけだ」
「お師匠様。じゃあ、今のエステリオ・アウルは?」
「本来のエステリオが体験したことと、最上霧湖の人格は乖離していたから保っていたのだ。フラッシュバックを起こした最上は、あの事件を自分のこととして追体験してしまった」
「それで……キリコさんは、あたしのアウルは」
「これまで目覚めていなかったもう一つの前世の人格と入れ替わって、魂の奥底に沈んでいる。いずれ結晶化してしまうかもしれない」
「そんな!」
どうしたらアウルを助けられるの?
『大丈夫だよ。言ったろ、ぼくはこのときのために、アイリスの守護妖精になったんだ』
ジオは優しく笑って。キリコの傍らに立つ。
『いつか再び精神の危機がやってきたら、現在のエステリオ・アウルもまた魂の檻に捕まってしまう可能性があったから、心配していたんだよ。今ここにいるのは、地球末期の人類保護官だったキリコ・サイジョウだよね?』
「なぜそれを…知って?」
苦しげなキリコさん。
『さっきも伝えたのにな。ぼくは君の友達だから。ずっと昔に約束したよ。終わっていく地球が滅びてしまっても、ずっとそばにいるよって』
「……まさか、そんな、はずは……地球は滅びて、だれも生きてはいないと、あの、赤い魔女は……」
『考えてみて、キリコ。あいつがほんとのことを言ってると思うの? ぼくと、あれと、どっちを信じるの』
「おれは……」
確信を持てなくなっているようにキリコさんは呟いた。
『しょうがないなあ』
ジオは小さく笑う。
『やっぱりこの姿だと、信じてくれないかな……成長させるとエネルギーを消費するから、長くもたないんだけどね』
ジオは肩をすくめて。
ふうっと大きく伸び上がり。
キリコさんと同じくらい……二十歳くらいの、超絶イケメン青年になった。
黒赤の瞳は黒曜石とガーネットを合わせたような。栗色のくるくる巻き毛が額にかかっている、スリムで線の細い美形。
その姿を見て、キリコさんは驚いたように目を見開いた。
『ほら、これならわかってくれるよね? ぼくの名前は……』
蠱惑的でさえある挑発的な笑みを浮かべるジオ。
いやほんと、何度も思うんだけど、いったい誰を狙い撃ちしてるの、ジオくん?
「ジョルジョ!?」
驚いたように目を見開くアウル。
(いや、キリコさん? って呼ぶべき?)
『そう、ぼくだよ。ジョルジョ・カロス! 君の親友だ』
輝くような笑顔で。
それでもキリコさんは確信を持てなかった。
「まさか、そんな。地球は滅びた。ジョルジョもアイーダも、イリスも……とっくに死んで、ぼくは一人で取り残されて。……システム・イリスは……移住船の部品をとるために解体されたって……」
『しょうがないな! その記憶は事実じゃ無いんだって! 性悪の赤い魔女にいったい何を吹き込まれたのさ? 事実が微妙に改竄されてるってのが始末が悪い』
キリコさんとジオを見守るしか無いあたしは複雑な気持ちだ。
21世紀の東京、武蔵野市で。
有栖が前世で憧れていた最上霧湖さんが転生したのがエステリオ・アウルなのに。
現在、その身体の中で主導権を持っているのは、あたし(有栖)の知らない、もう一人のキリコさんだった。
どっちも同じ魂なのに、覚えている記憶は違うのだ。
だけど、あたしのアウルじゃない。
いいようのない不安を感じていたときだった。
……ありす……月宮、有栖。その青年は地球末期の人類保護官と聞こえた……わたしに詳細を知らせてほしい……
メッセージが届いたのだ。
あたしの魂の深い領域から。
「イリス?」
まさか、システム・イリス?